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暇潰しの雑談
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店内には静かなバイオリンの曲が流れていたが、ややもすると雨音にかき消されそうだった。
俺は雨が嫌いだ。昔から、雨にはいい思い出が無い。
うんざりしながら視線を窓ガラスを洗い流そうとしているかのような雨から引き剥がし、何となく店内をさ迷わせたところ、それに気付いた。
マスターが嫌に青い顔で、青年はそれを気遣うようにして寄り添っていた。
「大丈夫ですか?具合でも」
もしそうなら出て行かないといけないか、と、内心では舌打ちしたい気持ちで声をかけると、マスターは弱々しく微笑んだ。
「すみません。大丈夫です。お気を遣わせてしまいまして申し訳ありません」
「いえ、そんな」
慌てて俺は手を振る。
マスターと青年は困ったような顔をして、言った。
「ぼく、雨が苦手なんです。特にこんなどしゃ降りは」
「奇遇ですね。俺も雨が嫌いですよ。ロクな思い出が無い。どしゃ降りなんて、最悪ですよ」
俺が言うと、マスターは青い顔色ながらも、くすりと笑った。
「俺はしがないサラリーマンです。今日は新規開拓と思ってこの辺に来たんですけど、今の所、空振りです。
マスターは随分とお若いんですね」
マスターははにかむように笑った。
「今年、22です。それほどお客さんも来ないので、大抵1人でやってるんですけどね。今日はこの従兄が仕事が休みで、買い物を頼んだんです。
見事に、振られちゃいましたね、夕立に」
それに青年は笑った。
「植木の水やりはせずに済んだぞ」
そして俺達は、どうして雨が嫌いなのか、何となく話し始める事となった。
俺の父親は、アルコール依存症で、DV加害者でもある。飲んでは母や俺に暴力をふるい、飲まなくても、酒代を出せと母や俺に暴力をふるった。
母は泣いてばかりいる人で、逃げ出す事も立ち向かう事もしない人だった。
なので俺の家は、年中泣き声と怒鳴り声がしていて、母がパートで稼いだわずかな賃金は全て父の酒代になり、とにかく貧乏だった。
雨の中、暴力から逃げ出すために裸足で外へ飛び出した事もある。
雨の中、父に言われて酒屋へアルコールを買いに行き、ツケはできないと言われて、買って帰らないと大変な事になると怯えて震えた事もある。
クラスメイトには給食費も払わないと虐められ、窓から給食用の箸とコップを校庭に投げ捨てられ、雨の中拾いに行った事もある。
中学の時、好きだった女の子に告白しようと思ってたのに、雨の日「優しくするふりをするのも面白いわ。勘違いして。もう少しで告白してくるんじゃないかな。そうしたら笑ってやりましょう」と、彼女の友人達と話しているのを聞いてしまった。
甲子園を目前にして、肩を壊して全てを失ってしまったのも、雨の日の事故が原因だった。
「後は……まあ、そんな感じで、うん。雨は嫌いだ」
俺はそう言って、肩を竦めて見せた。
こんな過去を言えるようになりはしたが、なぜこんな見知らぬ人間に喋ったのか。
雨音が頭に響いたせいか。閉じ込めるかのような豪雨の圧迫感が俺を責め立てたのか。
気付けば俺は、喋っていた。
マスターは痛みを堪えるような顔をして聞いていた。優しい人なんだな、と俺は思った。
「大変なご苦労をされたんですね。そこから、今は立派な社会人なんですね」
「単なる社畜ってやつですよ」
俺はおどけて見せた。
なぜか、このマスターを泣かせたくない、笑っていて欲しいと思ったのだ。
「今度はぼくですね」
マスターが話し始めた。
俺は雨が嫌いだ。昔から、雨にはいい思い出が無い。
うんざりしながら視線を窓ガラスを洗い流そうとしているかのような雨から引き剥がし、何となく店内をさ迷わせたところ、それに気付いた。
マスターが嫌に青い顔で、青年はそれを気遣うようにして寄り添っていた。
「大丈夫ですか?具合でも」
もしそうなら出て行かないといけないか、と、内心では舌打ちしたい気持ちで声をかけると、マスターは弱々しく微笑んだ。
「すみません。大丈夫です。お気を遣わせてしまいまして申し訳ありません」
「いえ、そんな」
慌てて俺は手を振る。
マスターと青年は困ったような顔をして、言った。
「ぼく、雨が苦手なんです。特にこんなどしゃ降りは」
「奇遇ですね。俺も雨が嫌いですよ。ロクな思い出が無い。どしゃ降りなんて、最悪ですよ」
俺が言うと、マスターは青い顔色ながらも、くすりと笑った。
「俺はしがないサラリーマンです。今日は新規開拓と思ってこの辺に来たんですけど、今の所、空振りです。
マスターは随分とお若いんですね」
マスターははにかむように笑った。
「今年、22です。それほどお客さんも来ないので、大抵1人でやってるんですけどね。今日はこの従兄が仕事が休みで、買い物を頼んだんです。
見事に、振られちゃいましたね、夕立に」
それに青年は笑った。
「植木の水やりはせずに済んだぞ」
そして俺達は、どうして雨が嫌いなのか、何となく話し始める事となった。
俺の父親は、アルコール依存症で、DV加害者でもある。飲んでは母や俺に暴力をふるい、飲まなくても、酒代を出せと母や俺に暴力をふるった。
母は泣いてばかりいる人で、逃げ出す事も立ち向かう事もしない人だった。
なので俺の家は、年中泣き声と怒鳴り声がしていて、母がパートで稼いだわずかな賃金は全て父の酒代になり、とにかく貧乏だった。
雨の中、暴力から逃げ出すために裸足で外へ飛び出した事もある。
雨の中、父に言われて酒屋へアルコールを買いに行き、ツケはできないと言われて、買って帰らないと大変な事になると怯えて震えた事もある。
クラスメイトには給食費も払わないと虐められ、窓から給食用の箸とコップを校庭に投げ捨てられ、雨の中拾いに行った事もある。
中学の時、好きだった女の子に告白しようと思ってたのに、雨の日「優しくするふりをするのも面白いわ。勘違いして。もう少しで告白してくるんじゃないかな。そうしたら笑ってやりましょう」と、彼女の友人達と話しているのを聞いてしまった。
甲子園を目前にして、肩を壊して全てを失ってしまったのも、雨の日の事故が原因だった。
「後は……まあ、そんな感じで、うん。雨は嫌いだ」
俺はそう言って、肩を竦めて見せた。
こんな過去を言えるようになりはしたが、なぜこんな見知らぬ人間に喋ったのか。
雨音が頭に響いたせいか。閉じ込めるかのような豪雨の圧迫感が俺を責め立てたのか。
気付けば俺は、喋っていた。
マスターは痛みを堪えるような顔をして聞いていた。優しい人なんだな、と俺は思った。
「大変なご苦労をされたんですね。そこから、今は立派な社会人なんですね」
「単なる社畜ってやつですよ」
俺はおどけて見せた。
なぜか、このマスターを泣かせたくない、笑っていて欲しいと思ったのだ。
「今度はぼくですね」
マスターが話し始めた。
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