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17話 道中の弱音
しおりを挟む名もなき村を出た俺たちは、ひとまずイティスの案内で森を進んでいた。
聖剣とやらが眠る場所へ向かうのだ。
先頭を行くイティスは張り切っている。俺やお嬢の役に立てることが嬉しいらしい。それ自体はよい心がけである。
一方のお嬢は沈んだ表情のままだった。故郷の連中の心ない仕打ちに、まだダメージを引きずっている。奴らを徹底的にわからせた上で雁首揃えて土下座させたら多少は気が晴れる――と、俺などは思うのだが、お嬢はそうじゃないだろう。
しばらく俺は、お嬢の様子を注意深く観察していた。少しでも弱音を吐かれたときは、すぐにフォローするためだ。
その中で、別の発見があった。
(俺は神獣の身体を手に入れたから理解できるが……お嬢もイティスも、意外にタフだな)
お嬢やイティスと合流してからこっち、かなり歩き詰めである。それなのに、2人に疲労の色は見られない。
半人前舎弟が「疲れたよー」とナマイキぶちかましたり、俺が気を利かせて(お嬢だけ)休憩させたりしたことはあった。けれど、肉体の限界が訪れた様子はない。
2人とも10歳なのにとんでもないバイタリティだ。
これもASMR異世界の影響なのだろうか。
とりあえず、疲労と空腹の心配は後回しで良さそうだ。もちろんお嬢の健康のために油断はできないが、旅の難易度がかなり下がったことは確かである。
これも俺の物語がお嬢に優しかったおかげだ。フッ、さすがだ俺。ひとり祝杯を挙げたい気分だぜ。
「――って感じで、イイ気分になってたのによぉ……」
「な、何かな? 兄貴様」
「俺が言いたいこと、とっくにキサマは理解してんじゃねえのか? あ? 半人前の舎弟がよぉ」
「ひいっ!?」
イティスが頭を抱えてその場にしゃがみ込む。その拍子に、ガサガサガサと派手な音が立った。
四方八方、雑草まみれだからだ。
村の周辺は川のせせらぎと森の姿が調和する美しい場所だったが、今はどうだ。そこら中が雑草、雑木だらけ。綺麗な水の流れはいつの間にかすっかり枯れている。まるで手つかずの里山を分け入っている気分だ。
――要は、盛大に迷っていた。
おかしい。この世界の自然はどこもかしこも美しいんじゃなかったのか。
俺は尻尾で不出来な舎弟の頬をバシンバシンと叩き、説教する。
「自信満々に進むから黙って任せてりゃ、このザマか。しかもお嬢にこんな荒れた場所を分け入らせるなんてよ。綺麗な肌に傷がついたらどうオトシマエ付けるつもりだ。ああ?」
「うう、ごめんってばぁ」
「本来ならオジキの前に引っ張り出して、チャカでケジメ付けさせるところだぜ。わかってんのか、おい」
「オジキとかチャカって何?」
暢気に聞いてくる。チッ。やはり尻尾ごときじゃ鞭になりゃしねえか。むしろポフポフされて喜んでるし。クソが。
「仕方ない。お前、ちょっと下がってろ。お嬢も危ないので、一緒に」
2人に声をかけ、俺は手近な雑草をいくつか口に含んだ。俺の特殊スキル【カシワブラッド】で事態を打開しようと考えたのだ。
(……味がしねぇ)
もごもごと咀嚼しても、無味無臭のまま。まるで味付けしてない春雨をひたすら噛んでるみたいだ。
それでも【カシワブラッド】のスキルは無事発動したようだ。頭の中に雑草の情報が流れ込んでくる。
『ハルバル 多年草 特に毒はなし 熱や魔力を受けると硬化する特徴がある』
「へぇ。これまた珍しいブツだったんだな。しかし……熱と魔力で硬化っつっても、どうしたらいいのか」
俺たちの中に魔法が使える人間はいない。そりゃ俺が『戌モード』になれば万事解決なのだろうが、あいにく変身できそうな手応えはない。お嬢たちがタフで旅でも命の危険が少ないことが仇になった。
とりあえず、【カシワブラッド】の力でハルバルを操れないか試してみる。強く念じながら遠吠えを繰り返す。するとしばらくして、俺の身体から小さな輝きが漏れ出してきた。
よく見ると菊花じゃない。ススキだ。どうやらモードによってあふれ出る光の植物の種類が変わるらしい。
ススキの輝きを宿したハルバルは、途端にかちんと固まった。前脚でちょっと触れただけでポキンと折れて崩れる。まるで乾燥したパスタみたいだ。折れた後の茎を踏んでみたが、やはり脆い。皮膚を傷つけるほどの固さではないようだ。
これなら踏んで均すのはたやすい。格段に歩きやすくなる。
「おいイティス。お前の出番だ。俺が【カシワブラッド】で目の前の植物を固くさせる。お前、踏んで道を作れ。合図したら、だぞ?」
「わかったよ、兄貴様! まかせて。ふんっ!」
「合図したらっつってんだろ、このタコ! 半人前のメスガキが!!」
「村の人より言い方がひどくない兄貴様!?」
泣き言を喚きつつ、大人しく指示通りにするイティス。パキパキ踏みならすのが楽しくなってきたのか、鼻歌まで口ずさみ始める。
「ちゃんと案内もこなせよ」
「わかってるー」
「ったく。……お嬢? どうしました」
振り返って声をかけると、お嬢はちらりと顔を上げた。それから小さく微笑み「ううん。何でもないよ」と答える。
大人びた微笑みだ。
お嬢が笑うのは大歓迎。けれど、こういう『苦悩を覆い隠す微笑み』は見たくねぇです。
おそらく、故郷での一件が頭から離れていないせいだろう。
俺は無言でお嬢の側に行くと、自分の身体をお嬢にすり寄せた。
本当は「ここが踏ん張りどころですよ」と言ってやりたい。
だが、考えてもみろ。お嬢はまだ10歳だ。
大人の根性を、大人が納得するレベルで発揮するなんてムリだ。お嬢には特に酷だ。
今のお嬢に必要なのは、根性を身につけるまで辛抱強く見守ること。そのための俺。そのためのイッヌだ。
お嬢が俺の身体を抱き上げてもふもふする。それで少しでも気が晴れるなら、この神獣ヒスキ、本望である。イッヌでよかった。
「ねえヒスキさん」
「なんです、お嬢」
「もし私が邪魔になったら、遠慮せず置いていってね。私、ふたりの足手まといになるのはイヤ」
ぎゅっと俺の身体を抱きしめ、お嬢は呟いた。
俺はお嬢の頬を軽く舐めて、言った。
「そんなこと、天地がひっくり返ってもありません」
「ヒスキさん……」
「ゆっくりでいいんでさ。お嬢自身が、胸を張れるものを見つけましょう。それまで何度立ち止まったって構いやしません。お嬢の旅は、まだまだ始まったばかりです」
「おーい、兄貴様ーっ。早くボーボーをカチコンコチンにしてよー!」
「……ただし、あの半人前クソメスガキ舎弟のようにはならないでくだせえ。――おんどりゃあ、しばくぞこのガキ! 今、取り込み中だ!!」
「ふふ」
怒鳴り声を上げる俺。お嬢は少しだけ、いつもの明るさを取り戻していた。
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