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9章 聖域外からのピクニック
第70話 遭遇
しおりを挟む「天使様。その人たちは……悪い人なの?」
『わかりません。ですが、私の結界を一部とは言え破った人間。ただの放浪者ではないはずです』
天使マリアは視線を外した。彼女が見つめる先にはピクニック会場、もふもふ家族院の皆が集まる場所がある。
『ピクニックで微笑ましさ全開は私も大歓迎なのですが、あの場所は見晴らしが良い。侵入者にも気づかれてしまうかもしれません。ごめんなさい、ユウキ』
「どうして天使様が謝るのですか?」
『この事態は聖域の管理者たる私の失態と言えます。また、下界での私はむやみに力を解放できない……そのために、かの侵入者の居場所特定が難しくなっているのです。いえ……もしかしたら、彼らは私の目をくらませる魔法を使っているのやも』
天使ともあろう者が情けない、とマリアは唇を噛んだ。
『とにかく、十分に気をつけてください。私の友人の見立てでは、さしあたって危険はなさそうだとのことですが、用心するに越したことはありません。もふもふ家族院の院長たるあなたに、まずは伝えておきたかった』
「天使様……はい。わかりました」
『私は姿を消し、あなた方を少し離れたところから見守ることにします。本当は今すぐ顕現してピクニックに混ざりたいところですが、致し方ありません。残念です。痛恨の極みです』
超混ざりたかった……とつぶやく天使様を見て、ユウキは少し肩の力を抜いた。
天使様がこうおっしゃるのだから、じゅうぶん気をつけよう。けど、少し会いたい気持ちもある。
外から来た人たち。どんな人なのだろう。
――大丈夫だ、少年。少年なら、どんな者とでも対等に話ができる。
――それに、この天使サマが言うほど気を張らなくてもいいかもしれないわよ? 少なくとも、私たちが怖気だつような邪悪さは感じないわ。
善き転生者の魂たちが語りかけてくる。
ユウキは彼らのことを信じた。安堵する。
――それにしても懐かしいな。邪悪な存在、か。かつてなら見つけ次第叩き斬っていただろう。
――そうね。まかり間違ってこの子に手を出すようなことがあれば、うっかり森を吹き飛ばしてしまうかもしれないわね。危ない危ない。
冗談とも本気ともつかない物騒な台詞も聞こえてきた。
どことなく、転生者さんたちが天使様に似てきたなとユウキは思った。
ちょっとだけ、不安になる。
「わかりました、天使様。周りに気をつけていればいいんですね」
『頼みましたよ、ユウキ』
「はい! もふもふ家族院の皆は、僕が守ります!」
『ん゛っふぅっ! ……頼みましたよ、ユウキ』
口元を押さえながら告げる天使マリア。なぜ同じ台詞を二度言ったのかは気にしないことにした。
やがて、すーっと天使様の身体が透けていく。もふもふ家族院の子どもたちに影響が出ないようにするためだ。
よし、と握りこぶしを作り、ユウキは小走りに皆のところへ戻っていく。
再び藪を越えたところで、転生者の魂が語りかける。
――少年。人の気配がするぞ。
「え!? まさか、もう!?」
走る。
記憶していた道をたどり、ピクニック会場の広場に出る。
その瞬間――。
「あっ!? ユウキーッ!」
「ユウキくーん!」
ヒナタとサキが勢いよく抱きついてきた。彼女らの頭の上に乗ったケセランたちも、オロオロと左右を見回している。
背中を軽く叩いて落ち着かせると、彼女らは広場の一角を指差した。
「ピクニックの準備をしていたら、あの人たちが急に現れて」
ヒナタの言葉に、眉を寄せる。
そちらを見た。
警戒する子どもたちとチロロの向こう、四人の大人たちが立っていたのだ。
男性二人、女性二人。
それぞれ立派な装備を身につけている。ただ統一性はない。どこかの部隊の制服――というわけではなさそうだった。
彼らを一目見たユウキは、まず真っ先に思い浮かぶ光景があった。
――あ、こういうのアニメで見たことある。
「すごいや。冒険者様ご一行だ」
「ユ、ユウキ?」
思わずつぶやいた言葉にヒナタが反応する。
ユウキはリュックを下ろし、緊張する仲間たちの脇を通り抜け、『侵入者』たちの前に立った。
「危ないよユウキ」「しっ。彼に任せましょう」「すげー。あんな格好初めて見たぜ」「レン、ダメだよ。変なことしちゃ……」――後ろから子どもたちがボソボソと話す声を聞く。
ユウキは、不思議と落ち着いた気持ちで『侵入者』たちの顔を見た。
自分よりも一回り年上。けど、十分『お兄さん、お姉さん』で通用しそうな若々しさ。
彼らもまた、戸惑いを露わにしていた。
未踏の大地に足を踏み入れたと思ったら、幼い子どもたちが揃ってピクニックしているところに遭遇して、大いに困惑した――そんな様子がありありと伝わってくる。
微妙な空気が横たわる。
けれどユウキは動じなかった。天使様の存在、善き転生者たちの言葉が、彼を支えたのだ。
四人の大人から注目されながら、ユウキは表情を緩めた。彼らの顔をまっすぐ見上げる。
「はじめまして。僕はもふもふ家族院の院長、ユウキといいます。よろしくお願いします」
そう言って、ユウキは小さな手を彼らに差し出した。
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