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第27話 なれ果てのドラゴン戦
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大神木の根は、まるで手のように枝分かれしてドラゴンの巨体を上から押さえつけている。
だが、ドラゴンの抵抗は徐々に、確実に強くなっていた。ばきり、ばきりという音がこちらまで聞こえてくる。指が一本一本折れていくようで、俺は痛々しさに眉根を寄せた。
……しかし、あのドラゴン。どこかで。
この世界でのドラゴンの姿は、俺が生きていた現代社会でいうところの、いわゆる西洋風。逞しい四肢に、強靱な尻尾、トカゲやヘビを厳つくしたような顔、そして巨大な翼。オンラインゲームでボスキャラと言えば、たいていコイツを思い出す。
ゲームでボスキャラなら、こっちの世界でもボスキャラだ。
あの自信過剰の勇者スカルがマジになって戦うくらい。
遭遇確率もレア中のレア。
だから大神木がその身を賭けて抑え込んでいるのはじゅうぶん、理解できる。
だが、それにしたってあのドラゴンの姿は――。
『ラクター様。お気を付けください。あのドラゴン、おそらく作り物です。禍々しい姿形、魔力、そして背筋が凍るほどの歪さを感じます』
「お前もそう思うか……」
――大神木の根に押さえつけられながら、身じろぎしようともがくドラゴン。
だがその姿は、お世辞にも『美しい』『格好いい』とは言えないものだった。
四肢は不自然な方向に曲がり、長い首も途中で折れている。
身体の色が右半分と左半分で異なっていた。翼も同様だ。よく見れば大きさも違う。
顔に至っては、目がない。なのにやたらと牙がでかい。
そして、全身の至る所に光る鉱石が突き刺さっている。
この――幼児が見よう見まねで描いて途中で諦めたようなデザイン。俺はかつて、王都で見たことがあった。
「大賢者アリアが昔、『私の考えた最強の召喚獣』とか言って絵を描いていた。途中で飽きて捨てちまってたが……恐ろしいことにな、それにそっくりなんだよ。アレ」
『……度し難い。ですが、納得です』
かつて大賢者に捕らえられ、いいように扱われた女神が、苦虫をかみつぶしたように言った。
『つまりあのドラゴンは、大賢者が実際に創作しようとして失敗し、遺棄されたなれの果て……なのですね』
「そういや、風の便りで聞いたことがあったな。あいつ、誰も場所を知らない秘密の研究施設を作って、夜な夜なヤベェ実験してるって。ははっ……!」
どうして嫌なことばかり、こうもポンポンと思い出せるのだろう。やってられねえ。
本当にやってられねえ……!
この洞窟に居るのは、どいつもこいつも勇者たちのオモチャだったってことかよ!
「……ドラゴンは近接戦がセオリーだ。あのデカい図体、懐に入れば敵の小回りは利かない。逆に、中距離は最悪だ。尻尾のリーチ、体当たり、ブレス……なぶり殺し技のオンパレードになる」
口元に笑みの形が張り付いてしまう。表情筋が緊張で固まってしまったようだ。
だが、やるしかない。
「奴が身動き取れないうちに、一気に懐まで飛び込む。そうすれば『楽園創造』でなんとか――」
「主様」
リーニャが隣に来て、俺の手を握った。
「ここ、リーニャの出番。このときを待ってた」
「まさか。ひとりで突っ込むつもりか。危険だぞ!」
「危険? それは美味しそう」
ざわ……と神獣少女の毛並みが逆立つ。
「主様がいれば、リーニャ最強。リーニャ負けない。あいつ、めちゃくちゃに喰らう」
獰猛な口調。
同時に、リーニャの身体から強い魔力があふれ出した。いや、魔力だけじゃない。神力も混じっている。
――リーニャの身体が、変化する。
銀色の毛が一気に増え、彼女の全身を覆う。さらにどんどん巨大化し、あっという間に、ドラゴンの大きさと遜色ないほどの偉容に変わった。
美しく危険な、銀の大狼。これが神獣オルランシア――!
神獣化したリーニャが地面を蹴る。巻き上がる土埃を置き去りに、なれ果てドラゴンに突撃していく。
彼女に付き従い、数体の勇猛な魂動物たちも続く。
俺は歯がみした。すかさずアルマディアが制止する。
『いけません。ラクター様はここで待機してください』
だが――と口にしかけてやめる。違う、今思考を使うべきは女神への反論内容じゃない。
「アルマディア。もう一度、お前が持っているイメージを寄越せ。神獣オルランシアの聖地だ。彼女らが最も誇り高く、最も強かったときの輝かしい姿!」
女神もまた多くを語らず、実行した。
脳内にあふれ出す、きらめくばかりの緑。生命力。
GPゲージが消費予測値をはじき出す。ここに来るまでの時間で、一回分は余裕がある。
「リーニャ!」
先制の一撃をドラゴンの頭部にぶちかました神獣へ、叫ぶ。
「ここは今からお前の聖地だ! 力を引き出せ!」
――『楽園創造』。
リーニャを中心として、同心円状に緑が広がる。
光と生命力にあふれた、アルマディアのイメージ通りの空間。
光が、神獣少女と魂動物たちを包み込む。
彼女らの放つ圧力が、一気に増した。
『ラクター様! リーニャたちを強化すれば『楽園』は一気に力を失います! 長くは保ちません!』
「なら保たせる!」
俺は神力を放出し続けた。
これまでは、楽園創造時にのみ消費していたGP。それを、リーニャたちを包む楽園に継続して注ぎ込む。
スリップダメージのごとく、GPがどんどん削られていく。止まらない。
リーニャの爪が、牙が、尻尾が、不格好なドラゴンの肉体をえぐる。剥がす。千切り取る。
同じ分だけ、ドラゴンも反撃してきた。吹き飛ぶ魂動物たち。
だが、『楽園』に護られた者たちは決して斃れない。傷つかない。折れない。諦めない。
……視界がぼやけてきた。
俺が力尽きるのが先か。
ドラゴンがくたばるのが先か。
リーニャのおたけび。俺も吠えていた。
神獣に率いられた魂たちが、同時に、全方位からドラゴンに襲いかかる。
行け!――と俺は叫んだと思う。
だが、声にならなかった。
直後、俺は意識を失った。
だが、ドラゴンの抵抗は徐々に、確実に強くなっていた。ばきり、ばきりという音がこちらまで聞こえてくる。指が一本一本折れていくようで、俺は痛々しさに眉根を寄せた。
……しかし、あのドラゴン。どこかで。
この世界でのドラゴンの姿は、俺が生きていた現代社会でいうところの、いわゆる西洋風。逞しい四肢に、強靱な尻尾、トカゲやヘビを厳つくしたような顔、そして巨大な翼。オンラインゲームでボスキャラと言えば、たいていコイツを思い出す。
ゲームでボスキャラなら、こっちの世界でもボスキャラだ。
あの自信過剰の勇者スカルがマジになって戦うくらい。
遭遇確率もレア中のレア。
だから大神木がその身を賭けて抑え込んでいるのはじゅうぶん、理解できる。
だが、それにしたってあのドラゴンの姿は――。
『ラクター様。お気を付けください。あのドラゴン、おそらく作り物です。禍々しい姿形、魔力、そして背筋が凍るほどの歪さを感じます』
「お前もそう思うか……」
――大神木の根に押さえつけられながら、身じろぎしようともがくドラゴン。
だがその姿は、お世辞にも『美しい』『格好いい』とは言えないものだった。
四肢は不自然な方向に曲がり、長い首も途中で折れている。
身体の色が右半分と左半分で異なっていた。翼も同様だ。よく見れば大きさも違う。
顔に至っては、目がない。なのにやたらと牙がでかい。
そして、全身の至る所に光る鉱石が突き刺さっている。
この――幼児が見よう見まねで描いて途中で諦めたようなデザイン。俺はかつて、王都で見たことがあった。
「大賢者アリアが昔、『私の考えた最強の召喚獣』とか言って絵を描いていた。途中で飽きて捨てちまってたが……恐ろしいことにな、それにそっくりなんだよ。アレ」
『……度し難い。ですが、納得です』
かつて大賢者に捕らえられ、いいように扱われた女神が、苦虫をかみつぶしたように言った。
『つまりあのドラゴンは、大賢者が実際に創作しようとして失敗し、遺棄されたなれの果て……なのですね』
「そういや、風の便りで聞いたことがあったな。あいつ、誰も場所を知らない秘密の研究施設を作って、夜な夜なヤベェ実験してるって。ははっ……!」
どうして嫌なことばかり、こうもポンポンと思い出せるのだろう。やってられねえ。
本当にやってられねえ……!
この洞窟に居るのは、どいつもこいつも勇者たちのオモチャだったってことかよ!
「……ドラゴンは近接戦がセオリーだ。あのデカい図体、懐に入れば敵の小回りは利かない。逆に、中距離は最悪だ。尻尾のリーチ、体当たり、ブレス……なぶり殺し技のオンパレードになる」
口元に笑みの形が張り付いてしまう。表情筋が緊張で固まってしまったようだ。
だが、やるしかない。
「奴が身動き取れないうちに、一気に懐まで飛び込む。そうすれば『楽園創造』でなんとか――」
「主様」
リーニャが隣に来て、俺の手を握った。
「ここ、リーニャの出番。このときを待ってた」
「まさか。ひとりで突っ込むつもりか。危険だぞ!」
「危険? それは美味しそう」
ざわ……と神獣少女の毛並みが逆立つ。
「主様がいれば、リーニャ最強。リーニャ負けない。あいつ、めちゃくちゃに喰らう」
獰猛な口調。
同時に、リーニャの身体から強い魔力があふれ出した。いや、魔力だけじゃない。神力も混じっている。
――リーニャの身体が、変化する。
銀色の毛が一気に増え、彼女の全身を覆う。さらにどんどん巨大化し、あっという間に、ドラゴンの大きさと遜色ないほどの偉容に変わった。
美しく危険な、銀の大狼。これが神獣オルランシア――!
神獣化したリーニャが地面を蹴る。巻き上がる土埃を置き去りに、なれ果てドラゴンに突撃していく。
彼女に付き従い、数体の勇猛な魂動物たちも続く。
俺は歯がみした。すかさずアルマディアが制止する。
『いけません。ラクター様はここで待機してください』
だが――と口にしかけてやめる。違う、今思考を使うべきは女神への反論内容じゃない。
「アルマディア。もう一度、お前が持っているイメージを寄越せ。神獣オルランシアの聖地だ。彼女らが最も誇り高く、最も強かったときの輝かしい姿!」
女神もまた多くを語らず、実行した。
脳内にあふれ出す、きらめくばかりの緑。生命力。
GPゲージが消費予測値をはじき出す。ここに来るまでの時間で、一回分は余裕がある。
「リーニャ!」
先制の一撃をドラゴンの頭部にぶちかました神獣へ、叫ぶ。
「ここは今からお前の聖地だ! 力を引き出せ!」
――『楽園創造』。
リーニャを中心として、同心円状に緑が広がる。
光と生命力にあふれた、アルマディアのイメージ通りの空間。
光が、神獣少女と魂動物たちを包み込む。
彼女らの放つ圧力が、一気に増した。
『ラクター様! リーニャたちを強化すれば『楽園』は一気に力を失います! 長くは保ちません!』
「なら保たせる!」
俺は神力を放出し続けた。
これまでは、楽園創造時にのみ消費していたGP。それを、リーニャたちを包む楽園に継続して注ぎ込む。
スリップダメージのごとく、GPがどんどん削られていく。止まらない。
リーニャの爪が、牙が、尻尾が、不格好なドラゴンの肉体をえぐる。剥がす。千切り取る。
同じ分だけ、ドラゴンも反撃してきた。吹き飛ぶ魂動物たち。
だが、『楽園』に護られた者たちは決して斃れない。傷つかない。折れない。諦めない。
……視界がぼやけてきた。
俺が力尽きるのが先か。
ドラゴンがくたばるのが先か。
リーニャのおたけび。俺も吠えていた。
神獣に率いられた魂たちが、同時に、全方位からドラゴンに襲いかかる。
行け!――と俺は叫んだと思う。
だが、声にならなかった。
直後、俺は意識を失った。
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