59 / 94
59話 本を蘇らせる物語
しおりを挟む震える文字。
そこから微かに何かが聞こえてくる。それはだんだんと大きくなっていくようだ。
俺は耳を傾け、その音の正体を探ろうとした。
……そして後悔する。
「おい。ちょっと待て。この音って、まさか関節音……!?」
それを擬音で表現すれば「かさかさかさ」になるだろうか。
節足動物が葉っぱの上をゆっくり移動する様をどアップ、ど近接から採音したような。
要するに、虫の音だ。ちくしょうめ。
『戌モード』であれば、間違いなく前脚で床板ごと抉って放り投げているところだ。
ドン引きしているのは俺だけではなかった。
現図書館長のレフテも青い顔をして一歩下がっている。よく観察するとこめかみに青筋が浮かんでいるようにも見える。
「こ、これは。本の大敵が這いずり回る音ではないですか。く……私の身が万全であれば、即刻はたきだしているのに」
「まったく同感だ。気が合うな館長」
不快感を誤魔化すため口元を引き上げて嘯く俺。
一方のファンマの方は、むしろ逆に興味深そうに身を乗り出していた。
震える哲学の文字列と、そこから奏でられるキショい音との共演を、まるで夏休みの自由研究中の小学生みたいに目を輝かせて観察している。
親子でこうも違うのか……。
そんな風に考えていたときだ。
虫が這う音に別の音が混ざりだした。
ぱちん、と火の粉が爆ぜる音だ。ほんのかすか、炎がゆらめくような音も聞こえてくる。
こっちはASMR動画でも耳にしたことがある。ド定番、焚き火動画だ。
堅苦しい哲学書、キショい虫、安らぎの焚き火。
これらまったく種類の違う存在に触れたとき、俺の中でひとつのイメージが浮かんだ。
「こいつは悩める哲学者。賢すぎ、深く考えすぎなあまり、頭ん中に飼っていた思考の澱が、おぞましい虫の姿になって現れた。『その辺にしておけ、さもなくば我の分身がお前を埋め尽くすぞ』と」
「神獣様?」
「哲学者は悟る。このままでは自分が生み出した魔物に押し潰される。そこへ、お嬢が助け船を出す。親友から教わった魔法の炎で、その虫もどきの魔物を追い払ったんでさ。哲学者はお嬢にとても感謝し、自分の思考の良い部分を取り出して、頭の良くなる本を手渡した。でもお嬢はもともと賢かったから、一度さっと目を通して、すぐに哲学者に返した。『これはあなたの素敵な特技だから』って」
すらすらと口を突いてくる物語。
そういえば、生前もこんな感じで語っていた。
お嬢は俺の話をいつも真っ直ぐ、微笑みながら聞いてくれた。だから、俺はどんな荒唐無稽な設定でも、胸を張って語り倒したものだ。
異空間書庫が俺とお嬢の生前アーカイブだとしたら、漏れてきた音は元の世界の記憶の欠片なのかもしれねえな。
――そんな風に昔を懐かしんでいると、本に変化が現れた。
震えていた哲学書の文字列が、スッと落ち着いたのだ。
同時に、淡い光の輝きが生まれ、本全体を包む。光はインクの文字を細くなぞっていく。まるで文章がライトアップされるみたいだ。
不可思議な光景に見入っていると、レフテのたおやかな手が間に入ってきた。
彼女は何事か呟くと、自らの手から魔法の力を放出する。
すると、眩しく輝いていた本が大人しくなり、やがて元の姿に戻った。さらに、ひとりでに本が閉じる。
レフテが額を拭った。
「編纂完了です」
「今のがそうなのか?」
「ええ。本に、文字に溢れた力を均し、全体のバランスを整えました。これで、この本は本来の力を取り戻したと言えます」
見た目には変化は見られない。
だが、本を手に取ったレフテが、心なしか先ほどより顔色が良くなっている様を見ると、彼女の言ったことは正しいのだろうと思える。
なるほど。こうして本の力を取り戻していけばいいのか。
物語が本を蘇らせる、か。なるほど。なるほど。他にはない展開で、なかなか興味深い。
名残惜しそうにファンマが尋ねた。
『虫は?』
「忘れろ」
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~
鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。
そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。
母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。
双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた──
前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる