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21話 オタク聖女シーカ
しおりを挟む俺は呆れた目でシーカを見る。隣のお嬢やイティスも呆気に取られているようだ。特にお嬢など、この聖剣聖女のポンコツぶりに大きなショックを受けていた。罪深いぞ聖剣聖女。
俺たちの様子に不安になったのか、シーカがおずおずと尋ねてきた。
『あの……アタシはいったいどのくらい眠っていたのでしょう? ここ、ラギタ教会、ですよね? 確か建物はもっと綺麗で、シスターちゃんたちもカワイイところが揃っていたと思うのですが……おかげで完璧に馴染んでしまって』
「知らねぇよ」
時間経過もお前の性癖も、こっちは知ったこっちゃない。
とはいえ気になる単語もあった。
「この廃墟はラギタ教会っていうのか?」
『え? ち、違うんですか? シルヴァ・マリスの西の端、緑と陸地多めな土地柄だと伺ってますが』
「シルヴァ・マリス……」
『あの。これってもしかしなくても、とんでもない時間が経ってます? 地名すら皆さんの記憶に残らないような……』
シーカの顔が蒼白になる。
すると、イティスが「はい」と手を挙げた。
「長老様から聞いたことあるよ。そのシルヴァなんとかって言葉」
『おおっ!』
「確か、数百年前はそう呼ばれていたんだって」
『おおぅっ!』
パッと表情を明るくしたと思ったら、すぐに絶望に染まる聖剣聖女。表情が忙しい。
つうか、数百年もぐーすか眠ってたわけか。コイツどうしようもねえな。
どうしようもねえが――使える。
コイツの頭ん中にある知識は使える。
「おいオタク聖女」
『はい。あ、アタシの名前はシーカです。もう一度自己紹介したほうがいいですか? カワイイわんこちゃん』
「ええい離れろ! 今はお前のターンじゃねえ!」
可愛ければ何でもいいのか、この女。
聖剣が刺さっていた土台の隣に、シーカを正座させる。俺は近くの長椅子に飛び乗り、上から奴を見下ろした。
「数百年も眠りこけていたお前を起こしたのは俺だ」
『どちらさま?』
「……。ヒスキだ」
そういえば俺だけ自己紹介してなかった。こいつと話していると半人前舎弟以上に調子が狂う。
小首を傾げるオタク聖女。
『起こして頂いたと言えば……アタシはどうして人の姿に戻れているのでしょう? こうして目が覚めたってことは、封印も解けているみたいですし』
「たぶん、兄貴様が頭突きしたせいだよ。どーんと」
『え? 頭突き?』
「兄貴様は神獣だから。きっとそのせいだよ」
なぜか半人前舎弟の方が胸を張る。
シーカはお嬢に目を向けた。素直でお優しいお嬢がこくりと頷くと、『何ということ』とシーカは呟いた。
そして俺をじっと見る。
『むむ……。確かに、ヒスキ氏からは特別な力を感じますぞ。今は薄ら魔力を感じるくらいですが、この感覚、もしかしてヒスキ氏はとんでもない実力を隠していらっしゃる?』
喋り方よ。
ただまあ、鋭いっちゃあ鋭い。曲がりなりにも聖女としての眼力は持ち合わせているようだ。
隙あらば抱っこしようと手を伸ばすオタク聖女の手をはたき落とし、俺は言った。
「俺がお前を叩き起こさなければ、この先何百年もこのままだっただろう。それとも、ここで教会とともに朽ち果てたかったか?」
『い、いえいえ! とんでもない!』
「ならば、お前は俺に感謝する必要がある。そうだろう?」
『は、はい。もちろんです!』
「では俺たちに協力する義務もある。そうだろう!?」
『はいっ! もちろん! です!!』
勢い込んで頷くシーカ。
隣でイティスが「あれ? 兄貴様、聖剣に八つ当たりしたんじゃなかったっけ?」とぽつりと漏らす。舎弟に尻尾ビンタをかました後、俺はにやりと笑った。
「ならシーカ。今からお前は、俺たちの鉄砲玉だ!」
『てっぽうだま?』
「てっぽうだま?」
「てっぽうだまって何?」
「お嬢たちまで首を傾げなくていいです。――つまりだ、何かあったときはお前が真っ先に犠牲になれっつってんだ。俺たちの道具になるんだよ!」
「ちょっと格好いい。兄貴様、そのてっぽうだまってやつ、あたしもやりたい」
「いいからお前は少し黙ってろ」
戸惑っているシーカに、俺は詰め寄った。
「それが嫌なら、ここでお別れだ。お嬢はこれから世界に打って出るお方。生半可な覚悟で付いてこられちゃ迷惑なんだよ」
『そ、そんな』
「だいたい、お前みたいなイレギュラーを創った記憶はこっちにはねぇんだ。半人前舎弟といい、これ以上俺の進行を乱すな。赤ペン入れっぞ」
『あかぺん?』
「あかぺん?」
「あかぺんって何、兄貴様?」
「それはもういい。例えた俺が悪かった」
じっとシーカを見る。
オタク聖女の知識は使える。ぜひ手元に置いておきたい。
だが、ウチの一家に加えるならば相応の忠誠心が必要だ。
イティスはいい。お嬢ともともと深い繋がりがある。あいつが側にいること自体に意味があるのだ。
が、コイツはそうじゃねえ。
どこの世界でも、組織の崩壊は新入りから始まる。俺はお嬢を守るイヌとして、シーカの適性を見極めなければならない。
それに上下関係はキチっと叩き込んでおかないとな。
ここでビビるようなら、今後も期待薄。
根性見せるなら大いに期待ってとこだ。
果たして――。
『……てっぽうだまでも、構いません。どうか、アタシを皆さんと一緒にいさせてください!』
どうやら、期待できる奴のようだ。
俺は内心でほくそ笑みながら、「よく言った」と告げる。
「そうと決まれば早速――」
『アタシ、運命を感じました! ヒスキ氏のもふもふ、ケルア嬢の美しくも凛とした声、イティス嬢の全力アホ可愛さ。アタシは皆さんを愛で称《たた》え仕えるためにこの地に降り立ったのだと、今確信したのです!!』
「聞けや」
「ねえ兄貴様。これあたしだけバカにされてない?」
眉をハの字にするイティス。隣ではお嬢がちょっと照れていた。
シーカは顔を紅潮させて、鼻息も荒い。いかん。スイッチ入っちまってる。早いところ本題に移らなければ。
『特にケルア嬢は素ッ晴らしいです! アタシ、彼女のような完成された声の持ち主を見たことがありません! まさに至高! まさに至極!! この方の側にいるだけで満たされ幸せだと思えるのです!!!』
「そうだな」
『ですよね!!?』
「ヒスキさん!?」
『今ならよく理解できます。ヒスキ氏があれほど強くアタシに迫った意味……あれはアタシの愛を試そうということだったのですね!? ご安心下さい! 皆さんがいらっしゃる限り、アタシの愛は常に限界突破、不可能などありません! ああ、ケルア嬢カワイイです!!』
「そうだな!」
「ヒスキさんっ!!」
『共にこの至高の存在を守り抜きましょう! ヒスキ氏!』
「その通りだな!!」
力強く頷き、互いの手を――俺は前脚だが――パンと突き合わせる。
ところで何の話をしようとしてたんだっけ、俺?
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