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22話 聖女の知識
しおりを挟む思い出した。このオタク聖女に協力させようとしていたんだった。
『真っ先に犠牲になることを厭いませぬ! だってアタシ、聖女ですから! 聖剣ですから! むしろケルア嬢やイティス嬢のようなかんわいい美少女のために散れるなら本望ぐへへ』
もうほっといても命賭けそうな勢いだなコイツ。
まあいいや。馬鹿と何とかは使いようである。
それにしても大昔の上司は正しい判断をしたよ、たぶん。このオタク聖女を世に放ったら大変なことになってただろう。
『ところでヒスキ氏。ひとつ伺ってもいいですか?』
「何だよ」
『具体的に、アタシは何をすれば?』
――俺は天井を見上げた。
言われてみれば、真っ白プランである。
そもそも、俺たちについてこいと言ったところで自由に行動できんのか? コイツ。
「俺たちはお嬢のため、これから世界を旅する予定だ。その先で邪魔するオークやオークバイトどもを片っ端からぶっ倒す。この世を美しく綺麗な音で満たすんだ」
『おお、なるほど!』
「お前は俺たちと行動を共にし、いざとなったらその身を挺してお嬢を守る。それがお前の役目だ」
『はい! わっかりました!』
軽い。あまりにも軽すぎる。
もうちょっとこのふんわり計画に疑問を持て、聖女。
「そういえば、お前は聖剣として封印されていたんだろ? 肝心の聖剣はどこいったんだよ」
『あ、それアタシです』
「は? 今のお前のどこに聖剣要素があるんだ。邪な感情が人の姿を取っただけだろ」
『ふっふっふ。ヒスキ氏、正論だけではアタシは語れませんよ。ご覧あれ!』
元気よく手を挙げた直後、オタク聖女の身体が光に包まれる。
あっという間に、彼女は聖剣の姿に戻った。
『アタシの本体は変わらず剣のままです。人間に戻ったわけではないのですよ、えへん』
「え……ちょっとかわいそう」
『あっ、あっ、そんな顔しないでくださいケルア嬢! すぐに、すぐに元に戻りますから!!』
そう言うと、あっさり人間形態に戻ってみせた。
どうやら、剣モードと人間モードを自由に行き来できるらしい。擬人化する剣か。結構そそられる。
『前は長い時間をかけて魔力を練らないと人間の姿になれなかったんですが、今はかなり楽に変化できます。ヒスキ氏が封印を解いてくれたおかげですね!』
「お前のメンタルどうなってるんだ……。まあいい。それで、聖剣があればオークやオークバイトを討伐できると聞いたが、本当なのか?」
『お任せ下さい! 彼らを排除することはアタシたち聖女が本職です!』
「なら、オークを人間に戻すことは?」
『え? 人間に戻す?』
ぽかんとする聖女。
俺はこれまでの経緯を話して聞かせた。白オーク状態だったイティスが俺の攻撃で元に戻ったこと。一方でオーク村長には何の変化もなかったこと。
考え込む仕草を見せるシーカ。しばらくして、彼女は真面目な表情で言った。
『一般的な討伐方法ではありませんが……オークは周囲の人々の恐怖心を取り除くことで無力化できます』
「恐怖心? 取り除く? 要するに、周りがオークにビビらなくなればオークが人間に戻るってことか?」
アレか。
日本で言うところの『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってやつか。
つまり、オークをつまんねえもんだと皆が思うようになれば、オークは人に戻る?
……何だそれ、ワケがわからん。
『オークは『3つの理不尽』から生み出されると言われています。すなわち『権威』『暴力』そして『恐怖』です。人間がオークとなるのは、これら3つの理不尽に苛まれたときである――と、古くからの教典に記されているんです』
「権威、暴力、恐怖……か」
何だか他人事とは思えねぇな。そんなの、まんま極道の世界じゃねえか。
『人々が権威にあぐらをかき、暴力に溺れ、人心が恐怖で揺らいだとき、オークが現れ、また彼らの力が増す。それら人が抱える理不尽を魔力によって断ち切ることも、聖女に求められる重要なスキルでした』
「わー……聖女様、やっぱりすごい」
『え!? そうですか!? そ、それほどでもえへへ』
お嬢たちに褒められ表情を崩すオタク聖女。慌てて真面目な顔に戻り、彼女は続ける。
『おそらく、ヒスキ氏の力はアタシたち聖女の魔力と通じるものがあるのでしょう。オークに凝縮された恐怖を打ち破り、周囲の人々に安心感を与えたことで、イティス嬢はオーク状態から解放されたのだと思います』
「一方でオーク村長の方は権威に溺れ、村人たちに恐怖を与え、それが消えなかったからそのままの姿だった――というわけか。おいシーカ、お前ちゃんと聖女らしいところがあるじゃないか。見直したぞ」
『えへへへへへ』
こういう調子に乗るところが残念なんだろうな。
だが、最初に見込んだとおりだ。
こいつの知識は役に立つ。
問題は、聖女としての実力だ。
「で、肝心なのはこっからだ。3つの理不尽を魔力で断ち切るのがお前ら聖女のスキルだと言ったな。お前がいれば、クソオーク村長を元に戻せるのか?」
『その方が抱える理不尽の根を捉えることができれば、あるいは可能――いえ、できます。やらせてください』
「よし、よく言った! ならば俺たちについてこい!」
俺は大きく頷いた。
自分の仕事にプライドを持てる奴は見込みがある。
そうと決まれば、こんな廃墟からはさっさとおさらばだ。
「お嬢。今度こそお約束が果たせるでしょう。見ていてくだせえ」
「うん。頼りにしてる。えっと、聖女様も」
『そ、そんな聖女様だなんて……! ケルア嬢たちの眩しさに比べたら、アタシなんてたき火カスも同然! どうかシーカとお呼び下さい』
「え、と。じゃあ、シーカさん。これからよろしくお願いします」
『ふおおおおおぉぉぉぉっ!!!』
舞い上がったオタク聖女が、とても聖女とは思えないキまった顔で駆け出す。
『お任せください! このシーカ、至高の美と可愛さを持つ皆様のお役に見事立って見せます! さあ、参りましょう!』
そう叫び、率先して廃教会を飛び出そうとする。
が。
『ぷぎゃっ!?』
不可視の壁に阻まれて盛大にスッ転んだ。
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