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48話 おかしな本
しおりを挟む明らかにおかしい本だ。そもそもどっから出した、ソレ。
『修行なら、これ』
そう言って、ファンマは巨大本を床に置いた。ドスン、という本にあるまじき重厚な音とともに埃が舞う。この部屋が使われなくなってずいぶん経つことを示していた。
巨大本の中程のページが開かれる。
俺はお嬢たちとともにその中身を覗き込んだ。
しかし――。
「何も書いてない……」
見事なまでに真っ白だったのだ。
「おい。ファンマとか言ったな? こりゃあいったいどういうことだ? 俺たちを騙そうってんなら良い度胸だな?」
俺が凄むと、ファンマは器用に眉だけ下げた。
『聖女。中身読めるって聞いた。だから持ってる、私』
「ああ?」
『私、聖女のお世話係――だった?』
何で疑問形なんだと思ったが、メイドの格好といい、あながち間違いではないのだろう。霊体化して記憶が曖昧になっているのかもしれない。
そういえば。
俺が生前に読み聞かせていたASMR物語にも、メイドを登場させていたな。
もしかして、こいつもイティスと同じようなポジションなのか?
目を細めてファンマを見る。ファンマはじっと俺を見返し、それからほんの少しだけこくりと首を傾げた。何を考えているのか読めない。
イティスといい、何で俺が考えた登場人物は揃いも揃って微妙な奴らばかりなのだろう。そもそも生きてる人間じゃねえってどういうことよ。
俺のせいか。すんません、お嬢。
とにかく、もしファンマの奴が俺たちと出会うべくして出会ったのなら、もう少しじっくりこいつと付き合う必要がありそうだ。
ふと、巨大ページを見つめていたお嬢が声を上げた。ページの一角を指でなぞる。そこは変わらず真っ白な部分だったが――。
「薄らとだけど、文字が見えるよ。でも、何て書いてあるんだろう」
「何と。さすがお嬢です。俺たちにはできないことをやってのける」
「そ、そうかな。これも聖女の力……ってことかな。だったら、ちょっと嬉しい」
はにかむお嬢。
そのとき、ポン刀聖女が『ああっ、そういえば!』と声を上げた。
『思い出しましたよ、ご主人! このむやみやたらにデッッッカイ本! これ、聖女御用達の訓練本です!』
「訓練本?」
『この本自体に軽微な結界がかけられていて、聖女の魔力を集中させないと中身が読めない代物で。しかも特殊な魔法が施されたインクで書かれた文字を読むと、そこに込められた魔力を吸収できるって寸法です! あと純粋に重いので筋トレにも!』
「最後だけ意味不明なんだが。つーか、そんな重要なモンの存在を忘れてんじゃねーよ」
『すみません。勉強苦手だったもので』
「……ってことは、今のお前に本の中身は読めてんのか?」
『すみません。勉強苦手だったもので』
こいつ、誤魔化しやがった。
半眼で睨む俺の隣で、お嬢が目を輝かせた。
「つまり、この中身をしっかり読むことができれば、私はもっと力を付けることができる……のかな」
『大図書館の皆がこんな状況である今、お嬢ちゃんの修行方法としてはぴったりかもしれませんねえ』
ブロンテンが暢気に言う。彼はファンマに言った。
『しかしですね、この訓練本は本来、しかるべき書架に保存されていたはず。ファンマちゃんはどうやって持ち出せたのかな?』
『ひょいっと』
それだけ。
無表情メイドにそう言われて、さすがのブロンテンも目が点になっていた。
『つまりファンマちゃんは、図書館の本をある程度自由に出し入れできるってことかな? そんなの、うちの司書連中でもそうできない芸当だと思うけど……』
『母に教えて貰った』
またも短く答えるファンマ。
首を傾げたブロンテンは、直後、大きく手を打った。
『おお、思い出した! ファンマちゃん、現館長の娘さんじゃないか!』
「おい」
ポン刀聖女といいお前といい。
そんな重要な情報、忘れてんじゃねーよ。
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