神獣ヤクザ ~もふもふ神獣に転生した世話焼きヤクザと純粋お嬢の異世界のんびり旅~

和成ソウイチ

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32話 たとえ離れていく一歩でも

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「納得、できない? どういうことだ、それは。まさか、あの村長どもがお嬢に嘘をついているというのか?」
『いえ、そういうわけではなく』

 シーカは言葉を選んで少し黙り込む。

『上手く言えないのですが……アタシが生きていた頃とは違う感じなんです。ただのオークじゃないというか』
「俺はお前たちの時代を知らん。だが、それなりに博識なお前の見立てが外れたってことは、本当に昔と違う何かがあるんだろ。時間が経っているんじゃなかったか? それこそ、何百年単位で」
『う、何百年……いえ、そうなのです。このままめでたしでは終われない。ですから――納得できない。きっと何か、理由があるはずなのです。アタシたちの知らない何かが……それを探るためには、もっと知見を深めないと』
「なるほど。貪欲なのはいいことだ。頼りにしている」

 俺は頷く。かちゃり、と鍔を鳴らしてポン刀聖女は応えた。

 ――その夜。

 お嬢とイティスは、長老たちの呼びかけで宴に参加することになった。これまでの謝罪と、村を救ってくれた感謝を伝えるためだそうだ。
 俺はその輪の中に入らない。入れなかった。
 あんな啖呵たんかを切った手前、どのツラ下げて騒げというのか。
 そしてあいつら――どの面下げて、お嬢やイティスをもてなすというのか。

 考え始めるとどうしても楽しむ気になれず、俺は玄関先で夜空を見上げて過ごしていた。

「ヒスキさん」

 そこへふと、お嬢が顔を出してきた。

「そろそろ中に入っては? 皆さん、ヒスキさんとも話がしたいって」
「申し訳ありません、お嬢。さすがにこっちの世界に来て色々ありすぎたので、ここで少し休んでいます。なに、外の警戒は怠りませんので。お気になさらず」

 できるだけいつもどおりの口調で答える。
 たとえ向こうから招かれたとしても、俺が顔を出せば連中が気まずく思うのは目に見えている。そうなればお嬢がさらに気にする。それは避けたかった。

 心配げなお嬢を安心させようと、俺は話題を変えた。

「それよりお嬢。そのお召し物、似合ってますぜ」
「そ、そうかな? 長老さんがくれたんだよ。村に伝わる意匠なんだって」

 そう言って、お嬢がその場で一回転する。
 出会った頃、身につけていたシンプルな貫頭衣から、仕立ての良さそうなツーピースに着替えている。長袖に、長めのスカート。清楚なお嬢の雰囲気にぴったりだった。
 そういえば、どことなく聖女の格好に似ている。
 もしかしたら、大昔からデザインや縫製の技術が継承された逸品なのかもしれない。

「イティスも新しい服がもらえたんだ。こっちは村の男の子が儀式のときに着る防具を元にしてて……ふふっ。イティス、『ケルアと違ってかわいくない』って愚痴ってた。いつもなら真っ先にヒスキさんへ見せびらかしに行くのにね」
「はは。そりゃあ、後で軽く叱っておかないとですな。騎士として自覚が足りませんので」

 俺は微笑みを浮かべながら応える。もっとも、夜の闇と獣の顔では、微妙の表情変化は伝わらないかもしれない。

 お嬢が俺の隣に座った。星空を見上げ、呟く。

「ねえヒスキさん。私、上手く出来たかな」
「ええ。俺や舎弟が出来なかったこと、お嬢はやってのけたのです。よく頑張りましたね。このヒスキ、感服しました」
「えへへ。ヒスキさんにそう言ってもらえると嬉しい」

 はにかむお嬢。こんな表情を見られるだけで、俺にとっては至高の褒美だ。
 しかし、すぐにお嬢が表情を消した。

「私……私ね。もっと頑張る。だからヒスキさん、もうこれ以上、あんな怖い真似は……暴力は……」

 ぴくりと耳を動かす俺。
 平静を装いながら応えた。

「お嬢は、皆が平穏で争うことのない世界を望んでおられるのですね。素晴らしいことです。その心意気、ぜひ貫いてくだせえ。しがないヤクザに構うことはありませんぜ」
「……やっぱり、『やくざ』を辞めるとは言ってくれないんだね」

 ぽつりと零すお嬢。俺は否定も肯定もしなかった。

 しばらく、無言の時間が過ぎる。

 家の中からお嬢を呼ぶイティスの声がした。お嬢は立ち上がり、スカートに付いた土埃を軽くはたいて落とす。

「ヒスキさんのことを信じてる。この村の誰よりも。でも……皆を倒していたときのヒスキさんは、ちょっと――ちょっとだけ、嫌だな」

 それだけ言って、お嬢は踵を返した。
 玄関扉を閉める音が、ひどく遠慮がちに響く。

 お嬢の姿が見えなくなってから、懐刀が微かに震えた。ポン刀聖女の気遣わしげな声がする。

『ご主人……』
「何だ、起きてたのかポン刀聖女」
『大丈夫ですか?』
「何度同じ質問をしてるんだ、お前は。気にするな。――ヤクザってのは、そういうもんだ」

 たとえ疎まれても、嫌われても、報われなくても、守るべき者のために仁義を貫く。筋を通す。
 ヤクザってのは、そういうものなのだ。

 ――翌朝。

 俺たちは旅立ちのときを迎えていた。
 村の外縁には、長老を始めほとんど村人が見送りに立っている。

「ケルア、イティス。行ってらっしゃい」
「気をつけてな」

 皆、笑顔であった。
 お嬢もイティスも、また笑顔であった。少し涙ぐんでいるのはご愛敬か。
 村に来たときには考えられない光景である。
 これは間違いなく、お嬢が自ら手に入れたもの。
 お嬢なら、きっと理想のシマを作れるに違いない。あれほど蔑まれていた相手を、皆笑顔にしてしまったのだから。

「じゃあ、行こっか。皆」
「へい」

 お嬢の言葉に頷く俺。最初の頃に比べ、お嬢はずいぶん積極的に皆を先導するようになったと思う。使命感や自立心、そういうものが芽生えた証拠だろう。

 お嬢が背負うリュックには、村から提供された様々な旅の道具が詰まっている。
 当初の目的――村で旅の準備を整えるというのも、無事に達成された形だ。
 ここからが、本格的な始まり。お嬢の野望を実現する旅がスタートするのだ。

 それは同時に、神獣ヒスキがお嬢にとって不要な存在へと変わる第一歩なのだろうと、俺は予感していた。
 もちろん、そんな感傷はおくびにも出さない。

「この神獣ヒスキ、どこまでもお供します。お嬢」

 ――一度は失ったこの命が、再び尽きるそのときまで。
 俺はそう心の中で付け加えた。



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