払暁の風

JUN

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水戸(2)嵐の気配

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 ペリーの来航以来日本は揺れているが、最近、とみにそれが激しい。
 水戸藩、弘道館では、保守派と尊王攘夷派とがよく議論をしていた。
 藩主は尊王攘夷の考えではあるが、それとはまた少し違う、より過激な思想を持つ尊王攘夷派がおり、今藩内では、三つ主張が睨み合っている状態だ。
 慶仁と哲之助は、その議論には加わらないでいた。どちらも極端に過ぎる気がして、肯定しきれない。
「諸生党に天狗党か」
 うんざりするような声音で、そっと哲之助が溜め息をつく。
「議論も立派だろうけど、俺はもっと、学術や武術に励みたいね」
「だな。過激に過ぎて、そのうち、火が点きそうだ」
 剣術の稽古の準備をしながら、小声で話していた。
「それはそうと、慶喜様が一橋家の当主を下ろされて、謹慎になったと兄上が」
 家に遊びに来た時は浜崎徳之進、そうでない時は一橋慶喜。そう、分けている。
「謹慎?なぜだ?」
「さあ。勝手に登城もしてないし、どうしてかわからないよな」
 慶仁は首を傾げた。これが後に言われている安政の大獄の一部であるが、やはり、謹慎の理由はよくわかっていない。まあ、安政の大獄とは、井伊直弼が朝廷の許しもなく勝手に『日米修好通商条約』を結んだことや継嗣問題で慶福に反対した者を弾圧、処分したものなので、慶喜当の本人であるというだけで十分。飛ぶ鳥を落とす勢いの井伊直弼には、はっきりしない理由がなくとも別に良かったのだろう。
 哲之助は、遠くを見る目をして言う。
「どうしてるんだろう」
「火消しの親分さんの所とか、暇で遊びに行ってるらしいよ。それで、もしかしたらこっちにも来るかもしれないって」
「来るのか?その時は、どっちだ?」
「え……さあ……浜崎様、かな?」
 揃って首を傾ける。
「大老のやり方は、許せんな」
 その話が聞こえていたように、誰かが言った。
「いっそ、立つか?」
「いい加減にしろよ、天狗が」
「そうだ。改革、改革って。今、幕藩体制が揺らいだら、外国にいいようにやられるだけじゃないか」
「事なかれ主義の諸生党が」
 また始まった。
 慶仁と哲之助は、そっと目を合わせた。
「おい。頼藤と鳥羽。お主らはどう考えているんだ」
「どっち派だ」
 天狗党を自認している戸田松太郎とその取り巻きが、慶仁と哲之助に向かって言う。
「どっちと言われてもな。今は一つにまとまって外国と向き合うべきだとは思うが、強固に排斥するのは反対だ。いずれは開国しなければならないだろうし、あの技術力は取り入れるべきだろう」
「何を、温い事を。この腰抜けが」
 腰巾着が吐き捨てる。
「頼藤。今日は俺と手合わせしてもらおうか。その弱腰鍛え直してやる。
 幕府若年寄の弟であろうと、俺は手加減はしない」
 戸田が言って取り巻きを引き連れて離れて行き、慶仁と哲之助は嘆息した。
 それで、小声で、慶仁達と同じような考えの連中が寄って来て言う。
「頼藤達が来てから、月に二回の試文の試験で一度も一番になれないからな。秋の年に一回の文武大試験はどうやっても勝とうと、とにかく目の敵にしてるんだよ」
「ケガ、させられないように注意した方がいいぞ」
「うわあ。面倒臭いなあ」
 さっきの宣言は無かった事にならないかと思ったが、きっちりと、試合で当たった。
 無念流や一刀流などの剣豪が師範として召し抱えられていて、それ以外にも、理心流や示現流などの名だたる剣客が特別講師として招かれている。慶仁はそれらを次々と吸収し、独自のものになっているが、戸田は一刀流だ。
「始め!」
 向かい合うと、闘気をぶつけて来る。そしてがむしゃらに、とにかく手数を多く打ち込んで来た。
 やれやれと思いはしたが、むざむざと負けてやる気もない。
 殺気を一気に最大でぶつけ、思わず怯んだところへ打ち込む。
「それまで!」
 礼をして引き下がるが、戸田は呆然とし、次にずっと、唇を噛み締めていた。
 



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