怪獣が啼く日

JUN

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先輩から後輩へ

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 蓮池を病院に運び、駆け付けた蓮池の家族に佐原と監督は会った。
「がん、ですか」
「見つかった時はステージ4で。本人は、何も治療はしないと決めたんです。それで、その時に話があった映画の話を『最期にする』と言って」
 蓮池夫人は、穏やかに見える顔でそう言った。
「ご迷惑をおかけしました」
「そんな……」
 佐原はどうしたらいいのか、何を言えば良いのか、見当もつかないでいた。
 と、いつから目を覚ましていたのか、蓮池がベッドの上から
「おい、ちょっと」
と呼んだ。
「はい!」
 佐原と監督は、ベッドサイドに立った。
「済まんなあ、監督。どうも、ここまでらしい」
「そんな、蓮池さん!」
「落ち着け、佐原」
 蓮池は言って、咳をしばらくしてから、息をついた。
「監督、佐原、後は頼む。キングベアができるのは、お前くらいなもんだろう?」
「蓮池さん、何弱気な事を言ってるんですか!?」
 震えを精一杯隠す佐原の横で、監督は一瞬考えてから言った。
「そうですね。今、こいつ以上の奴はいませんね」
「後は頼むぜ、佐原」
「蓮池さん」
「バカやろうが。怪獣は、強くてかっこいいもんだろうが。いつまで年寄りをこき使いやがる。
 やれ、佐原。それで、孫達に自慢させてくれ。じいちゃんの一番弟子は、カッコいいだろうってな」
 蓮池はそう言ってニカッと笑い、佐原は笑いながら泣いた。
 そして、撮り直しての撮影が決まった。

 撮影は進んで行く。佐原のキングベア、別のスーツアクターのドッグバードは、共に好評だ。力強く、時にコミカルに、時に何者よりも悪辣そうに。
「蓮池さん、免疫機能が落ちて、肺炎になったそうですよ」
 そんな話を聞いたのは、かなりのシーンを撮り終えた頃だった。
 佐原は蓮池から、
「クランクアップするまで面会禁止」
と厳命されていて、その師匠の命令を守って佐原は病院に行っていない。
 佐原は蓮池の事が気になったが、今行った所で会ってもらえないのはわかり切っていた。
「蓮池さんの教えを、全部生かす」
 佐原は、とにかく撮影に全身全霊を籠めた。

 最後の撮影になった。
 キングベアがドッグバードを破って、瀕死の体で雄叫びを上げる。そしてその直後、地割れに落ちるというシーンだ。
 皆が、睨み合うキングベアとドッグバードに注目している中、スタートの合図が出た。
 低い姿勢からドッグバードが突っ込んで来るのを、キングベアが受け止め、横に転がす。そして、転がったドッグバードに威圧感を持って向き直り、吠える。
 重い尻尾に振られそうになるのをこらえ、口を開ける。
 佐原は転ばなかったことにホッとした。
 転んでセットを潰したら、作り直して大変な事になるところだった。この後のもう撮り終わったシーンとの整合性がつかなくなる。
 ドッグバードも威嚇するように口を開け、羽を広げ、再び走って来て体当たりをして来るので、それを躱すのだが、ここで佐原は血の気が引いた。
 完全な死角になっていた所に、ビルがあった。
(ダメだ、ぶつかる――!)
 体重をかけ、力の限りそちらに傾くのを阻止しようとする。が、だめだ。
 その時、懐かしい声が耳朶を打ち、体が何かに支えられるのを感じた。
「シャキッとしやがれ!尻尾に注意しろって教えただろうが!」
 それは、蓮池の声だった。
 キングベアの中でハッとしている時、ドッグバードは自衛隊の火器に羽を撃ち抜かれ、叫び声を上げているところだった。
 それに追撃し、ドッグバードに噛まれながらも、キングベアが勝利を収める。
(蓮池さん!?)
 その気配が、フッと漂って消えた。
「あああーっ!!」
キングベアの中で声を上げ、佐原は天を仰いで口を開けた。そして、足元の地面が崩れるまま、地割れに滑り落ちて行く。
「はいカット!」
 あとは、着ぐるみだけを穴の底に横たえ、土を被せておしまいだ。
 ファスナーを崇範が開けに来た。
「佐原さん、お疲れ様です。
 佐原さん?」
 何とも言いようのない表情をしていた佐原に、崇範が訝し気な顔をする。
「今、蓮池さんが……」
 言いかけ、やめようか、と佐原が戸惑った時、スタッフが声を張り上げた。
「蓮池さんの奥さんから電話です。たった今、蓮池さんが亡くなったそうです」
 佐原の目から、滂沱と涙が零れ落ちた。




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