神獣ヤクザ ~もふもふ神獣に転生した世話焼きヤクザと純粋お嬢の異世界のんびり旅~

和成ソウイチ

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41話 成敗、今一度

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(何だ、今の声は)
『アタシにも聞こえてきました』

 俺は辺りを見回す。湖の底にもかかわらず、人の声が聞こえてきたのだ。
 タコオークだけでも鬱陶しかったのに、まだ厄介事が残っているのかと思った。
 するとシーカが言う。

『ご主人。タコさんの姿でもオークはオーク。もしかしたら、人間に戻った誰かがいるのかも』
(この水中でか? 見たところ、それらしい姿はないが……)
『では気のせいということにしましょう』
(おい妙に冷たいな)
『……ああいう声は守備範囲外なのです』
(趣味丸出しかよ)

 つっけんどんだった理由はそれか。気持ちはわかるが。
 姿が見えない以上、水中に居続ける意味は確かにない。ちょうど今、イッヌの姿に戻ってしまったし。お嬢たちのことも心配だ。

(……ん?)

 水面を見上げた俺は首を傾げた。
 頭上、雄々しく立ち並ぶティレトーの側に、何やら影が見える。まるでクラゲのように半透明で、キラキラ輝いているようだった。

(おいポン刀聖女。お前、あれが見えるか?)
『え? ……あ、ホントだ。何でしょうアレ。水面近くでプカプカしてますね。むー……ん? もしかして……ヒト?』
(あそこはお嬢たちがいた辺りだ。急いで戻るぞ)

 俺は【カシワブラッド】を発動させた。近くのティレトーの幹からしゅるりと細い芽が伸びてくる。戌モードのときほどではないが、水面へ上昇するだけならこれで十分だ。
 ティレトーの芽に身体を固定した俺は、一気に水面を目指した。

 浮上するにつれ、謎の存在の輪郭が見えてくる。やはり人間の姿形をした『何か』だ。そいつが水面から顔を出す。
 俺は目を剥いた。

(おい。今、あいつ水面から出た後も・・・・・・・・浮き上がらなかったか・・・・・・・・・・?)
『です……。何かを掴んだ様子もなかったですね……』
(幽霊がいるなんて聞いてねえぞ!)
『え、幽霊?』

 加速。奴を追いかけ水面から飛び出す。そのままティレトーの葉橋の上に着地。
 その直後。

「きゃあああっ!?」
「ひぃぃぃぃっ!?」

 お嬢とイティスの悲鳴が聞こえてきた。
 すぐ側には白っぽいローブを着た若い男――の幽霊が浮かんでいる。マジで浮いてやがるよコイツ! しかも全身が半透明に透けてるしよぉ!

「ヒ、ヒスキさぁーんっ!!」
「兄貴様ぁーっ!!」

 俺の姿を認めたお嬢たちは、一目散に駆け寄ってきた。イッヌの身体の俺に両サイドから抱きついてくる。よほどビビったのか、抱きつく力が強い。必然的に身動きが取れなくなった。

「ふ、ふたりとも。少し離れてくだせえ」
『ああっ。麗しのお嬢様からサンドイッチされるなんてっ』
「ポン刀聖女。トリップしてる場合じゃねえぞ。ありゃなんだ? 人間がオークになるのは知ってるが、幽霊までオークになるなんざ聞いてねえぞ」
『ご主人。ここで大事なお話が』
「なんだ。何かわかったか」
『アタシ、幽霊とかそういう類ってダメなんですよぉー!!』
「お前も似たようなモンだろうが! シャキッとしろ!」

 役に立たないポン刀を叱咤しつつ、俺は幽霊を見据えた。
 白っぽいローブに、トルコ帽っぽい円筒形の帽子を被っている。全体的にふるふわな衣装で、アカデミックな印象を受けた。医療従事者か、学者か、さもなくば――司書。

 おい、まさか。この男――。

 宙に浮いたまま、スーッと男が近づいてくる。足音が一切せず、非常に気持ち悪い。
 顔つきにヤンチャ臭さを感じる。目つきも鋭く、どっちかというとヤクザこっち側っぽい面構えだ。
 俺はお嬢たちにサンドされた状態のまま、そいつに警告した。

「止まれ。それ以上近づくな。お嬢たちが怖がっている」
『ああっ、申し訳ない!』

 思ったより柔らかい声で拍子抜けする。
 男は素直に立ち止まると、その場で頭を下げた。
 おや、意外と話せる野郎なのか?

『そちらの美しい幼女を触手で縛ったときの感触が忘れられず……この姿に戻っても、つい求めてしまいました』
「……は?」
『近くで拝見すると、ますます素晴らしい! その柔らかさ、華奢な手足。欲を言えば、もうほんの少しおふたりが幼ければ』
『……は?』
『いえいえ、望むべくもないことは承知しております! 醜悪なオークの姿から解放して下さったのですから、感謝こそすれ、要望などおこがましいにも程があることはわかっていますとも! ……ただ、何と申しますかあのタコの姿は僕にとっても天職を得たようなもので――ハァハァ』

 聞いてもないのに聞きたくねえ言葉をべらべらと喋るこの汚物。
 お嬢とイティスは、さっきと別の意味で怯えていた。

 かちり、とポン刀の鯉口を切る。

「いくぞシーカ」
『はいご主人』
『え? あの、何を?』

 目を丸くする男に向かって、俺はポン刀を振りかざした。
 人剣一体――ならぬ犬刀一体の境地。俺とポン刀聖女はまったく同じ思考を共有した。

「成敗ーッ!!!」
『わぎゃああああっ!!』

 もしかしたら、これまでで最も鋭い一撃になったかもしれない。
 俺もシーカもマジ顔で呟く。

「つまらない変態ものを斬ってしまった」
『汚物は浄化です。これ、聖女の使命』
『ちょ、ちょっと待って下さいよーっ』

 斬られたはずの変態が泣き言を漏らしながら寄ってくる。チッ、浅かったか。

『ご主人。汚物の姿がぼんやりになってます。浄化まであと一歩です』
「よしではもう一撃」
『や、やめてーっ! あなたがた、アル・パストラ大図書館の関係者でしょう!?』

 俺の動きが止まる。
 奴は身だしなみを整えながら言った。

『僕の名前はブロンテン。大図書館の司書で、『元』館長です。よろしければ、皆さんを大図書館までご案内しますよ』



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