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誤認逮捕(2)チカン

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 桑本哲也。それが今回のターゲットだ。
 桑本は5年前に梶浦真之が犯人だと強く唱えた筆頭で、今回もこの事件にタッチしている刑事だ。
 自白の強要、反社会的勢力との癒着、証拠の捏造などが噂としてあるが、証拠が掴めないでいたため、監察対象にならなかったと薬師は言った。
 そして、
「冤罪の恐怖と絶望を味あわせてやれ」
と。
 その後で、自殺する事になっている。
 学生は夏休みに入ったが、部活の為に登校する者はいるし、サラリーマンは出社しなければならない。だから、多少はましとは言え、相変わらず通勤時間帯は混み合っていた。
 特に今週は、沿線の学校で合同のディベート大会があるというので、やたらと混んでいた。
(ああ。暑い。クーラーが全然効いてねえ)
 桑本はその混み合った電車の中にいた。
 周囲はほとんどが高校生で、声高に喋り合っているのを聞くともなく聴きながら、揺られて立っていた。
 すぐ前には制服の女子グループがいて、右隣りにはジーンズにパーカーとTシャツを着て帽子をかぶった高校生の男子、左隣にはサラリーマンとOL、背後はドアだ。
 電車に乗り込んだ時から座るのは諦めたが、グイグイと押されて、吊り輪もないここまで気が付けば流されてしまった。
(もう2駅の辛抱か)
 めっきり自分と口を利かなくなった娘の事を苦い気持ちで思い出しながらそう桑本が思った時、前に立つ女子高生が、やたらと振り返ったり、モゾモゾするのに気付いた。
 と、何かが桑本の手をこすり、そして、女子高生が声を上げる。
「チカンです!誰かがお尻を触った!」
 サッと、周囲の目が集まる。
「何?」
 その女子高生の後ろにいるのは、桑本と隣のパーカーの高校生くらいだ。
「お前か」
 桑本はその高校生の腕を掴み、そして、戸惑った。
「痛い!」
 その子の腕はギプスで固められていた。
 自然と、皆の視線は桑本に向く。
「待て、俺は違う」
「でも、右側でした。おじさんとこの子しかいないじゃないですか。でもギプスしてる手じゃなかったし」
 ギプスから出ているのは、ほんの指先の第一関節だった。
 桑本は背中を汗が伝い落ちるのを感じた。
「待て!俺じゃねえ。そう、俺は警察官だぞ」
「警察官がチカンや盗撮で捕まる記事って、ちょくちょく見るよね」
「うん。無実の根拠にはならないよね」
 同じ車両の乗客が、「お前が犯人だ」と視線で言っていた。
「待て、待てって!」
「警察を呼びます」
 OLが言い、サラリーマンは桑本を逃がさないというように腕を掴む。
「証拠は!?」
 桑本は、怒りに顔を真っ赤にした。
「触るな!」
 ドアが開き、桑本はサラリーマンを肘で押しやるようにして外に出ようとした。
「あ、逃げる!」
 隣の高校生が叫び、被害者達のグループとサラリーマンが数人追いかけて、肩や腕や腰に捕まる。それに、ホームにいた駅員が気付いて近付く。
「どうしたんですか?」
「チカンです!逃げようとして!」
「違うと言ってるだろう!?」
「落ち着いて下さい。お話を伺いますから」
「冤罪だぞ!」
「大丈夫です。無実なら無実とわかりますから。ああ、その手をそのまま」
 手に被害者の服の繊維が付着していないか検査するのだ。
 桑本はそれでやや安心し、駅員や女子高生らに囲まれて、駅長室へ向かった。

 電車を降り、バラバラに駅を出た桑本の隣にいたサラリーマンと高校生は、反対に歩き出した。
 高校生は、ギプスに手をかけると軽く引っ張って腕を抜いた。
 ギプスには切り込みが入っており、簡単に外せるようになっているのだ。そしてその中には、制服の生地が入っていた。
 セレ達は、ちょうど桑本があの高校生達と同じ時間帯に出勤する事になるのに気付き、計画を立てた。電車に乗り込むと、ちょうどいい位置に桑本を誘導。頃合いを見て、そっとギプスから手を出したセレが生地を桑本の手にこすりつけて繊維を移し、女子高生のお尻を触ってギプスを戻す。
 桑本の手を調べると、チカンをしたという証拠しか出て来ない事になる。
 セレはギプスの高校生に扮し、モトはサラリーマンに扮した。
 2人は各々別の鉄道を使って家に戻った。





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