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7話 『兄貴様』って何者なの?
しおりを挟む戌の身体はデカくて強いが感情表現はイッヌのままらしい。
自分でわかる。尻尾と耳がわかりやすく落ち込む様を見せつけている。我ながら、何というイヌっぷりか。これじゃ狂犬じゃなくてチワワである。
そんな俺を、イティスはじーっと見上げてきた。折れた短剣はすでに腰ベルトにしまっている。
「……あんだよ。俺は見世物じゃねえぞ」
「あ、ごめん。あのさ。あんたの名前、ヒスキっていうの?」
「兄貴と呼べ」
「へ? あにき?」
「舎弟は上のモンをそう呼ぶって相場が決まってんだよ。もしくは無難に『ヒスキさん』だな。……あ、いや」
俺はお嬢を振り返る。まだちょっと怒っているらしく、頬を膨らませている様子が愛らしい。生前は怒る顔さえレアだったからな。そんなお嬢に叱られるなんて、二重の意味で泣きそうである。
それはともかく。
「やっぱ『ヒスキさん』はダメだ。てめえがお嬢と同じ呼び方なのは我慢ならん」
「じゃあ『ヒ兄貴ん』」
「おい混ぜんな噛み千切んぞメスガキ。脳をシェイクしてんのかコラ。発想が柔軟すぎて感心したわタコ」
「ヒスキさん?」
お嬢に尻尾をちょっと引っ張られ、俺は背筋を伸ばした。語調を緩める。
「まあ、好きに呼べ。噛み千切るってのは言葉の綾だ。お嬢の友人を取って食いはしない。多少の無礼は許す」
「だったら――『兄貴様』」
「は?」
「神獣なんでしょ? オークだったときちょっとだけ聞こえたんだ。あれだけ強いんだもの。納得」
だから兄貴『様』――とイティスは言った。
背中がむずがゆい感じはする。何なら、背中の毛がちょっと逆立ってんじゃないかと思う。
イティスの視線は、おおよそヤクザに向けるようなものではなかった。カタギの、しかも10歳そこそこのガキが俺たちヤクザに向ける視線は、常に警戒と恐怖、たまに侮蔑だ。子どもの方がその辺の感情表現は容赦ない。
だが、今この少女が俺に向けてくるのは純粋な『憧憬』だ。なぜわかるかって? 生前、対抗組織をぶっ潰したときに舎弟どもが見せた目つきそっくりだからだ。
「あたしも兄貴様みたいに強く大きくなりたい」
「それは何のためだ?」
「え、何の……ため?」
「何のために、てめえは強くなりたい? 何のために、俺のようになりたいと思う? 大事な質問だ。答えてみろ」
上から見下ろしながら、俺は問いかける。
イティスはちらりとお嬢を振り返った。そしてお嬢の手を握る。
「オークになって友達を襲うなんて、そんなひどいことはもうしたくないから。ケルアと友達で居続けるために。それに、兄貴様も言った。一緒に守るって」
「イティス……」
「なるほど、わかった。よく言ったな。正直、見直したぞ」
俺が口の端を緩めると、イティスの表情がパッと明るくなった。
ガキは良くも悪くも素直でいい。
こいつなら、魔法使いの親友は無理でも、お嬢を守る騎士にはなれるかもしれない。
その根性、買ってやろう。
照れて頬を掻くイティスが、ふと尋ねてくる。
「そういえばさ、そもそも兄貴様って何者なの? 神獣って聞いたけど、この辺りにそんなすごい神様がいたなんて知らなかった」
「ぬ」
「ねえ。どうやってケルアと知り合ったの? どうしてケルアのことをお嬢って呼んでるの?」
……まあ、当然の疑問である。
天を仰いだ俺はしばらく考えてこう答えた。
「俺はお嬢を守るために異世界から来た存在だ」
異世界と聞いて少女ふたりが前のめりになる。生前、お嬢に物語を語り聞かせていたときのことを思い出し、俺は小さく笑う。
仕方ねえな、と俺は大きな身体を横座りにして、お嬢たちのクッション代わりにさせた。俺の顔を見上げてくる幼気な瞳に向けて、俺は訥々と話した。
かつて自分が、一般社会からは忌み嫌われるヤクザという立場にあったこと。
忠誠を誓う黒羽家で、ずっと寝たきりになっていたお嬢を守っていたこと。
ある日、黒羽家が襲撃に遭い、致命的な重傷を負いつつも敵を撃退したこと。
そして、お嬢の側で息を引き取り、この世界に転生したこと。
「――で、気付けばこの姿ってわけだ。転生して与えられた身体がこれだっていうなら、それは神の思し召しってことだろうよ。ヤクザは信心深いんだ」
「おお……!」
ふたりの少女は興味津々に聞き入っていた。
お嬢が目元を拭いながら呟いた。
「そっか。だから私のことを『お嬢』って……ヒスキさんがずっと守っていた人に似ていたんだね。私。ごめんねヒスキさん。私、その人じゃなくて……」
「俺は守るべき存在を自分で決める。そういうことでさ。気にしないでください、お嬢」
「うん。ありがとう」
柔らかく、ただ少しだけ陰のある笑みを見せるお嬢。そういうところも生前のお嬢とそっくりだ。
ふと、イティスが目を輝かせて俺の身体にのしかかってきた。おいやめろ。戌モードは見た目以上に毛量が多いんだ。もふに沈むぞ。
「ねえ兄貴様! 神様から不思議な力と強い身体をもらったんでしょ? だったらさ、この世界のこともいろいろ教えてもらってるんじゃないの!?」
「……は?」
「あたしね、この世界はもっとすっごく広いって聞いたんだけど、具体的にどんなところなのかわかんないの。でも兄貴様はすごいから、きっと知ってるよね!?」
「そんなのお前――」
俺にわかるわけがないだろ――と、答えようとして思いとどまる。
イティスだけでなく、お嬢まで期待に満ちた目で俺を見つめていたからだ。『わくわく』なんて擬音がひらがなで見えてきそうである。
生前から、俺はお嬢にせがまれると弱かった。
(このまま正直に言ってしまえばヤクザとしても兄貴としてもメンツが立たねえ。何よりお嬢に悲しい顔はさせたくねえ。さっき怒られたばっかりだし)
俺は眦を決した。
(かくなる上は!)
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