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51話 めくれる扉
しおりを挟むそう言って歩き出すファンマは、心なしか先ほどよりも足取りが軽かった。
きっかけはおそらく、俺が物語を読み聞かせたから。背中の巨大本がどういうわけか活性化し、ファンマに力を与えたのだ。
この大図書館では、本は聖女だけでなく司書霊体にも効果をもたらすようだ。
これまで幽霊どもに活を入れなければと考えていたが、もしかしたら別の方法でも奴らを正気に戻せるかもしれない。
お嬢の歌でも活性化していたが、お嬢だけに負担をかけなくてもよくなるかもしれないのだ。
それがわかっただけでも、ファンマを連れてきた甲斐はあったというものだ。
こうなると、ファンマの母親――大図書館の現館長と話ができるのは大きい。
ファンマが言うとおり、きっと何か知っているはずだ。どんな奴かは――ファンマを見てもよくわからない。
エントランスに戻り、今度は正面にあった巨大な階段を上っていく。
途中、何人もの幽霊が俺たちの前を横切っていった。最初、図書館に入ったときはガランとしていたのに。こんなにいたのか。
彼らを観察していると、気づいたことがあった。
「ファンマ」
『なに?』
「ここの幽霊――司書たちがどいつもこいつも本を持っている。ありゃあ何か意味があるのか?」
全員というわけではないが、よくよく見ると大小様々な本を身につけている。図鑑サイズで小脇に抱えている奴もいれば、よーく目をこらさないと気づかない豆本くらいの本を吊り下げている奴もいた。
さすがにファンマほど桁違いにデカイ本は持っていないが。
ファンマは相変わらず薄い表情で同僚たちを見渡す。
『さあ』
「さあって」
『皆はわからない。けど、本を持っていると落ち着く。マイ本。良き』
わかったような。わからないような。
実は本の方が本体でしたってことじゃないだろうな? 本だけに。
ファンマはどんどん上へと上っていく。幽霊司書たちとは時折目があう程度で、やはり声をかけてくることはなかった。
やがて、大きな扉の前にたどり着く。周りの構造からして、おそらくここは大図書館の最上階だ。
『着いた。ここが母様の館長室』
「でけぇ扉だな」
『封印されてるから、ちょっと待って』
そう言うと、ファンマは背負っていた本を床に下ろした。その場でバタンと本を開き、何やらページをなぞり始める。聖女じゃない俺は、何をしているのかサッパリだ。
そのときである。
目の前の扉に変化が表れた。
重厚な木製扉だと思っていたら、突然、桂剥きされた大根のようにぺらりと表面が左右に剥がれた。表面に無数の文字が浮かび上がり、折り重なる。
見ていて気づいた。これ、本のページを高速でめくってるみたいだ。
「驚いたな。さすが大図書館の館長室。こんなギミックがあるとは。お前がいなきゃ立ち往生だったよ、ファンマ」
『開いて良かった』
「……あ?」
『実はここの開き方、よく覚えてなかった』
「褒めた側からそれかよ。大丈夫か、ここの連中……」
ぼやきながら、俺はファンマに続いて館長室に入る。
そこはまさに『図書館の主がいる部屋』に相応しい偉容だった。
半円形になった壁一面が本棚となっていて、隙間なくぎっちりと本が並んでいる。それだけじゃなく、本棚に収まりきらない本は、ふわふわと空中を漂っていた。まるで本まで幽霊になったみたいだ。
そして――。
『あれが私の母様』
ファンマが指差した先に、一際仕立ての良さそうな司書服を着た女がいた。
ただし、うつ伏せの大の字になって床にぶっ倒れている。
威厳が台無しなのだが。
『あれが私の母様』
聞こえてるから2度言ってやるな。可哀想だろ。
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