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18話 聖剣と聖女の壁画
しおりを挟む【カシワブラッド】のスキルにより、道中は格段に楽になった。お嬢やイティスから「さすが」と褒められる俺。まあ悪い気はしない。ふふん。
(この力が生前にあればなあ。そうすりゃ、庭の手入れが格段に楽になっていただろうに)
――などとしょうもないことを考えながら、俺はお嬢のために道を整備し続ける。
そしてついに、目的の場所が見えてきた。
鬱蒼とした森の中にぽつんと建つ、こぢんまりとした一棟の教会である。
かなり年月が経っているのか、あちこちがボロボロだ。壁面から屋根にかけてキヅタが這っていた。
こっちの世界に来てから初めて見る種類のキヅタだったので、念のため喰っておく。
【カシワブラッド】発動――。
『コギリゥ 常緑つる性木本 魔力を包み込む性質がある 葉は薬の材料として使用可能』
鑑定の内容に納得する俺。魔力を包み込む性質、薬の材料――そんな植物なら、聖剣が眠る教会にピッタリだ。
教会の周囲には堀のような水路が掘られている。教会とその周辺の敷地を、ぐるりと一周しているようだった。まるでここが神聖な場所だと主張しているようだ。現に、堀の内側にはハルバルのような背の高い雑草が見られない。整えられた庭のように見える。
一言で表現すれば、『ザ・ファンタジック廃墟』である。いかにも重要なブツが眠っていそうな気配がした。これはホンモノだ。
独特の雰囲気を醸し出す教会を見つめ、イティスが呟いた。
「うわあ、ホントにあったんだ」
「おいこら舎弟。お前が自信満々に案内した場所だろうが」
「だって見たことなかったし――わきゃん!?」
無責任なことを宣う半人前舎弟。そのケツに向けて、俺は体当たりをかました。イッヌ状態では尻に張り手して躾けることもできない。もどかしい。
いまいち緊張感の足りないイティスを尻目に、俺は慎重に扉に向かう。神獣になってから鋭敏になった聴覚と嗅覚で内部を探った。とりあえず、生き物の気配は感じない。
扉を開けようとする。
「ふんっ。……ふんっ!」
ドアノブまで届かねえ。
「舎弟」
「はーい」
イティスに扉を開けさせる。
教会に入ると、すぐに礼拝堂スペースになっていた。10人ほどが座るといっぱいになりそうな広さである。
その一番奥、本来なら演台がある場所に目的のブツが突き刺さっていた。
「おお、これが聖剣!」
無意識に感嘆の声を漏らす俺。
突き刺さっている部分も含めて、刀身は約1.3メートルくらい。身幅は3センチほどの両刃剣。柄も長く、片手でも両手でも扱える作りだ。
いわゆるバスタードソードという奴である。
名前を聞いただけで胸が躍る。
しかも、聖剣の名に相応しい精緻な装飾が至る所に施されていた。極めつきは、白銀色の刀身から薄らと放たれる清らかな輝きだ。
これぞまさしく――!
「明かりに使えそうだねコレ」
「ブチ壊しだぞこのクソ舎弟が――って、お嬢? どうしたんですかい、壁なんか見て」
唸って振り返った俺は、お嬢が壁際に立っていることに気がついた。
壁一面に、よく見ると絵が描かれている。少々抽象化されているが、これはローブをまとった女性たち――いや、シスターだろうか。何人ものシスターたちが輝きを放ちながら祈りを捧げているように見える。歴史を感じさせる宗教絵画である。
(しかし、こんなモンをお嬢に語って聞かせたことなんてあったか?)
首を傾げる。
お嬢の隣にイティスも並んだ。揃ってじっと絵を見つめている。
「すごい……! この壁画、本物の聖女様の物語だよ!」
「ホントだ! 長老が言ってたとおりじゃん! 綺麗ー」
「聖女の物語?」
「あれ? 兄貴様、知らないの?」
イティスが振り返り、にやりと笑う。小生意気なツラしやがって。
「聖女様は、大勢の中から選ばれた女の人なんだよ。大昔、この世界がまだたくさんの人間で溢れていた時代に、各地を旅しながら人々の幸せを願って神様の力を振るったんだって」
「この壁画には、旅をして奇跡を施す聖女様たちのお姿が描かれてるの。私、初めて現物を見た……やっぱり綺麗だなあ。私もこんな風になりたいってずっと思ってた」
目をキラキラさせる少女2人。俺は何となく面白くなかった。
俺が生前のお嬢に語って聞かせたASMR物語。そこにああいう聖女は出てこない。俺的には外様野郎だ。そんな奴がデカい顔してお嬢の心を占めていることに、思わずジェラシーを覚える。「表出ろ聖女。決着付けようや」と言いたくなる。
……いや待て。何アホなことを考えているのか、俺は。
ここにきた目的を思い出せ。
「イティス。ちょっとこっちに来い」
「えー、もうちょっと見させてよ兄貴様」
「後にしろ。お前には、この聖剣を手に入れるっていう大事な役目があるんだ」
え?と目を丸くする舎弟。
俺は真剣な表情を作って言った。
「聖剣の主になる。重大なその使命を、お前に託したい」
「兄貴様が、あたしに、託す……?」
「そうだ。これはお前の仕事だ。てめえの存在意義、この俺にしっかりと見せてみろ」
「それって、兄貴様があたしに期待してるってコト……?」
「ああ。その通りだ。気張れよイティス」
するとイティスの表情が変わった。頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべる。興奮しているのか、ボサボサの赤い髪がぶわっと逆立っていた。
舎弟にやる気を出させることも、上に立つ人間の役割だ。
そのときに大事なのは、心に訴えかけること。
ヤクザは命が軽い分、心意気を重んじてバランスを取る。中途半端な気持ちで命を賭けるバカはいない。相手にマジになってもらいたかったら、まずはこっちがマジであることを示すのだ。
「お前ならできる。イティス」
「うん!! あたしできる!! 任せてよ兄貴様!!」
よほど嬉しかったのか、スキップしそうな勢いで聖剣の前へ進み出るイティス。さすがにチョロすぎて心配になるが、まだ10歳のガキならこんなものかもしれない。
俺が語ったASMR物語の通りであれば、イティスは将来騎士になれる器。
騎士に聖剣はまさにうってつけである。
てめぇは騎士だってところを、俺に見せてみろ。イティス!
「よーし……ふんっ!」
気合い十分で柄を手に取るイティス。彼女の身長からすると、ほとんど目線の高さに柄がある。普通に引き抜くのは大変だ。
しかし、聖剣に認められた者であれば、容易く手に入るはずだ。いにしえのゲームではそのように相場が決まっている。
「ふんっ! えいっ! むうぅぅ……うーっ! うーっ!?」
決まっている――ハズだった。
「うぅぅー!! ……ぷはぁっ! 兄貴様コレ抜けない」
「何でだよ!!!」
俺は心から叫んだ。
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