32 / 94
32話 たとえ離れていく一歩でも
しおりを挟む「納得、できない? どういうことだ、それは。まさか、あの村長どもがお嬢に嘘をついているというのか?」
『いえ、そういうわけではなく』
シーカは言葉を選んで少し黙り込む。
『上手く言えないのですが……アタシが生きていた頃とは違う感じなんです。ただのオークじゃないというか』
「俺はお前たちの時代を知らん。だが、それなりに博識なお前の見立てが外れたってことは、本当に昔と違う何かがあるんだろ。時間が経っているんじゃなかったか? それこそ、何百年単位で」
『う、何百年……いえ、そうなのです。このままめでたしでは終われない。ですから――納得できない。きっと何か、理由があるはずなのです。アタシたちの知らない何かが……それを探るためには、もっと知見を深めないと』
「なるほど。貪欲なのはいいことだ。頼りにしている」
俺は頷く。かちゃり、と鍔を鳴らしてポン刀聖女は応えた。
――その夜。
お嬢とイティスは、長老たちの呼びかけで宴に参加することになった。これまでの謝罪と、村を救ってくれた感謝を伝えるためだそうだ。
俺はその輪の中に入らない。入れなかった。
あんな啖呵を切った手前、どの面下げて騒げというのか。
そしてあいつら――どの面下げて、お嬢やイティスをもてなすというのか。
考え始めるとどうしても楽しむ気になれず、俺は玄関先で夜空を見上げて過ごしていた。
「ヒスキさん」
そこへふと、お嬢が顔を出してきた。
「そろそろ中に入っては? 皆さん、ヒスキさんとも話がしたいって」
「申し訳ありません、お嬢。さすがにこっちの世界に来て色々ありすぎたので、ここで少し休んでいます。なに、外の警戒は怠りませんので。お気になさらず」
できるだけいつもどおりの口調で答える。
たとえ向こうから招かれたとしても、俺が顔を出せば連中が気まずく思うのは目に見えている。そうなればお嬢がさらに気にする。それは避けたかった。
心配げなお嬢を安心させようと、俺は話題を変えた。
「それよりお嬢。そのお召し物、似合ってますぜ」
「そ、そうかな? 長老さんがくれたんだよ。村に伝わる意匠なんだって」
そう言って、お嬢がその場で一回転する。
出会った頃、身につけていたシンプルな貫頭衣から、仕立ての良さそうなツーピースに着替えている。長袖に、長めのスカート。清楚なお嬢の雰囲気にぴったりだった。
そういえば、どことなく聖女の格好に似ている。
もしかしたら、大昔からデザインや縫製の技術が継承された逸品なのかもしれない。
「イティスも新しい服がもらえたんだ。こっちは村の男の子が儀式のときに着る防具を元にしてて……ふふっ。イティス、『ケルアと違ってかわいくない』って愚痴ってた。いつもなら真っ先にヒスキさんへ見せびらかしに行くのにね」
「はは。そりゃあ、後で軽く叱っておかないとですな。騎士として自覚が足りませんので」
俺は微笑みを浮かべながら応える。もっとも、夜の闇と獣の顔では、微妙の表情変化は伝わらないかもしれない。
お嬢が俺の隣に座った。星空を見上げ、呟く。
「ねえヒスキさん。私、上手く出来たかな」
「ええ。俺や舎弟が出来なかったこと、お嬢はやってのけたのです。よく頑張りましたね。このヒスキ、感服しました」
「えへへ。ヒスキさんにそう言ってもらえると嬉しい」
はにかむお嬢。こんな表情を見られるだけで、俺にとっては至高の褒美だ。
しかし、すぐにお嬢が表情を消した。
「私……私ね。もっと頑張る。だからヒスキさん、もうこれ以上、あんな怖い真似は……暴力は……」
ぴくりと耳を動かす俺。
平静を装いながら応えた。
「お嬢は、皆が平穏で争うことのない世界を望んでおられるのですね。素晴らしいことです。その心意気、ぜひ貫いてくだせえ。しがないヤクザに構うことはありませんぜ」
「……やっぱり、『やくざ』を辞めるとは言ってくれないんだね」
ぽつりと零すお嬢。俺は否定も肯定もしなかった。
しばらく、無言の時間が過ぎる。
家の中からお嬢を呼ぶイティスの声がした。お嬢は立ち上がり、スカートに付いた土埃を軽くはたいて落とす。
「ヒスキさんのことを信じてる。この村の誰よりも。でも……皆を倒していたときのヒスキさんは、ちょっと――ちょっとだけ、嫌だな」
それだけ言って、お嬢は踵を返した。
玄関扉を閉める音が、ひどく遠慮がちに響く。
お嬢の姿が見えなくなってから、懐刀が微かに震えた。ポン刀聖女の気遣わしげな声がする。
『ご主人……』
「何だ、起きてたのかポン刀聖女」
『大丈夫ですか?』
「何度同じ質問をしてるんだ、お前は。気にするな。――ヤクザってのは、そういうもんだ」
たとえ疎まれても、嫌われても、報われなくても、守るべき者のために仁義を貫く。筋を通す。
ヤクザってのは、そういうものなのだ。
――翌朝。
俺たちは旅立ちのときを迎えていた。
村の外縁には、長老を始めほとんど村人が見送りに立っている。
「ケルア、イティス。行ってらっしゃい」
「気をつけてな」
皆、笑顔であった。
お嬢もイティスも、また笑顔であった。少し涙ぐんでいるのはご愛敬か。
村に来たときには考えられない光景である。
これは間違いなく、お嬢が自ら手に入れたもの。
お嬢なら、きっと理想のシマを作れるに違いない。あれほど蔑まれていた相手を、皆笑顔にしてしまったのだから。
「じゃあ、行こっか。皆」
「へい」
お嬢の言葉に頷く俺。最初の頃に比べ、お嬢はずいぶん積極的に皆を先導するようになったと思う。使命感や自立心、そういうものが芽生えた証拠だろう。
お嬢が背負うリュックには、村から提供された様々な旅の道具が詰まっている。
当初の目的――村で旅の準備を整えるというのも、無事に達成された形だ。
ここからが、本格的な始まり。お嬢の野望を実現する旅がスタートするのだ。
それは同時に、神獣ヒスキがお嬢にとって不要な存在へと変わる第一歩なのだろうと、俺は予感していた。
もちろん、そんな感傷はおくびにも出さない。
「この神獣ヒスキ、どこまでもお供します。お嬢」
――一度は失ったこの命が、再び尽きるそのときまで。
俺はそう心の中で付け加えた。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる