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20話 封印の理由
しおりを挟む直後、聖剣がまばゆい光を放つ。輝きが数秒間、辺りを照らした後、現れたのはひとりの女だった。
いや――まだ少女と言った方がいいかもしれない。
白を基調とした、やたら豪華なローブを身にまとっている。年齢は10代半ば。パッと見、中学生くらいである。顔つきもどこか幼い。ゆったりしたローブで隠れてはいるが、おそらく体つきも年相応だろう。
そして腰まである桃色のストレートヘアに、コントラストとなる青い瞳。うーむ、この外見。マジでゲームに出てくるマスコットキャラか、あるいは――。
「伝説の聖女様!!」
俺の隣で、お嬢とイティスが声を揃えた。
ふたりとも、興奮したように少女に近づく。
「うわぁ! すごい、すごいです! あの壁画にある格好そっくり!」
「ね、ね! どうして剣になってたの!? 聖女様!」
『あわわわ……』
お嬢たちの圧に狼狽える伝説の聖女(仮)。
俺は壁画を振り返る。永い年月が経っていて判別はしにくいが、確かに描かれている服の特徴は目の前の少女の衣服と一致する。
つーか、あの聖剣が人間だったとは……。いや、もしかして剣が意志を持っていて、それ擬人化したというパターンか?
どちらにしろ、こんだけお嬢たちが食いついている以上、「このクソ聖剣!」と詰るわけにはいかなくなった。チッ。命拾いしたな聖剣。
興味津々のお嬢とイティス。だが聖剣聖女が圧倒されたままなのを見て、我に返ったようだ。
「いきなりあれこれ尋ねたら失礼だよ、イティス。こんにちは、聖女様? それとも聖剣様? 私の名前はケルアと言います」
「あ、そっか。まずは自己紹介だよね。こんにちは! あたしはイティスだよ。ケルアの友達! で、そこの神獣兄貴様の舎弟なんだ」
「おいこらそこの半人前。ヒトの紹介が雑だ、雑! 事務所でそんなナメた態度したら沈めるぞコラ」
「ジムショってなに?」
相変わらずなノリのお嬢たち。
聖剣聖女はポカンとしたままだった。
それはそれでカチンとくる。
てめぇ、お嬢が名乗っているのにダンマリか? 舎弟より礼儀がなってねぇな? 表のキヅタでグルグル巻きにして清らかな川に沈めんぞコラ?
『あ、あの! もう一度! もう一度お願いできますかっ!?』
「え? もう一度って……自己紹介を? えっと、私はケルア、です」
「イティスだよ! これでいい?」
『ふおおおぉぉぉ!!!』
何だコイツ。突然祈りのポーズで悶え始めたぞ。
『この地に封印されてたぶん幾星霜! 意識を取り戻した直後にこんなかわよいお姿とお声の美少女にお出迎えされるとはッ!! ここが至高の天国!! も、もっとよく目に焼き付けなければ――ッ!!』
「お触り禁止だこのクソオタクがッ!!」
がばぁっとお嬢たちに抱きつこうとしたこの女に、俺は渾身の体当たりをかました。確かな人体の感覚とともに、奴が壁際まで吹っ飛ばされる。
でんぐり返って引っかかるというみっともない格好で、「うへへ……」と煩悩ダダ漏れな声を上げる。
コイツ、聖剣聖女なんかじゃねえな。
沼の者だよ。
とっさに口にしてしまったが、クソオタクがすげぇしっくりくる呼称だ。何だよ聖剣で擬人化で濃いめのオタクとか。そんな濃厚キャラなんて創った覚えはねえぞこちとら。お嬢たちの感動を返せ。
ぽかんと呆気に取られているお嬢たちの前に、このクソオタク聖剣聖女を正座させる。本当はもっと制裁を加えたかったが、まずは説明が先だ。
『えっと。ワタシの名前はシーカと言います。先ほどは大変失礼をいたしました』
すんなり指示に従って名乗るオタク聖剣聖女――もとい、シーカ。深々と頭を下げる姿は、一応誠意と反省が感じられる。
『尊い御姿に不用意に触れようとするなど、確かに浅慮でした。申し訳ございません』
「わかってんじゃねえか」
「ごめんヒスキさん。私わかんない」
満足して頷く俺の横で、釈然としない顔をするお嬢。
シーカは自らの経緯を語り出した。
それによると、どうやらコイツは正真正銘の聖女だったらしい。
この世界にはかつてたくさんの聖女がおり、各地で人々の安寧を祈り、土地を清める仕事をしていたようだ。教会に描かれた壁画は、真実の歴史だった。
聖女に求められる力とは、『声で争いを鎮め、穢れを祓《はら》うこと』。日本でいうところの祝詞が近いだろうか。
世話になっていた黒羽組も神事はキチンとこなしてきた。ヤクザはこう見えて験を担ぐ。お嬢だって『声』が大きな特徴だ。シーカの話に親近感を覚えながら耳を傾ける。
……が、説明が進むにつれ次第に雲行きが怪しくなってきた。
聖女として活動するには、湖面のように静かな心で声の力を行使する必要がある。ところが、このオタク――もとい聖剣聖女は、大声で他人を愛で騒ぐ悪癖があったため、上から『聖女失格』の烙印を押されたらしい。
さっきの俺より厳しいツッコミ受けてんじゃねえよ。進歩がねえぞこの女……。
しかもその悪癖とやらは、「可愛い声、可愛いものに目がない」という内容である。そこそこマジもんな重度のオタクじゃねえか。
『それでそのぅ。上層部の偉ーい方々の魔法で武器の姿に変えられましてぇ。当時穢れの進行がひどかったこの場所に封印具として安置されたんです。こうブスッと』
「軽……。何だって剣の形なんかに」
『聖剣の姿が一番穢れの浄化効率がいいらしいです。アタシ、潜在的な魔力だけは高かったみたいで』
てへ、と恥ずかしそうに頭をかくシーカ。
『ただ、教会の手入れにやってくる見習い聖女ちゃんたちにハァハァしてたらドン引きされてしまいまして……。しかも穢れの封印具としての能力にブレ幅が大きすぎたらしく、アタシを聖剣として扱える人もいませんでした。その結果……』
「その結果?」
『聖剣なんてなかったって忘れられちゃいました。それでふて腐れてたらいつの間にか眠っちゃってて……気付いたら今日というわけなんです。あ、おはようございますって言った方が良かったですか?』
軽。この女、軽すぎる。
何だよ、刃物のくせにハァハァして誰も使えなかったから放置されましたってオチは。しかも何百年ふて寝してたんだコイツ。全国の聖女・聖剣に謝れ。イメージダウンも甚だしいぞ。
――ああ、だから封印スルーされたのか。納得。
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