ぼくらの異世界演奏旅行(ビータ)

JUN

文字の大きさ
9 / 33

ペルシャの市場にて(2)丼が呼んでいる

しおりを挟む
 最初は引っかけるように、情熱的に。
「違う。もっとねちっこくていい」
 数音弾いたところで、貴音が弓を止めた。貴音と理生は日課の練習をしているところだった。バイオリンとピアノを、一緒のタイミングで弾けばいいというわけではない。音楽性を合わせ、一つにしていかなくてはならない。
 それは、魂を擦り合わせているようなものだと理生は思った。合う相手とならピタリと合うし、合わないとなれば、とことん、どこかしっくりこない。大学時代に伴奏の経験はあるが、理生は、伴奏は意外と気を使うものだと知った。
 今取り掛かっているのはサラサーテの「カルメン幻想曲」。情熱的で華麗な技巧を必要とする曲だ。
 貴音は音楽で、妥協しない。他人にも、それよりもまして自分に。そのことに、理生はすぐに舌を巻いた。音大生は練習時間を多く取っているのが普通だが、まさか、貴音がそれを上回る練習時間と密度を持っているとは、誰も知らないのではないか。
 天才だから。あの、名バイオリニスト、イリーナの息子だから。
 そんな感じで、できて当たり前、できるもの、そんな風に思っていた多くの内の一人であった事に、理生は恥じ入った。
 こんな努力家はいない。こんなに真摯に音楽に向き合ってる人間を知らない、と。
「今ので。少し休憩しようか」
 教授にしごかれるよりもきつい。理生は、ふう、と息をついた。
 少し離れた所で見ていたミハイルが冷たい果実水を用意してくれていたのを、理生はありがたく、ゴクゴクと飲んだ。
 トビーは、最初は見た事の無い楽器に興味津々だったのだが、練習の雰囲気に押され、同じように息を殺して見ていた。
「何か、厳しいんだな」
 言われて、貴音が当然の如く返す。
「プロとして、納得できない演奏は許されない。練習は最低限の義務だからな」
 言って、少し離れた所で1人黙々と、さらう。
「意外?」
 ミハイルが訊く。
「まあ。でも、これができるのがプロなのかなあ」
「タカネは特別かもねえ。イリーナ叔母さんは音楽しかない人だったから、タカネが物心つくかつかないかの頃から、虐待と言われても仕方のないくらい、練習を課して来たんだよ。実際、倒れて入院したこともあるしね。
 それでもタカネは、やるしかなかったんだよ。うちの家系は音楽家の家系で、音楽家でなければヤノーチェフにあらず、という感じで。反対されて結婚して生まれたタカネは、イリーナ叔母さんの為にも、本物の音楽家にならなければいけなかったんだ。
 反対に、父方は東大卒でなければ、っていう家系で、そっちではタカネは、何としてでも東大に入らなければいけなかったんだ。叔父さんの為に。叔父さんはそんな事、言わないけどね。
 大変だよ。親が、反対を押し切って結婚して生まれた子供は」
「何とも、重圧が物凄いんだな」
 理生もトビーも、想像するだけで溜め息が漏れた。
「まあ、世間では天才だの生まれつきの才能だの軽々しく言うけど、そんな便利な物、無いんだよなあ。あったとしても、磨き続けなきゃダメになるのは同じだよ。
 ボクなんて、ヤノーチェフなのに音痴で、モデルだもんね。まあ、母親の血筋が強く出たっていうの?お互い苦労するよ、有名な親を持つと」
 ミハイルはヒョイと肩を竦めて見せた。
 理生は、いかに自分が甘かったかと思い知った。
 その後も地獄のような練習が続いたが、不思議と、何年も感じた事の無かった爽快感すら感じていたのだった。

 翌日教会に飛び込み、料理コンテストの詳細について書いてあるチラシを貰うと、市場で仕入れた材料だけを使い、制限時間の1時間内に、画期的で庶民的な家庭料理を3品作る事とされていた。審査員は領主、司祭、3つのギルドのトップの5人らしい。
「画期的で庶民的な家庭料理ねえ」
 トビー以外、何が画期的で、どんなものが庶民的な家庭料理なのか、全くわからない。それが問題だ。
「米を使うのはどうだろう。家畜のエサと思われているのなら、画期的で、安いだろうから庶民的なんじゃないかな」
「米か。丼だな」
 理生のアイデアに、ミハイルがすぐに乗る。
「牛丼」
「親子丼」
「卵丼」
「かつ丼」
「・・・皆、丼が食べたいだけなんじゃないの」
 トビーが疑わしそうな目を向けたが、3人はブンブンと首を振って否定。
「違うよ?いい着目点だと思うよ、ミチオの案は」
「では、どの丼にするか、試作しないとな」
「まずは米を買いに行こう」
 嬉々として立ち上がって市場に向かおうとする3人に、トビーは、絶対に米が食べたいだけじゃねえか、と確信した。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...