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19話 聖剣を抜いたのは
しおりを挟む「だって抜けないんだもん!」
「ええい、それでもお前は騎士見習いか! 気合いで何とかしろ、気合いで!」
「うう、ちくしょー!」
泣き言を言いつつ、それでも歯を食いしばる半人前舎弟。
「抜けたら褒めてくれるよね、兄貴様!? 絶対だよ!?」
「ああ褒めてやる。だから気張れ未来の騎士!」
「がんばるぅぅーっ!」
健気に――チョロいとも言えるが――聖剣を引き抜こうと力を込め続けるイティス。
それでも、抜けない。
焚き付けた手前、俺はイティスの隣でハッパをかけ続ける。
その一方で、拭いきれない疑問を抱いた。
(このASMR世界は、俺がお嬢に語り聞かせた物語が元になっているはずだ。しかし……少しずつズレてやがる。まさか、俺の思い込みだったのか?)
だとしたら、俺の存在意義そのものに関わってくる。
お嬢とのことも勘違いになるからだ。
ヤクザは、一度吐いた言葉は貫く。ましてや、杯を交わすことと同義の『誓い』ならなおさら。
退くことは許されない。
それでも退くなら相応のケジメは絶対だ。
「あの、ヒスキさん」
煩悶する俺に、ふとお嬢が声をかけてきた。
そして、意外な提案をしてくる。
「私も、試してみていいかな? 聖剣を抜くこと」
「お嬢が、ですかい!?」
「うん」
頷くお嬢。いまだ奮闘し続けるイティスの後ろ姿を見ながら、お嬢はぽつりと呟いた。
「私も証明したいんだ。自分の存在意義」
その横顔を見て、俺はハッとした。
生前も、そしてこの世界で出会った当初も、目にした表情だったからだ。色濃い不安。自分はここにいていいのかと疑う気持ち。
おいヒスキ。迂闊だぞてめぇ。お嬢に再び、こんな顔をさせるなんざ忠犬失格だろうが!
俺がてめぇのチンケな存在意義にフラついてるから、お嬢に伝播したんだ。しっかりしやがれ。
「お嬢。どうか落ち着いて下さい。お嬢は俺らの頭です。俺もあの半人前も、お嬢の願いを叶えるために存在します。お嬢はただそこにいらっしゃるだけで、十分意味があるんですぜ」
「やだ」
「やだ、って……お嬢ぉ」
「私だって、ヒスキさんやイティスの役に立ちたい。そういう人間なんだって自信が持ちたいの」
俺は「しかし」と口にしようとして、やめた。
お嬢が抱える闇は、おそらく深い。生前の世界でも、このASMR異世界でも。
自信を持って頂くには、ひとつひとつハードルを越えていくしかない。
そのための俺。
そのための旅だ。
「わかりやした。おい舎弟。どけ、交代だ。お嬢に譲れ」
「えー!? あたしはまだ頑張れる、のに……」
盛大に不満をぶちまけたイティスだったが、お嬢の顔を見て態度を改めた。大人しくその場を譲り、「気をつけてね」と声をかける。
その気遣い、後で褒めてやろう。
聖剣の前に立つお嬢。大きく深呼吸をしてから、柄に手をかける。
俺はその姿を見てガラにもなく胸が締め付けられた。刃物を握るぎこちない手つき。やはり、お嬢には似合わない。俺はぐっと口を閉じて、しゃしゃり出そうになる自分を抑えた。
我慢だ。我慢だぞヒスキ。お嬢が自らの意志を出されたんだ。我慢我慢……。
「せーの。ふんっ……むー、うーっ! はぁ、はぁ。うう、私でも……抜けない」
「おんどりゃあこのクサレ聖剣がぁっ!! お嬢に何て顔させてんだテメェ表出やがれ!! シバいたらぁっ!!」
無理だった。
聖剣が抜けず悲しげな顔になるお嬢を見た途端、我慢なんて吹っ飛んでしまう。躾のなってない犬? しゃらくせえわ!
戌モードにならなかったのが不思議なくらい怒鳴り散らしながら、俺は聖剣に突撃した。そのまま、怒りを込めて白銀色の刀身に体当たりする。
額に衝撃。当たり前だが硬ぇ。だが、これくらいのことでグロッキーになるヒスキ様じゃない。
もう一発ぐらいブッ込まないと気が済ま――。
ギ、ギ、ギ――カランカラン……。
やたら高い音を残し、聖剣が倒れた。
突き刺さっていた台座がボロリと崩れ、まるでノックアウトされたボクサーのように刀身を晒したのだ。
「……は?」
「……え?」
「おおっ!」
ポカンとする俺とお嬢。半人前舎弟だけが目を輝かせて言った。
「すごいすごい! 抜けたよ聖剣! さすが兄貴様! 神獣だから納得だね!」
「いや。これは」
「あ、でもこれだと兄貴様が抜いたことになるから、あたし褒めてもらえない?」
一転して不安そうに尋ねながら、俺の前にしゃがみ込むイティス。状況が整理できずにいる俺はむつかしい顔で天を仰ぎながら、とりあえず舎弟の額に肉球をぽんと当てた。
「まあ……お前もよくやった。ご苦労だったな」
「へへ。やった、兄貴様に褒められた」
この単純さは騎士として致命的であろう。俺はすぐさま「にやにやすんなボケ」と尻尾ビンタをかました。だが十分に手加減したせいか、イティスはにやにや笑いを崩さなかった。
「やっぱりヒスキさんだね」
ふとかけられたお嬢の言葉に、俺はびくりとする。尻尾の毛が1.2倍くらいに膨れ上がった。
恐る恐る振り返ると、お嬢が力ない笑みを浮かべていた。
「ヒスキさんは神獣だもんね。私とは違うもんね。イティスも頑張ったし。それに比べて私は」
「わーっ! お嬢、違うんです! これは何かの間違い! そう間違いです! だからお気を確かに! ――おいクソ聖剣! てめぇも何とか言えやコラァ!!」
焦りのあまり、アホなことを叫んでしまう俺。
何だって無機物に虚勢を張ってんだ。返事がくるわけねえだろ、イタイわ俺。
『ごごご、ごめんなさいーっ!』
――無機物から返事があった。
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