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豆腐の根性(2)親子喧嘩
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豆腐屋の朝は早い。昔ながらの手作り豆腐をうたう竹本豆腐店は、手間がかかる上に人もおらず、若い店主が黙々と作業し、やっと一息付ける頃は、もう通学時間だ。
かじかんだ手をこすって、母親と朝食にする。
「いつも、ご苦労さま」
「やだなあ、母ちゃん。僕はこの匂いがたまらなく好きなんだよ」
「直治のばかは、どこで何してるんだか。お前の爪の垢でも飲ませたいよ」
「兄ちゃん、どうしてるんだろうなあ。バンドが解散してたなんて・・・」
昨日、偶然バンドの仲間だった人と会い、とうに解散していた事を知ったのだ。
「帰れないんだろうねえ。武道館でコンサートするまでは帰らない宣言までしたら」
直治はそう宣言して、この家を飛び出したのだ。
「変に自信家なくせに、変に気が小さいところもあるんだよなあ」
2人で、溜め息をついた。
竹ぼうきで、落ち葉をかき集める。
「クソッ、きりがねえな。どっかから湧いてるのか」
竹本は嘆息した。
朝が早いのは昔から平気だ。でも、掃除と一言で言っても、寺の掃除は大変だった。墓地は広いし、庭、駐車場、本堂と、掃除機の使えない所ばかりがやたらとたくさんある。雑草を抜き、落ち葉を集め、お供えや花を回収し、墓石を磨く。本堂は、姿が映るくらい雑巾掛け。
竹本が知らないだけで、寺では掃除も修行の一つ。大変で当然だ。
実家の豆腐屋もハードな仕事だと思っていたが、ここもそれ以上かも知れない。竹本は、一冬の宿を求めた先が失敗だったかも知れないと、考え始めていた。
「坊さんって大変だなあ。これ以上に、お経とか色々やる事あるんだからなあ」
竹本は、住職の顔を思い浮かべた。
父親が生きていたら、同じくらいか。そう思うと、実家が気になって来る。
「母ちゃんと貞治がやってるんだろうなあ、店。
帰ろうかなあ。どうせ、俺なんてもうだめだもんなあ」
竹本は、掃除が済んだら、自由時間に実家に帰ってみようと思い立った。
その様子を、僕と直と寺崎先生は覗き見していた。
「へえ。そこの竹本豆腐店の倅か」
「高校時代に組んでいたバンドでデビューしたものの、売れず、すぐに解散。メンバーはそれぞれ、就職したり家業を継いだりしていますねえ」
直が調査結果を報告した。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「どんなバンドだったんだ?」
「ビジュアルバンドらしいねえ。高校時代は文化祭でも凄い人気だったらしいよ。竹本さんはボーカルで、あと、ドラムとギターとベースとの4人組。派手な感じだったらしいねえ」
長い金髪に、その名残があるか。
「確か何年か前に親父さんが心筋梗塞で急死して、おばさんと、2つ年下の弟が店をやってるなあ。こっちは大人しいやつだったぞ」
「そうそう。そうですよう、先生。大人しくて気弱。根気強くて努力家。兄弟でも全然似てないらしいねえ」
「竹本さんに憑いているのは、その、死んだお父さんかな」
相変わらず、腕組みをして口元をへの字に結んだ男が、竹本さんをじっと見ている。
「バンドデビューには反対の頑固一徹な職人って人だったらしいねえ。飛び出していく時も、例え自分が死んだとしても、武道館コンサートするというのを達成するまで帰って来るな。葬式に来なくて結構って言ったんだって」
「本当に、帰って来なかったのか?」
僕は驚いたが、直は頷いた。
「終わってからハガキで知らせたらしいねえ」
「徹底してるなあ」
寺崎先生も呆れたように言う。
「お、動き出したぞ」
僕達は、気配を殺して竹本さんの後を尾け始めた。
竹本さんが訪れたのは、竹本豆腐店だった。
「いらっしゃ……直治!」
店の前で、呆然とおばさんが声を上げた。
「兄ちゃん!?」
弟の貞治も、店先で固まる。
「よお!その、どうしてるかと思ってな。親父の葬式も来れなかったし、店もどうなってるのかとな」
近付く竹本さんに、貞治さんが声をかける。
「心配いらないよ。僕と母ちゃんでやってる」
「そうだよ。あんたこそ何やってんだい。ここを出てった日に切った啖呵、忘れたのかい」
竹本さんの足が止まる。
「こっちの心配はいらないからさ」
「店は貞治が継いでくれるってさ」
「……そうかい。邪魔したな」
竹本さんは踵を返すと、走り出した。
僕達は目立たないようにーーは無理そうだったが、ばれないように後をついて走った。
やがて竹本さんは、寺の、墓地へ戻って来た。
「くそう、くそう、くそう!俺の居場所はどこにも無いのかよ!どうせ俺なんて!」
集めた落ち葉を蹴散らし、ゴミとなったお供えを投げる。それが飛んで来て、寺崎先生に命中した。
「いてっ――あ」
見つかった。
「何だよう。フン。信用できないやつだと、見張ってたのか?どうせ俺なんて、そんなもんだけどね」
嗤う竹本さんの後ろにいた男の霊が、それでとうとう、実体化した。
「このバカタレがあ!!」
「ひえっ、お、親父!?」
腰を抜かしそうになっている竹本さんと霊を見ながら、僕達は冷静になっていった。
「ああ、やっぱりお父さんでしたか」
「頑固職人だねえ」
「思い出した。豆腐屋さんのおじさん。買いに行ってたもんだよ、お使いで」
男は竹本さんを睨み据え、竹本さんは立ち上がって男を睨んだ。
「情けねえ」
「うるせえよ、クソ親父!」
親子喧嘩勃発らしかった。
かじかんだ手をこすって、母親と朝食にする。
「いつも、ご苦労さま」
「やだなあ、母ちゃん。僕はこの匂いがたまらなく好きなんだよ」
「直治のばかは、どこで何してるんだか。お前の爪の垢でも飲ませたいよ」
「兄ちゃん、どうしてるんだろうなあ。バンドが解散してたなんて・・・」
昨日、偶然バンドの仲間だった人と会い、とうに解散していた事を知ったのだ。
「帰れないんだろうねえ。武道館でコンサートするまでは帰らない宣言までしたら」
直治はそう宣言して、この家を飛び出したのだ。
「変に自信家なくせに、変に気が小さいところもあるんだよなあ」
2人で、溜め息をついた。
竹ぼうきで、落ち葉をかき集める。
「クソッ、きりがねえな。どっかから湧いてるのか」
竹本は嘆息した。
朝が早いのは昔から平気だ。でも、掃除と一言で言っても、寺の掃除は大変だった。墓地は広いし、庭、駐車場、本堂と、掃除機の使えない所ばかりがやたらとたくさんある。雑草を抜き、落ち葉を集め、お供えや花を回収し、墓石を磨く。本堂は、姿が映るくらい雑巾掛け。
竹本が知らないだけで、寺では掃除も修行の一つ。大変で当然だ。
実家の豆腐屋もハードな仕事だと思っていたが、ここもそれ以上かも知れない。竹本は、一冬の宿を求めた先が失敗だったかも知れないと、考え始めていた。
「坊さんって大変だなあ。これ以上に、お経とか色々やる事あるんだからなあ」
竹本は、住職の顔を思い浮かべた。
父親が生きていたら、同じくらいか。そう思うと、実家が気になって来る。
「母ちゃんと貞治がやってるんだろうなあ、店。
帰ろうかなあ。どうせ、俺なんてもうだめだもんなあ」
竹本は、掃除が済んだら、自由時間に実家に帰ってみようと思い立った。
その様子を、僕と直と寺崎先生は覗き見していた。
「へえ。そこの竹本豆腐店の倅か」
「高校時代に組んでいたバンドでデビューしたものの、売れず、すぐに解散。メンバーはそれぞれ、就職したり家業を継いだりしていますねえ」
直が調査結果を報告した。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「どんなバンドだったんだ?」
「ビジュアルバンドらしいねえ。高校時代は文化祭でも凄い人気だったらしいよ。竹本さんはボーカルで、あと、ドラムとギターとベースとの4人組。派手な感じだったらしいねえ」
長い金髪に、その名残があるか。
「確か何年か前に親父さんが心筋梗塞で急死して、おばさんと、2つ年下の弟が店をやってるなあ。こっちは大人しいやつだったぞ」
「そうそう。そうですよう、先生。大人しくて気弱。根気強くて努力家。兄弟でも全然似てないらしいねえ」
「竹本さんに憑いているのは、その、死んだお父さんかな」
相変わらず、腕組みをして口元をへの字に結んだ男が、竹本さんをじっと見ている。
「バンドデビューには反対の頑固一徹な職人って人だったらしいねえ。飛び出していく時も、例え自分が死んだとしても、武道館コンサートするというのを達成するまで帰って来るな。葬式に来なくて結構って言ったんだって」
「本当に、帰って来なかったのか?」
僕は驚いたが、直は頷いた。
「終わってからハガキで知らせたらしいねえ」
「徹底してるなあ」
寺崎先生も呆れたように言う。
「お、動き出したぞ」
僕達は、気配を殺して竹本さんの後を尾け始めた。
竹本さんが訪れたのは、竹本豆腐店だった。
「いらっしゃ……直治!」
店の前で、呆然とおばさんが声を上げた。
「兄ちゃん!?」
弟の貞治も、店先で固まる。
「よお!その、どうしてるかと思ってな。親父の葬式も来れなかったし、店もどうなってるのかとな」
近付く竹本さんに、貞治さんが声をかける。
「心配いらないよ。僕と母ちゃんでやってる」
「そうだよ。あんたこそ何やってんだい。ここを出てった日に切った啖呵、忘れたのかい」
竹本さんの足が止まる。
「こっちの心配はいらないからさ」
「店は貞治が継いでくれるってさ」
「……そうかい。邪魔したな」
竹本さんは踵を返すと、走り出した。
僕達は目立たないようにーーは無理そうだったが、ばれないように後をついて走った。
やがて竹本さんは、寺の、墓地へ戻って来た。
「くそう、くそう、くそう!俺の居場所はどこにも無いのかよ!どうせ俺なんて!」
集めた落ち葉を蹴散らし、ゴミとなったお供えを投げる。それが飛んで来て、寺崎先生に命中した。
「いてっ――あ」
見つかった。
「何だよう。フン。信用できないやつだと、見張ってたのか?どうせ俺なんて、そんなもんだけどね」
嗤う竹本さんの後ろにいた男の霊が、それでとうとう、実体化した。
「このバカタレがあ!!」
「ひえっ、お、親父!?」
腰を抜かしそうになっている竹本さんと霊を見ながら、僕達は冷静になっていった。
「ああ、やっぱりお父さんでしたか」
「頑固職人だねえ」
「思い出した。豆腐屋さんのおじさん。買いに行ってたもんだよ、お使いで」
男は竹本さんを睨み据え、竹本さんは立ち上がって男を睨んだ。
「情けねえ」
「うるせえよ、クソ親父!」
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