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68話 ステージがもたらしたもの
しおりを挟むお嬢は不安そうに辺りを見回していたが、俺が力強く頷きを返すと、腹を決めたようだ。
【カシワブラッド】によって出来上がった植物の舞台に立つ。
観客となる幽霊司書たちは、まだ遠巻きに眺めているだけだ。
お嬢は大きく深呼吸した。
それから、おもむろに歌を紡ぐ。
故郷の村で、クソッタレな村人たちを鎮めたときのように、歌詞のないアカペラが大図書館の中庭に響き渡る。
あのときと違うのは、音が重層的であること。
お嬢の精神的な成長もあるが、新たに身につけた鳥の声が今回もお嬢の歌声を盛り上げた。
まるで小鳥さえずる森林の中で、清流のように澄み切った歌声が響いているよう。
おそらく、お嬢自身は鳥の声が重なっていることに気付いていない。
お嬢がもっと色々な声を身につけ、スキルを身につけたとき、いったいどんなステージになるのか。俺は想像しただけで鳥肌が立つようだった。イッヌだから尻尾がわかりやすくぶわっとなる。
きっと、ドームなんて目じゃない。
一国まるごと、お嬢の前に熱狂するに違いない。
そう思わせるに足る、見事なステージだった。
歌が静かにフェードアウトする。
「あ、ありがとうございました」
舞台の上でぺこりとお辞儀をするお嬢。やっぱりかわいい。
「オラ舎弟ども。お嬢を称えろ。……お前ら?」
俺はイッヌの身体で拍手ができないから、ポン刀聖女たちに促す。
ところが、こいつらはポカンとしたままだった。
いや、違う。
立ったまま気絶してやがる。
魂が口から天空へと登っているのだ。霊体が霊体になって拍手している様が見えた気がした。
こんなときに、何器用な真似をしてやがんだ。戻ってこいや。
イティスはイティスで、さらに深い眠りに入ってるし。ええい、どいつもこいつも役立たずめ。
仕方なく、俺だけでも賞賛の声を上げようとしたときだった。
どこからから、拍手の音が聞こえた。
お嬢が顔を上げる。
いつのまにか大図書館から出てきた数人の幽霊司書たちが、お嬢に向けて拍手をしていたのだ。
俺は驚いた。
今まで無気力だった幽霊どもが、自分から拍手という行動を取っている。
それだけじゃなく、奴らの表情も変化があった。
ほんの少しだが、笑っていたのだ。
これは、お嬢の歌声が幽霊どもの脳天に届き、わずかでも目覚めさせた証拠。
拍手を受けたお嬢は、どこか放心状態で幽霊たちを見ていた。
俺は彼女の足下に歩み寄り、穏やかに言う。
「お嬢。これはお嬢を皆が認めた証ですぜ。よく頑張りましたな。お嬢の歌声は、確かにこいつらに届いたんです」
「そっか。私の歌が、皆に……うっ」
感極まったように、お嬢が口元に手を当てる。その目尻に小さく涙が浮かんでいた。
俺ももらい泣きしそうになる。
そのとき、視界の端に数人の女の幽霊司書が見えた。
彼女らも表情が復活している。
しかし、それはお嬢への賞賛ではなかった。
『……ふん』
まるで蔑むように顔を背け、ひらひらとわざとらしく手を振りながら去っていったのだ。
――は?
おいお前ら。今、何をしやがった? ん? 何をしたんだ?
「……うん。知ってた。そういう人もいるよね。だって私、何の訓練もしてない素人だもの」
悪いことに、あの女どもの態度をお嬢も目撃していたのだ。
目尻の涙が、別の意味に見えてくる。
落ち込むお嬢を見て、俺は血管が切れそうになった。『戌モード』に変身しなかったのが不思議なくらいだ。
いつの間にか、放心状態から帰還したシーカとブロンテンが俺の隣に立っていた。
俺は言った。血で血を洗うヤクザだったころの低音ボイスで。
「あいつらヤキいれんぞ」
『承知』
『うっす』
「地の果てまでおいかけんぞ」
『承知!』
『うっす!』
「あの、ヒスキさん?」
お嬢、止めないでください。
人には越えちゃならねえ一線ってもんがあるんでさ。ふふふ……。くくく……。
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