払暁の風

JUN

文字の大きさ
7 / 28

茶碗騒動(2)しろと茶碗

しおりを挟む
 加代の婚約者は、皆本玄太郎みなもとげんたろう。摂津の国の江戸勤番の武士らしい。事の次第を聞くと、まず絶句し、吉原に売られそうだと聞いて、悔しさに歯をギリギリと噛み締めた。
「私は本当に、触ってないわ」
 それを証明するのは大変難しいという事は、全員にわかっていた。
「これでも上手く継げないかな……まあ、無理そうかな……」
「取り敢えずやってみよう、慶仁。意外と味が出るかも知れないじゃないか」
「そうだな。網目天目茶碗とか言ってな」
 そこで、粘土に貼り付けるようにして、今で言う立体ジグソーパズルのように、四人で修復に取り掛かった。
 とにかく肩が凝る。しかし、加代が吉原へ売られるかもしれない今、試せることは全て試さなければいけない。
「できた……」
 どうにかこうにか、茶碗の形に組み上げた。
 それを四方八方から眺めてみる。
「いいんじゃないか。こう、何だ、神社の石垣みたいで」
 慶仁が言うと、加代が微妙な顔をした。
「石垣はあんまり……」
「じゃあ、ええっと、亀の甲羅は?亀甲天目。おめでたい感じがしないかな」
「慶仁……」
 哲之助が、首を横に振る。
「あ、籠目天目はどうだ」
「パッとしませんねえ」
 悉く却下される。
 まあ、どう言いつくろっても、中途半端にバリバリのグシャグシャなのだから。
「他に何か……ええっと……」
 言いながら、ヒョイと裏を見た。
「ん?」
「どうした、慶仁」
「見ろ、哲之助」
「あ……」
「だろ」
 猫のしろが付けた三日月形の傷が無い。
「どうかしましたか」
 皆本と加代が不安そうに訊いて来るのに、爪で傷を付けた話をする。
「つまり、これは、昨日の茶碗ではない」
 哲之助が考えながら言った。
「どうして?誰がすり替えた?」
 慶仁が言い、ハッと加代が思い出す。
「近江屋さんかしら」
「なぜ?」
「先生は、もう払ったような事を仰ってたんです。それで、おかしいな、と思ってたんですけど」
「……わからん」
 皆本が、眉をハの字にして降参した。
「そうだ。昨日の茶碗がこれじゃないって言うのを否定されたらおしまいだ」
「御隠居、茶碗の底に墨を付けて、嬉しそうに紙に印のように押してたな」
 四人でがさごそと、その三日月型に欠けた茶碗の底スタンプを探す。
「あった!」
 何と、香炉の中にあった。茶碗の代金を支払った証文と一緒に。
「やっぱり!もう代金は支払い済みだわ!」
 加代が、鼻息を荒くする。
「じゃあ、近江屋は何をしに来たんだ?」
 四人は顔を見合わせて、首を傾げた。












しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...