幼稚園探偵のハードボイルドな日々

JUN

文字の大きさ
4 / 8

探偵の孤独(2)

しおりを挟む
 探偵の仕事というのは、目立たないものだ。いや、目立ってはいけない。小説やマンガとは違う。事件を解決するのは警察の仕事であって、探偵のすることではない。探偵は、ただ事実を拾い集め、つなげ、真実を拾い上げ、依頼人の助けになるものだ。
 華々しい活躍がしたいなら、警察や、戦隊ヒーローになればいい。
「俊君はカッコいいね」
 優斗がキラキラとした笑顔で言うのに、私は苦笑を浮べて応えに代えた。
 私達は、
「給食のミルクがいつも1パックなくなる」
という給食のおばさん達の話を洩れ聞き、おばさんから、「内緒よ」と言ってもらったキャンディーチーズを報酬として、事件に当たる事にした。
 それで食材の搬入された時から、こうして調理室を視界に入れて注意しているのだ。
 しかし、お絵かきやら何やらと、目を離すしかない時間がある。幼稚園に在籍している以上はあまり勝手はできないし、目立つのも困る。
 だから集団生活は嫌なんだ。
 それでもお腹の痛いふりをして、私と優斗は、交代でひっきりなしに調理室を見張った。
 お腹が下った疑惑を受けながらも見張りを続けているうちに、昼前の庭での遊びの時間になり、園児達は各々庭に散らばって遊び出した。
 そういうわけで、私と優斗は調理室の見える位置に座り込み、張り込んでいたのだ。
 優斗君はどこかぼんやりとしたような、にこにことしているだけのような顔付きで、ひなたぼっこをしている。あまりしゃべり続けていると犯人に警戒されてしまうので黙るように言ったら、暇になったらしい。
 緊張感が足りないようだな。重要なところを見逃してしまうかもしれない。探偵は、忍耐力も必要だし、孤独に耐えられなければならない。
 と、1人の園児が調理室に近付いた。
 これがハラペコで親のステータスを振りかざして我儘放題の林ならばわかる。ガキ大将でもまだわかる。しかし意外な事に、そのどちらでもなかった。
「え?あれ、みさきちゃんだよ」
 優斗が声を上げてしまい、私は舌打ちをしたくなった。
 辺りをキョロキョロとしながら、調理室の端にある冷蔵庫に近付いていた園児──みさきちゃんは、ビクリとして足を止め、おどおどと周囲を見回して私達を発見した。
「あ……」
 真っ青な顔で震え、泣き出しそうになっているみさきちゃんに、私は溜め息を押し殺して近付いて行った。
「どうしてみさきちゃんが──」
 優斗が訊いた時、誰かが近付いて来る気配がして、私は優斗に
「シッ」
と合図した。
「あらあ。どうしたの?」
 先生だった。どうも、交代で見回りをしているらしいのを、私は掴んでいた。
「かくれんぼだよ!みさきちゃんも見付けたし、行こ!」
 私は無邪気さを装ってそう言うと、優斗とみさきちゃんの手を掴んで、ブランコの方へと走り出した。
「転ばないようにね」
 先生の善良な声に胸が少し痛んだが、私はそれに気付かないふりをした。
 そして、ブランコを過ぎ、人がいないトーテムポールのところで足を止めた。
「さて。理由をきかせてもらえるかね」
 みさきちゃんに向き直ると、みさきちゃんはビクリと体を震わせてから、諦めたように肩を落とした。
「猫を見付けたの」
「ほう」
「でも、お母さんは捨てて来なさいって」
 なるほど。
 みさきちゃんはグスグスと鼻を鳴らし始めた。
「でも、ケガをしてて、エサを食べに行けないんじゃないかって思って」
 優斗は美咲ちゃんに寄り添い、背中を優しくさすっている。
「かわいそうだよね、それじゃ」
 優斗の同意を得て、みさきちゃんは優斗の肩に頭を寄せて泣き出した。
「でも、バレたら先生にもお母さんにも叱られる。言わないで。ミルクはいつも余るんだし、いいでしょ」
「わかったよ、みさきちゃん」
 優斗が言うのを聞き、私は重い息をついた。
「しかし、君のした事は正しくないね」
 ビクリと、みさきちゃんと優斗の肩が跳ねた。
「だって、かわいそうだとは思わないの、俊君は」
「それとこれとは、話が別だ。
 君達は、ずっと猫のためにエサを届けるのか?ずっと、調理室からミルクを盗んで?休みの日は?卒園してからは?」
 みさきちゃんは泣き出し、優斗はみさきちゃんの肩を抱いて、いつものにこにこした顔を消した。
「俊君は冷たいんだね」
「相手に肩入れしていては、探偵失格だ」
「じゃあ、探偵なんてならなくていいよ」
「わかった」
 私はくるりと彼らに背を向けた。

   🍭     🍭     🍭     🍭     🍭     🍭


明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げますとともに、
皆さまのご多幸をお祈り申し上げます。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...