柳内警備保障秘書課別室

JUN

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リトル・レディ(1)小生意気な警護対象者

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「まあ、呆れた」
 警護対象者が、顎をツンとそらせて腕を組んだ。
(クソ生意気な小娘め)
 この任務を受けた時の事を、思い出した。

 錦織から新しい任務を言い渡されたのは、ある会社の何十という倉庫に、警報機を取り付ける作業の手伝いから帰って来た後だった。
「税理士をしている北浜氏と小学生の女児の警護を依頼されました。それで、手が回らないからと、こちらへ」
 錦織はそう柔和に言った。
「依頼者の家の周囲に、不審者が現れたそうなんです」
「警察には」
「べったりと守ってはもらえないようで、我々に、24時間の警護をと。奥様は事故で亡くなっています」
 涼真は想像しているらしく、
「心細い思いをしてるんだろうなあ、お子さん」
などと言い、悠花も、
「女の子だもん。そりゃあ怖いですよ」
と言う。
「わかりました。任務に取り掛かります」
 雅美はそう返事をした。

 依頼者は北浜春夫。警護対象は北浜と娘の順子、小学3年生。家は庭付き一戸建てで、犬の「チビ」を飼っている。
 順子に習い事は無し。

 それを見て、まずは皆、思った。
「北浜氏は在宅勤務でいいらしいし、子供は学校と家の往復か。そう難しくもないな」
「友達と遊ぶにしても、最近の子は、外で鬼ごっことかかくれんぼとかしないですしね」
「チビかあ。何て種類の犬かな」
「かわいい女の子と子犬。絵になりそうね」
 そして北浜家へ行き、自宅へ入ったら、デカいシェパードに威嚇され、涼真が圧し掛かられた。
「うわあああ!何!?え!?」
「チビ!やめなさい」
 女の子の声で、犬は大人しく戻って行く。
「いい子ね」
 全員、犬をもう一度見た。
「チビ?」
「どんな犬でも、最初は子犬だからな」
 どう見ても、チビには見えなかったが、そういうことだろうと納得する。
 しかしこれには納得しかねた。
「そんなものをなめて、お腹壊したらどうするの?」
「おい」
 それが警護対象者との初対面だった。

 恐縮する依頼者は、幸いにして常識人だった。
「申し訳ありません」
 そう謝りながら、済ました顔でコーヒー牛乳を飲む順子と、大人しくその隣に座るチビを見た。
「不審者ということでしたが」
「はい。家の周りを窺うようにしている男達がいるんです。幸いまだ何もされてはいないのですが……」
「警察には、やはり言い難いですか」
 雅美が言うと、北浜は頷いた。
「原因がわからないし、パトロールをするくらいだそうですから、学校の行き帰りなんかが心配で」
「でも、いつまでにしますか。決着をつけないと、キリがありませんよ」
 湊が言うと、北浜は困ったように視線を泳がせ、
「様子を見ながら、当分の間はお願いします」
と頭を下げた。

 それで、冒頭に戻る。
 順子に頼まれて、コンビニへ期間限定の菓子を買いに行った悠花だったが、行ったら売り切れだったのだ。それで何店舗か回って来たが、限定商品の上人気でどこにもなく、仕方なく帰って来たら、これだ。
「おつかいもできないなんて」
 売り切れだったと言ったが、関係ないらしい。
「どうも、すみませんでした」
 悠花は、我慢しながらそう言った。
 翌朝には、玄関まで順子を湊が迎えに出たのだが、急に不機嫌になり、
「レディが新しい髪留めをしているのに褒めないなんて。気が利かないのね。チビの方が、ほら。気が利くわ」
と嘆息した。
 また、学校の前に着いて車を降りようとした時、
「まあ。レディにランドセルを持たせるなんて、紳士としてどうなのかしら」
と涼真に言った。
 そして放課後におやつを出した時、雅美が言われていた通りにコーヒー牛乳に砂糖を添えると、
「子ども扱いしないで。カフェオレはこのままでいいのよ」
と文句を言った。
 警護そのものは順調でも、信頼関係についてはどうかという感じだ。
「どこがレディだ、クソ生意気な小娘じゃないか。ランドセルくらい自分で持て」
 涼真が言うと、悠花も
「売り切れなんだから仕方ないじゃないですか。いっぱい回ったんですよ」
と車の中でクッションにあたる。
「湊は平気なのか?犬以下って言われたんだぞ、お前」
「まあな。どれだけ髪留めを持ってるかも知らないのに、会って2日目でそんなもん知るかって思うけどな。
 まあ、精一杯背伸びした子供だと思えば、無視できるだろ」
 涼真と悠花は、黙って湊を見た後、ポツンと言った。
「うわあ。余裕だあ、湊君」
「クソガキがって言うかと思った。
 あ、でも、我慢できるじゃなくて無視できるって言ったあたりがやっぱり湊だ」
「お前ら、俺をどういう人間だと思ってるんだ?」
 雅美は言い合いを聞いてクスクスと笑っていたが、
「向こうもこちらを値踏みしてるんでしょうね。大人の余裕で、許してあげましょう。ね」
と、そう宥めた。




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