僕はもふもふ家族院の院長先生!!

和成ソウイチ

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10章 僕はもふもふ家族院の院長先生!!

第88話 助力を願った結果

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 緊張感が途切れて、涙が溢れてしまったユウキ。
 そんな少年院長を、聖女パトリシアと賢者クラウディア、そして天使マリアがそっと慰める。
 ユウキは彼らに連れられて、老婆の家に向かった。

 途中、行き交う衛兵や集落の住人がざわついていた。奇異の目、あるいは戸惑いの目を向ける。凶悪な魔物が退けられたことはすでに皆に伝わっていたが、まさかユウキのような幼気な少年が活躍したとは思っていない様子だった。

 家の前では老婆が待っていた。ユウキたちの姿を見ると、小走りに駆け寄ってくる。

「やあ、無事だったかい坊や。なんとか連中と合流できたようだね」
「お婆さん……」
「いい。皆まで言うな。いかに力と意気がある坊やでも、魔物と直に相対するのはつらかっただろうさ。しかし、もう大丈夫だ。魔物の気配はすっかり消えた。ヴァスリオ、ご苦労だったね」

 老婆の言葉に、ヴァスリオはゆっくりと首を横に振った。

「お婆様。確かに魔物にとどめを刺したのは僕たちですが、この集落を直接護ったのはユウキ少年ですよ」
「……なんだって? それは本当かい」

 目を丸くする老婆。ユウキが何か答えるより先に、彼に寄り添う天使や聖女や賢者が「そのとおり」と異口同音にうなずく。
 その頃には、ユウキもようやく気持ちが落ち着いていた。目尻の涙を拭い、気恥ずかしそうに頬をかく。

 老婆は感嘆の声を上げ、それからユウキたちを自宅の中へと招き入れた。
 広い客間で、改めて相対する。

「ユウキ、もう落ち着いたかい?」
「はい。ヴァスリオさん」
「うん、よかった。それじゃあ教えてくれるかな。聖地にいるはずの君が、どうしてここまでやってきたのか」

 わざわざ天使様まで連れて――と勇者はマリアを見る。
 天使マリアは少年院長に目配せした。ユウキはうなずき、自らの口で状況を説明する。

 ピクニックから数日後に、もふもふ家族院の仲間たち全員が、急に病に伏せったこと。
 その症状は誰も見たことがないもので、ユウキたちにはどうしようもなかったこと。
 集落の風土病を治療したヴァスリオさんたち一行なら、皆を救うために力を貸してくれるのではないかと思ったこと。
 ヴァスリオさんたちに会うため、天使様が特別に聖域の外へ出る許可をくれたこと。

 ユウキがすべてを話し終わるまで、勇者パーティはじっと黙って聞いていた。

「――僕からの話は、これでおしまいです」

 少年院長がそう締めくくると、小さな苦悶の声が上がった。とんがり帽子の賢者クラウディアだ。
 彼女は両手で己の顔を覆い、うつむいていた。呻くようにつぶやく。

「私の、せいだわ」
「クラウ……」
「あの日、自分の体調が悪いことには気づいていた。けどこのくらいは平気だって顧みもしなかった。風土病の感染源になっていたことぐらい、少し考えればわかるはずだったのに!」

 悲痛な色をたたえた瞳で、ユウキを見る。

「あの子……ミオも罹ってるのよね?」
「はい……皆と同じ症状で、苦しそうでした」
「ああっ……! 本当にごめんなさい……!」

 再び顔を覆うクラウディアの肩を、幼馴染であるパトリシアが抱く。
 最年長のベリウスが、静かに賢者を諭した。

「しっかりしろ。お前が精神的に駄目になってどうする。今、この場で一番つらいのはユウキだぞ」
「そう、ですよね」

 目尻を拭うクラウディア。
 ユウキは真剣な表情で言った。

「僕は、つらくなんてありません。ただ、皆を救うためにできることをしたい。そのためにここまで来ました」
「ああ、そうだな」

 ベリウスがうなずく。戦士の男は、自らのリーダーに視線を向けた。
 ヴァスリオはしばらく顎に手を当て考えている。やがて彼は、妹たる聖女に尋ねた。

「パティ、今回の子どもたちについて、お前はどう考える。病の治療については、パティが一番詳しいはずだ。話にあった症状、どうやら集落の風土病とも異なるようだが」
「うん。それなんだけどね、お兄ちゃん」

 パトリシアは慎重に言葉を選んだ。

「私はやっぱり、風土病が原因なんじゃないかと思う。発疹や発熱、症状が急に表れるところは、病態として同じだし。もしかしたら、聖域内で感染したことが何か影響しているのかもしれない」

 ちらりと、聖女は天使マリアを見た。今は力を抑えている彼女は、静かに答える。

『聖域内、そして子どもたちの身体は、常に私たち天使の力で護られています。これまで一度として体調を崩したことがないあの子たちです。外からもたらされた病とみて、間違いないでしょう』
「はい……ですが、どうしても気になるのが発光現象。血管が光るなんて、そんな症状は聞いたことも」

 パトリシアが眉根を寄せる。重苦しい沈黙が降りる。

 そのとき、家主の老婆が口を開いた。

「大昔、風土病は人の命を容易く奪う恐ろしい病だった。文献にも残っている。その中に、坊やの言う症状と似た記述があったのを記憶しているよ」
「え!?」
「当時でも稀だったみたいだがね。確か、重症化した患者の体内で魔力の変調が起きた結果、身体が発光したように見えるとあった。現在――少なくとも私がこの世に生を受けてからはそのような事例は皆無だったから、長い時間をかけて、人間が適応していったようだ」

 病が先祖返りしたのかもね、と老婆はつぶやく。
 すると、不意にクラウディアが立ち上がった。

「原因は風土病。私たちを媒介して感染したことで、子どもたちの体内で病原体が変異したんだわ。それで大昔、いえ、それ以上に強毒化してしまったと考えるのが妥当でしょうね」
「クラウ。どうするつもりだい」
「決まってるわ。救うのよ」

 握りこぶしを作る。

「私の可愛い妹分を、病なんかで失ってたまるものですか。絶対に治してみせるわ」
『決意を固めたところ、申し訳ありませんが』

 天使マリアの視線が、鋭くクラウディアを貫いた。

『今、あなたたちを聖域内に通すわけにはまいりません。今度はお互いにどんな悪影響をもたらすかわからないのです』
「はい。承知しております。天使様」

 揺るがないクラウディアの言葉に、マリアが眉を上げる。
 賢者は、ユウキを見た。

「一緒に救うのよ、ユウキ」
「え?」
「このクラウディアの、そして私たちの名にかけて、ミオたちの病気を治す『薬』を作ってみせる。――これを使ってね」

 そう言って、クラウディアは小瓶を掲げた。
 勇者パーティが撃退した、あの魔物スライムの欠片であった。
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