払暁の風

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お化け寺(1)押し込み強盗

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 町はずれにある寺に向かって、二人が歩いて行く。
 片方は頼藤紀代松よりふじきよまつ、元服ももうそろそろという頼藤家当主の弟だ。まだあどけなさの残る顔は、全体的に上品で優し気に整い、目は好奇心に輝いている。黙って大人しくしていれば、流石は大身旗本頼藤家のお坊ちゃまと思われるだろうが、生憎、そんなかわいいものではない。好奇心の塊でやんちゃ坊主。よく家を抜け出しては、町人や百姓とも遊びまわっていたずらに精を出して来た子だ。
 しかし、身分をこえて友達、知り合いは多く、可愛がられている。
 そんな紀代松の幼馴染である、鳥羽哲太郎とばてつたろう。こちらも同じ頃に元服するのだろうという同い年だが、上背もあるからか、無口で落ち着いているからか、紀代松より、やや大人びて見える。同心の子で、小さい頃からいつも一緒に過ごして来た、頼れる親友だ。
「なあ、本当に行くのか、紀代?」
「勿論!幽霊だぞ?見た事あるか?」
「無いな。そうそう見える物でもないだろう、幽霊なんだから」
「だろう!だから見たいと思うだろ?」
 勢い込んで言う紀代松に、何を言っても無駄だと経験で知っている哲太郎は、嘆息をして、続ける。
「じいやさんにまた叱られても俺は知らんぞ」
「……大丈夫だ。多分……」
 紀代松は、ついこの間じいに叱られて家から出してもらえなかったのを思い出した。
「でも、雷をよく見たいと思ったんだよ」
「だからって、どしゃ降りの中、屋根に上るやつはいない」
 廃寺に幽霊がすくっているという噂を道場で聞いて、幽霊なんて見たことが無い、と2人で見物に出かけているのである。
「幽霊は足が無いのに、どうやって移動するんだろうな」
 真面目に紀代松が考え込むので、哲太郎は一応答えておいた。
「飛ぶ、とか」
「飛ぶかあ。ううーん」
「あれじゃないか」
 木々の向こうに、それらしい門構えが見えた。
 二人はいそいそと──なんだかんだ言って、哲太郎も気にはなっているのだ──、廃寺に忍び込んで、木々の隙間から中を覗いた。
 ボロボロの本堂からは微かに物音がしていた。
 そのままそっと近づいて、本堂を覗き込む。
 本堂はガランとしているが、奥の間には、座り込むならず者っぽい男達が八人程いた。
「あんまり騒ぐな。幽霊は静かなもんだからな」
「ちげえねえや」
 言いながらヘラヘラと笑い、徳利を傾ける。
「で、首尾の方はどうだ」
 ボスらしい男が訊くと、別の1人が大人しく答える。
「へい。引き込み役からの連絡では、疑われている様子は全くないそうです」
「そうか。次も上手く行きそうだな」
「へっへ。呉服問屋の上州屋だ。蔵の中は、たんまりと小判が詰まっているだろうぜ」
 男達はへへへと下卑た調子で笑い声を上げ、
「近い内にやる。そのつもりでいろよ」
とボスが締めくくって、宴に突入した。
 紀代松と哲太郎は静かにその場を離れた。

 十分離れてから、顔を見合わせる。
「幽霊じゃなかったな。押し込み強盗の住処だった」
「次は上州屋って言ってたな」
 上州屋の娘お菊は、子供の頃はよく遊んだものだ。
「こうしちゃいられない。哲の御父上にすぐに知らせよう」
 二人は急いで同心の鳥羽に知らせた。
 だが、手下をつれて戻ってみると、宴と会議は終了したらしく、誰もそこにはいなかったのだった。
「おかしいなあ。逃げたのかな」
「坊ちゃん。幽霊に騙されたんじゃねえんですかい?」
 手下がだらんと両手を胸の前に下げて言う。
「あれは人間だったよな、哲」
「うん。引き込み役がいるとかいう幽霊はいない」
 紀代松と哲太郎が自信満々に言うのに、鳥羽はううんと考え、口を開いた。
「上州屋の方は、気を付けておこう。
 それより2人共。なぜこんなところにいるのかな。今日は道場で剣術の稽古が終わるのは昼過ぎじゃなかったかな」
 二人は、ウッと言葉に詰まった。
 鳥羽は笑いながら、
「仕方が無いなあ。送って行こう」
と言う。
「ええっと、あの」
「佐倉殿が心配しておられるだろう」
「じ、じいは、その、いいよ」
「そういうわけには行かないよ」
「諦めて、叱られろ、紀代」
「う……」
「旦那、あっしは一応、辺りを見回っておきやす」
 紀代松と哲太郎は、鳥羽に連れられてすごすごと家に帰る事となった。
 じいに叱られる事は嬉しくは無いが、それよりも、消えた押し込み強盗と上州屋の事が気になって仕方が無いのだった。


 

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