払暁の風

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お化け寺(2)かすていらと星と勉強会

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 屋敷に帰った紀代松は、案の定、じいの佐倉利昌さくらとしまさに危ない事をしてと叱られた。
「でも、じい」
「でもじゃありません!全くもう。何かあってからじゃ、遅いんですよ」
「まあまあ。もういいじゃありませんか。紀代松も反省しているわね」
 久しぶりに戻って来ていた姉の早苗が笑顔でとりなして、紀代松はそれに飛びついた。
「はい、姉上!」
「じゃあ、おやつにしましょう。南蛮のお菓子を頂いたのよ。かすていらというの」
「かすていら。甘くていい匂いがします、姉上」
「ああ、早苗様ぁ」
「まあ、いいではないか。男の子だし」
「殿も早苗様も、甘すぎます」
 兄の頼藤祐磨よりふじゆうまは穏やかに笑って、
「紀代松も、あまり危ない事はするなよ」
と注意した。
「結局、幽霊は見られなかったのか」
「そうなんです、兄上。幽霊って見てみたかったのに。
 ん!これ、美味しい!」
「そう。良かったわ」
 普通の武家では、一家の主の席とその他の家族の席は区別している。しかし頼藤家では、家族は並んで食べていた。特に病で両親が亡くなり、祐磨が後を継いでからは、食事中も話をしながらという、武家にはあまり多くないスタイルだ。早苗が嫁に行っており、普段は兄弟二人しかいないという寂しさのせいだろう。
「しかし、押し込み強盗か」
「はい。呉服問屋の上州屋って言ってました。一人娘のお菊ちゃんは友達だし、助けたいんですが」
「誰が引き込み役かわからないから、うかつに注意もできないのか」
「はい」
 もぐもぐもぐ。
「鳥羽殿が、見回りはしてくれるのだろう?」
「はい……。
 兄上。明日から、哲太郎と泊まり込みで勉強会に行ってもいいですか」
 佐倉が、ブッとお茶を吹きそうになった。
「その、上州屋へか?」
「友達の、お菊ちゃんの家ですよぉ。商家で、お兄さんが算術の天才なんです」
 早苗は笑いをこらえ、祐磨は苦笑を浮かべながら、なるべく真面目そうな顔と声音で言う。
「ご迷惑ではないのかな」
「大丈夫です!前から誘われているんです。星を見る道具を買ったから見に来ないかって」
「そうか。では、迷惑をかけないようにな」
「はい!」
 星も、気にはなっていた紀代松なので、一石二鳥である。
 目を輝かせて星について話す兄妹三人を見ながら、そっと胃をさする佐倉だった。

 翌日、紀代松は哲太郎とすぐに話をまとめ、お菊の家に、星を見るのと算術の勉強会をするという例の誘いを受けたいと言いに行った。
 この家も子供の頃からよく出入りしており、気安い。主人も兄も喜んで、招待してくれた。
 お土産のかすていらと饅頭をお目付け役の青山に持ってもらい、哲太郎共々、上州屋へ送り届けられたのが夕刻前。
 お菊はいそいそと出迎え、二人を二階にと誘った。
 青山が帰って行くと、お菊がお茶を淹れに立った隙に、お菊の兄の弥太郎に全てを話した。
「──というわけですから、押し込み強盗に狙われているようなのです」
「お菊ちゃんに言うと、多分、バレてしまうので……」
 弥太郎は頷いて、
「知らせてくれてありがとうございました。
 確かにお菊は言動に出るから、秘密にしておこう。
 それにしても、引き込み役かあ。最近入った奉公人とかが怪しい事になるなあ」
と考え込む。
「奥州の『火炎一家』は、一年も引き込み役を潜入させて、安心させたと聞いていますよ」
「ますますわからないなあ。ああ、皆を疑うのは嫌だなあ」
 哲太郎の指摘に弥太郎はますます悩み、溜め息をついた。
「まあ、どうしたの、難しい顔をして」
 お菊がお茶を四つ淹れて戻って来たのに、三人は息を合わせて誤魔化した。
「星が綺麗に見えるのはもっと暗くなってからだからね。それまで何をしていようかと」
 弥太郎が言うと、紀代松もこくこくと頷く。
「双六?絵草紙?」
「あら。算術の本じゃないの、それ」
 お菊が、言い訳の為に持って来た算術の本を見付ける。
「……そうだな。算術の勉強をしようか」
「ん、わかった。弥太郎さん、お願いします」
 嘘から出たまこと。
 算術の勉強会と、なったのだった。

 その頃、屋敷では祐磨と佐倉が暮れて来た空を見上げていた。
「そう心配はいらないだろう」
「はあ。だといいのですが。押し込み強盗をするような荒っぽいならず者です。いくら紀代松様が剣術がお強くても、万が一という事も……」
 思案顔の佐倉に、祐磨がニヤッと笑う。
「引き込み役がいるんだろう?だったら、若年寄の弟や同心の息子のいる日に、わざわざ押し入るだろうか?」
 佐倉はポンと手を打った。
「ああ、確かに!
 なんと。では殿は、最初から紀代松様が空振りをなさるとわかっていらしたと」
「星を見て、算術の勉強会をするだけでも楽しいだろう」
「はっはっはっ。流石は殿!いやあ、感服いたしました」
 佐倉と笑いながら、祐磨は考えていた。
 さあて、紀代松。それで済ませるお前じゃないだろう。どうするのかな。
 流れ星がひとつ、スーッと夜空を流れて落ちた。


 
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