払暁の風

JUN

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嵐の前夜(1)見えない明日

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 久しぶりの江戸の梅を、慶仁と哲之助は眺めた。
 約一年間江戸を離れていた間に、どこか空気が変わっていた。忙しそうなのは変わらない。でも、行き交う人に笑顔が減った。切羽詰まったような浪人の姿が目立つし、目つきの鋭い武士がやたらといるような気がする。
 そして道場へ行くと、そこでも変化があった。
「え。左之助も京へ?」
「ああ。このままでは日本はだめだ。京へ行こうと思う、と言ってな」
 道場の仲間の顔ぶれも、変わった。
「尊王攘夷に佐幕開国。何が正解なんだろうなあ」
 慶仁は、鬼気迫る雰囲気で稽古に励む仲間を見て言った。
「皆、何かに急かされているみたいだ」
 哲之助はそう言う。
「せめて、理性的に話し合って、よりよい方向を決められたらいいのに。今の我が国に、内輪で揉めている余裕なんて無いだろうに」
 哲之助はそれに頷いて嘆息した。

 いつもの道を、慶仁、哲之助は歩いて帰っていた。そこに、息せき切って竹下が走って来た。
「どうかしたのか」
「今、連絡がありました。御長男が、本気でここへ──あ!」
 何かを見付けて、緊張に肩を強張らせる。
 浪人が十人以上、道を塞ぐようにして立っていた。
「成程」
 殺気を隠す様子もない。
「お逃げ下さい。流石にあれでは」
「そうは行かないよ。
 哲之助は──」
「バカ言うなよ、慶仁。相棒だろう」
「……ありがとう」
「なあに、簡単な算学だ。一人四人片付けたら十二人片付けられる」
「ちょろいな」
「ああ、ちょろい」
 竹下は慶仁と哲之助のやり取りに苦笑し、
「では、自分の担当分をキチンと片付ける事といたしましょうか」
と言った。
 向こうが各々刀を抜くのを見て、こちらも抜く。遠巻きにしていた町人が、悲鳴を上げて逃げて行く。
 そして、ぶつかった。
 弘道館での鍛錬は、役に立っていた。どの流派の型にも対応できるし、相手が多数であっても対応ができる。そして、弓矢で狙われていても、大丈夫だった。
 こちらを狙えるところから死角になるところへと立ち位置を計算して動き、相手の体を盾にして矢を防ぐ。
 気が付けば、立っているのは慶仁と哲之助と竹下だけになっていた。
「しつこいな。いい加減、やめてくれないかな」
 イライラとするのを抑えきれない。
 と、祐磨くらいの年の男が、四人に守られながら現れた。
「あ、あれが御長男、伯父上様です」
 男はビクビクしながらも、居丈高に振る舞っている。
「家を継ぐのはこの私だ。早紀の子になど、今更──!」
 慶仁は嘆息した。
「その気は全くないから安心して下さい。興味ない」
 男は驚いたような顔をし、そして、怒った。バカにされたとでも思ったのだろうか。
「何だと!?き、貴様!」
 見る見る顔が興奮で赤くなる。
「血圧が上げると危ないよ」
「ふざけるなぁ!!
 貴様は思わないのか?もう一度この国の頂点に立とうと!」
「じゃあ、立って、それからあなたはどうしたいんですか?」
「何?」
「この国を、民を、どう導いていく?どう外国から守る?」
 男はキョトンとして、次に目を泳がせた。
「それ、は……権力を取り戻して……それから……」
 慶仁と哲之助は失望の溜め息をついた。
「それが無い人が頂点に立っても仕方ないだろうに。そんな贅沢な争いをしている場合ではないのに」
 男は震えて、怒りに声を震わせた。
「おのれぇ!この、私を、愚弄しおって!無礼者があ!!斬れ、斬り捨てろ!!」
 その命令に従おうと、四人は無表情に一歩前に出る。
 と、そこに声がかかった。
「そこまでだ」
 初老の男と岡本が、立っていた。
「ち、父上!?」
「あれが後南朝の親玉か」
 慶仁が小声で呟くのに、哲之助が小声で言う。
「親玉って、言い方があるだろう?」
 竹下は、咳払いをして言う。
「慶仁様の、御尊祖父様ですよ」
「ふうん」
 慶仁とその男の視線が、合った。




 
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