神獣ヤクザ ~もふもふ神獣に転生した世話焼きヤクザと純粋お嬢の異世界のんびり旅~

和成ソウイチ

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30話 無限の包容力と慈悲により

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「お嬢……?」

 俺は思わず振り返っていた。初めて耳にするような『命令口調』だったからだ。
 数歩離れた場所に立つお嬢。その隣で、イティスも驚いた表情をしている。
 お嬢は決意の表情で、俺を見つめていた。両手をぎゅっと握りしめている。並々ならぬ思いが、小さな肩から溢れ出していた。

 お嬢は再度、告げる。

「もう一度言うね。ヒスキさん、やめなさい。そして、伏せ」
「……。仰せのままに」

 戸惑いと感動と。複雑な感情を抱えつつ、俺はその場に伏せる。それでも巨大な戌モード。民家を数軒連ねたほどのボリュームがある。

 そんな俺の身体に――何を思ったかお嬢がしがみついた。そのまま、体毛を掴んでよじ登っていく。俺は慌てた。

「お嬢!? 危ないですぜ!」
「だ、黙って。ふ、んっ……よいしょ。これが、きっと、私にできること、だからっ」

 全身の力を使って上を目指すお嬢。しかし、不器用な彼女のこと、時折足を滑らせバランスを崩す。俺は気が気でなかった。

「もう、このまま見ているなんて、嫌……!」

 荒い息の中で、お嬢がつぶやく。舎弟が聖剣を手にしたときのように、それは力強い響きを持っていた。
 お嬢の意志が固いと見たのだろう。イティスが聖剣をその場に突き刺し、お嬢の後から俺の身体に取り付いた。お嬢よりかは身軽な舎弟が先に俺の背中まで登り、四苦八苦するお嬢を手助けする。

「ケルア、手を」
「うん。ありがとう」

 ようやく俺の背中に到達したお嬢。舎弟に支えられながら、慎重に俺の頭の上まで歩いていく。
 頭頂部まで来たとき、お嬢が俺の毛並みを軽く撫でた。彼女の意志を感じた俺は、ゆっくりと立ち上がる。

 お嬢の目線が、村全体を見渡すほど高くなった。
 俺の頭の上で、大きく深呼吸をする気配。

「……ヒスキさんやイティスが、恐怖を植え付けてしまっているのなら」

 静かにお嬢は語る。

「それを取り除くのは、きっと私の役目なんだ」

 まさか、お嬢。
 ここから『歌う』おつもりなのか?

 果たして、お嬢が涼やかに声を発する。
 歌詞のないアカペラ。お嬢の美しい声のみで構成される、至高の響き。
 かつて、荒んでいた俺を立ち直らせ、村への道中で聖剣に力を与えたお嬢の歌が、今、オークたちのために歌われている。

 最初に効果が表れたのは、身内から――。

『あ、あああああっ!?』

 たまりかねたように恍惚の声を上げるポン刀聖女。『アイドル』として崇拝するお嬢の歌声に、限界オタクが悶えているのだ。
 至高のご褒美――では、終わらなかった。
 直後、聖剣シーカの刀身から白く輝く魔力が溢れ出す。
 それだけじゃない。どこからか、まるで雪のように小さな魔力の輝きが降り注いできたのだ。

 お嬢の声から、それとも歌によって呼び覚まされた聖剣の力か。
 は、村を、オークどもを包み込む。

 ――俺は、二重の意味で感動した。
 ひとつは、歌そのものの素晴らしさに。
 もうひとつは――。

「何て、ことだ」

 光に触れたオークたちが、次々と人間に戻っていくじゃないか……!
 それに伴い、彼らから放たれていた雑音ノイズが、まるで酸素を失った炎のようにしぼみ、消えていく。

 浄化。

 その言葉がまさにぴったりくるような、そんな光景だった。俺は感動に打ち震えた。

 あのお嬢が。
 今まさに、トップとしての威厳と偉容を発揮なされている!

「うぅ……」
「ここは? 俺たち、いったい」

 人間の姿に戻った村人たちが、意識を取り戻していく。しかも――俺やイティスが倒した連中も含め、全員無傷だ。奇跡だった。

 目を覚ました奴らは、さらに奇跡的な光景を目にすることになる。
 神獣として巨大化した俺と、その頭上で村人たちを見渡すお嬢の姿。
 村人たちが目を大きく見開く。激しい衝撃を受けているのが手に取るようにわかった。

 強烈に思う。
 いいザマだ。実に良い景色だ。
 しかし足りない。
 こいつらにもっと知らしめなければ。お嬢の素晴らしさを!

「お嬢に無礼な言葉を投げかけ続けた野郎ども! 聞け! 見ろ!」

 俺は声を張り上げる。巨大な獣が人の言葉を喋ったことで、何人かが腰を抜かして尻餅をつく。
 本当にいい気味だ。
 興奮で尻尾の毛が倍ぐらいに膨れ上がった気がする。
 今こそ、お嬢が奴らより上の存在だとわからせるとき。

「醜い姿に堕ちたお前たちを救って下さったのが、お嬢だ! あがめろ。ひれ伏せ! そしててめえが犯した罪の重さを噛みしめて――」
「ヒスキさん」
「お嬢?」
「やめて」
「……わかりやした」

 凜とした声に、俺は言われたとおり黙る。その姿に、村人たちはさらに畏怖を覚えていた。

 お嬢が俺の頭上から降りる。俺は慎重にバランスを取り、お嬢が無事地面に足を着かせるのをサポートした。

「……オークになってしまうのって、『権威の理不尽』も原因なんだよね」

 お嬢が俺の毛並みを撫でながら言う。

「だったら、私があんな風に目立つのはダメだと思うんだ。ごめんね、ヒスキさん」
「いえ。俺も配慮が足りませんでした。お許しくだせえ」

 お嬢の考えにさらに感銘を受けながら、俺は頭を垂れた。
 何よりもお嬢が自ら動いたことが、俺にとっては嬉しい。あの寝たきりだった少女が、かつて狂犬と呼ばれたヤクザを自らの意志と言葉で御したのだ。
 組長オヤジがこの姿を見たら、泣いて喜んだに違いない。間違いなく、お嬢の成長だった。  

 もはや俺の力が不要になったせいだろう。戌モードがススキの輝きとともに解除される。同時に、ポン刀聖女も脇差サイズに戻って俺の体側に収まる。舎弟が少し残念そうな顔をしていた。

『はーぁ……最高の時間でした……』

 うっとりとポン刀聖女がこぼす。俺も同感だった。
 間違いなく、お嬢も舎弟も新しい段階に足を踏み入れたのだ。後見役として感慨深い。

 ……まあ、別のでっけぇ問題はあるがな。
 それはあくまで俺自身のケジメの話だ。

 お嬢が元オーク村長の元へ向かう。人間に戻った奴は、ひげ面の、筋骨逞しい男だった。他の連中と違ってダメージが残っているのか、地面に座ったまま俺たちを見ている。

「村長さん」
「……うっすらと覚えている。迷惑をかけたな、ケルア」
「いえ。いいんです。私のやりたいことは、叶ったから」

 お嬢は村長の手を取った。あれだけ暴言を吐かれた奴らを前に、お嬢は柔らかな笑みを浮かべた。

「ありがとう。私の歌を聴いてくれて。私の歌で、恐怖を乗り越えてくれて」
「ケルア……」

 村長が言葉を失う。周囲の村人がひとり、またひとりと涙ぐみ始めた。

「申し訳ない……」
「ごめんなさいね、ケルア……」

 やがて、集まった村人のほぼ全員が嗚咽を漏らす。
 お嬢の無限の包容力と慈悲の心、そして至高の声が、どうしようもなく荒んだ連中を救ったのだ。


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