払暁の風

JUN

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水戸(3)暗殺未遂

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 色々な人物が処分されて行く中、水戸の諸生党と天狗党のぶつかり合いはますます激しくなっていた。
 慶仁と哲之助を取り巻く空気も、随分とピリピリとしていた。これはこの間行われた、年に一度の藩主隣席の上で行われる文武大試験のせいでもある。
 幕命で永蟄居を命じられた斉昭も同席してのもので、生徒の気合はいやが上にも高まっていた。その中で成績優秀者として表彰されたのは慶仁と哲之助であり、戸田は悔し涙に暮れる事となった。誰が見てもそうだとわかる結果があり、「頼藤だから」などという負け惜しみを言う余地のない成績だったからだ。
 それが戸田には余計に悔しく、慶仁と哲之助にしてみれば、「いちゃもんを付けられる余地がないくらいの成績を収めて、文句の出ないようにスッキリさせてやろうと猛努力した結果だ」というだけの事だった。
 それでも、戸田の取り巻き達は、「幕府におもねった」と慶仁と哲之助を目の敵にし、諸生党は「旗頭に」と言うし、その両極端にいない派からは自分達のトップみたいに思われ、本人の意思とは無関係に、ぶつかり合いのただなかへと引きずり込まれている状態だった。
「やり難いな」
「ああ。一介の二男の成績で、おもねるも無いだろうになあ。考えるまでも無いのに、バカじゃねえの?
 それと、兄上からも、そろそろ戻って来ないかって。まだ学ぶことは一杯あるんだけどな」
「もともと生涯勉強、卒業無しだ。学ぶ事が無くなる事はない。それは仕方ないぞ」
「うん」
 言いながらも、二人共、まだまだ学び足りないという思いは強かった。
 それに、慶仁には別に気になっていた事もある。それは、藩の数人が、慶仁の顔を見て驚いた顔をしたり、「早紀」と口にした事だ。どうも、早紀には斉昭の手がついており、それでいて側室の話は自ら断っていたらしく、また、ある日突然姿を消したという事だった。
 早紀が母親ならば、誰が父親なのか。想像する事は容易い。
「これ以上、余計な面倒のタネは御免だ」 
 それは慶仁の本音である。
 しかし、騒動は起こった。
 どこから誰が射たのか、矢が慶仁を狙って飛んできたのだ。
 一射目は偶然逸れた。二射目は物陰に入って防いだ。
「慶仁」
「まさか、後南朝のやつらがここまできたのか。それとも、天狗党か。まさかとは思うが、早紀さんの子としてなのか。
 ああ、わからん──!」
 思い当たりがあり過ぎるのも困る。
「とにかく、一人には絶対になるなよ。後、開けた場所では矢にも注意だな」
「俺は、色々学びたいだけなのになあ」
 溜め息をつき、建物の中へと移動するのだった。

 その事件は、三つ巴の争いをヒートアップさせる一因にもなった。黙っていようとしていたのだが、見ていたものがいたらしい。
 ただ、後南朝や早紀の事までは知らないので、ただただ、天狗党の仕掛けたものだと思っている。
 この件を斉昭はこっそりと慶喜に知らせ、慶喜は祐磨に知らせ、祐磨からはそろそろ帰るようにという手紙が届いた。
「何て?」
「そろそろ帰って来いって」
 予想通りの内容に、溜め息が出た。このまま帰るのは、単に悔しいというのもある。
「でも、仕方ないか」
「また来ればいいんじゃないか。落ち着いたら」
「そうだな。
 卒業がないというのも、こういう時、便利だな」
 二人は笑って、戻る事を伝えに立った。

 斉昭は、偕楽園で木々を眺めていた。冬の偕楽園は、春に比べればひっそりとしている。
 その斉昭に近付いて来る者がいた。慶仁と哲之助だ。
「烈公」
「……おう。江戸に、戻るのか」
「はい。残念ですが」
「でも、落ち着いたらまた来たいと思います」
「いつでも。待っているぞ」
 三人で、しばらく黙って歩く。
「弘道館で学ぶ事ができて、本当に良かったです。ありがとうございました」
「ここでの教えを忘れずに、生かしたいと思います」
 慶仁と哲之助が頭を下げるのを、斉昭は頷いて見ていた。
「実は、お前達がここへ来てすぐの頃、ここで見かけたことがある」
 決して、尾けていたとは言わない。
「スリを飛び蹴りで捕まえていたなあ」
「ああ、あれ……」
「ははは。可愛い顔をして随分やんちゃなと驚いたが、良き友、良き家族に愛されて来たことがわかる、真っすぐな目をしていた。
 生涯の友と呼べる者は、大切にせよ。
 どんな時代が来ようとも、人が道を作るのだと忘れるなよ。
 ははは。優秀者の慶仁と哲之助に、今更だな」
「いえ。肝に命じて」
「はい」
「うむ。どこにいても、そなたは……大事な、学生だ」
 斉昭は言って、笑顔を浮かべた。
 慶仁は少し迷ったが、意を決して、言う。
「ありがとうございました。寒くなります。どうかお体をご自愛なさってください。父上」
 弾かれた様に目を見張る斉昭に深く頭を下げ、二人は踵を返した。
「……そうか……」
 知らず、斉昭の目には涙が浮かび、頬には笑みが浮かんでいた。




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