48 / 72
欲しい物(3)依頼人
しおりを挟む
幸恵は正式に会社へ依頼を入れ、別室でそれを受ける事に決まった。
メンバーにとっては、複雑な思いはある。パーティーで襲われたとは言え、その原因を聞けば、この女がクリーンとは思えなかったからだ。
それでも、依頼を受けた以上は守る義務があるし、元カレとのいざこざからは、幸恵は被害者以外の何者でもないと思える。
「その元カレというのは、当時も今もヒモみたいなやつらしい。ギャンブル好きで、裏カジノに出入りしているようだよ」
錦織が調査課からの報告書を読んで言った。
「しかもこの裏カジノ、暴力団のシノギだねえ。ここでかなり借金をしてるようですよ」
「いっそ警察にタレこんで、カジノを潰してもらうか」
湊はそう言い、
「恨まれるんじゃないですか」
と悠花は震えた。
「借金を押し付ける気なんですよね、たぶん」
涼真が訊くと、錦織は頷き、
「借金は数百万で、どうもそうとうせっつかれてるみたいだよ。
でも、この西川は大丈夫と言ってる。いくら近藤さんとよりを戻しても、さんざんむしり取ったんだからそんなに残ってないのは知ってるはずだよね」
と言う。
湊は舌打ちした。
「そうか」
「え、何ですか、湊君」
「売る気だよ」
「も、もしかして肝臓とか」
ぎょっとして悠花が言うのに、雅美がはっとした顔をした。
「そうか。風俗とかね」
「え!?」
涼真が素っ頓狂な声を上げ、顔を赤らめた。
「チンピラとかがよくやる手口だろ。海外でも、誘拐した女を売春組織に売るのはよくあるしな」
湊は言って、不愉快気に顔をしかめる。
「そういう事ですので、依頼人の安全をしっかり確保しなければなりません」
錦織が皆を見渡してそう言った。
幸恵は、レストランで働いていた。バイトではないが、そう高給取りでもない。しかし、例のかわいい偽装で、客からの人気はありそうだった。近所にある会社の社員が毎日来るのだが、幸恵ちゃん、幸恵ちゃんと、デレデレした笑顔で呼ばれていた。
「あの人達、知らないんだろうな」
「知らない方が幸せな事はある」
涼真と湊はガードにつきながら、ボソリと言い合った。
その常連客の中に、背の高い、朴訥な雰囲気の男がいた。無口で、幸恵が笑顔で何か言えば、真っ赤になって下を向くような男だ。
そのくせ、幸恵を目で追っている。
「あんな人、いるんだな」
涼真は感心したように言って、仕事が終わった幸恵を送る時にそう言ったが、幸恵はフンと鼻を鳴らした。
「あの会社はお給料も安いし、知名度も高くないじゃない。だめよ」
「有名な会社に勤めてたって、倒産、不祥事、吸収、リストラ。色々ありますよ」
「私は、誰もが羨むくらいの幸せを手に入れたいの」
幸恵はそう言って、ツーンとそっぽを向いた。
幸恵はワンルームの自宅へ送り届けられて、カップ麺ができるのを待ちながら思い出していた。
記憶の中の両親はいつもケンカしていた。貧乏だったのも覚えている。
そんな暮らしが続いていたが、幸恵が中学に入る前、父親は出て行き、母親は近所のラブホテルの清掃係に住み込みで雇ってもらえることになり、幸恵と母親はラブホテルで寝起きする暮らしになった。
放課後は幸恵も清掃を手伝ったが、色んな客を見て、幸恵は思ったものだ。愛なんて、キラキラもしていないし信用できるものでもない。幸せはそんな不確かなものでは手に入らない、と。
その後、西川に会って優しくされた時は幸せを感じたが、やはりそれは錯覚だったと痛感しているし、西川にされたように自分がしたってかまわない筈だとも思っている。
「そうよ。幸せになりたいだけよ。私が幸せになって、どこが悪いの」
時間を過ぎてのびたカップ麺を、幸恵は美味しくなさそうに啜った。
メンバーにとっては、複雑な思いはある。パーティーで襲われたとは言え、その原因を聞けば、この女がクリーンとは思えなかったからだ。
それでも、依頼を受けた以上は守る義務があるし、元カレとのいざこざからは、幸恵は被害者以外の何者でもないと思える。
「その元カレというのは、当時も今もヒモみたいなやつらしい。ギャンブル好きで、裏カジノに出入りしているようだよ」
錦織が調査課からの報告書を読んで言った。
「しかもこの裏カジノ、暴力団のシノギだねえ。ここでかなり借金をしてるようですよ」
「いっそ警察にタレこんで、カジノを潰してもらうか」
湊はそう言い、
「恨まれるんじゃないですか」
と悠花は震えた。
「借金を押し付ける気なんですよね、たぶん」
涼真が訊くと、錦織は頷き、
「借金は数百万で、どうもそうとうせっつかれてるみたいだよ。
でも、この西川は大丈夫と言ってる。いくら近藤さんとよりを戻しても、さんざんむしり取ったんだからそんなに残ってないのは知ってるはずだよね」
と言う。
湊は舌打ちした。
「そうか」
「え、何ですか、湊君」
「売る気だよ」
「も、もしかして肝臓とか」
ぎょっとして悠花が言うのに、雅美がはっとした顔をした。
「そうか。風俗とかね」
「え!?」
涼真が素っ頓狂な声を上げ、顔を赤らめた。
「チンピラとかがよくやる手口だろ。海外でも、誘拐した女を売春組織に売るのはよくあるしな」
湊は言って、不愉快気に顔をしかめる。
「そういう事ですので、依頼人の安全をしっかり確保しなければなりません」
錦織が皆を見渡してそう言った。
幸恵は、レストランで働いていた。バイトではないが、そう高給取りでもない。しかし、例のかわいい偽装で、客からの人気はありそうだった。近所にある会社の社員が毎日来るのだが、幸恵ちゃん、幸恵ちゃんと、デレデレした笑顔で呼ばれていた。
「あの人達、知らないんだろうな」
「知らない方が幸せな事はある」
涼真と湊はガードにつきながら、ボソリと言い合った。
その常連客の中に、背の高い、朴訥な雰囲気の男がいた。無口で、幸恵が笑顔で何か言えば、真っ赤になって下を向くような男だ。
そのくせ、幸恵を目で追っている。
「あんな人、いるんだな」
涼真は感心したように言って、仕事が終わった幸恵を送る時にそう言ったが、幸恵はフンと鼻を鳴らした。
「あの会社はお給料も安いし、知名度も高くないじゃない。だめよ」
「有名な会社に勤めてたって、倒産、不祥事、吸収、リストラ。色々ありますよ」
「私は、誰もが羨むくらいの幸せを手に入れたいの」
幸恵はそう言って、ツーンとそっぽを向いた。
幸恵はワンルームの自宅へ送り届けられて、カップ麺ができるのを待ちながら思い出していた。
記憶の中の両親はいつもケンカしていた。貧乏だったのも覚えている。
そんな暮らしが続いていたが、幸恵が中学に入る前、父親は出て行き、母親は近所のラブホテルの清掃係に住み込みで雇ってもらえることになり、幸恵と母親はラブホテルで寝起きする暮らしになった。
放課後は幸恵も清掃を手伝ったが、色んな客を見て、幸恵は思ったものだ。愛なんて、キラキラもしていないし信用できるものでもない。幸せはそんな不確かなものでは手に入らない、と。
その後、西川に会って優しくされた時は幸せを感じたが、やはりそれは錯覚だったと痛感しているし、西川にされたように自分がしたってかまわない筈だとも思っている。
「そうよ。幸せになりたいだけよ。私が幸せになって、どこが悪いの」
時間を過ぎてのびたカップ麺を、幸恵は美味しくなさそうに啜った。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる