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さかさびな(1)雛の出迎え
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電車を降りると、まだ空気が冷たくはあったが、日差しは暖かな、春の兆しがあった。
「ここが雛温泉郷か」
物珍し気に辺りを見廻しながら、言った。
御崎 怜、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「雛人形で有名なんだよねえ、ここ」
直が、キョロキョロとホームを見回す。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「お雛さんかあ。あれ、飾るん大変そうやなあ」
郷田智史。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。
「京都は男雛と女雛の位置が逆だとは聞いた事がありますけど、それ以外はあやふやですね」
水無瀬宗。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。霊除けの札が無ければ撮った写真が悉く心霊写真になってしまうという変わった体質の持ち主だ。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しく面倒見のいい男だ。
「ケースに入った、セット済みのが便利ですよねえ」
高槻楓太郎。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。小柄で表情が豊かな、マメシバを連想させるようなタイプだ。
「あはは。確かにね。場所も取るしねえ」
真先輩が笑った。
南雲 真。1つ年上の先輩で、父親は推理作家の南雲 豊氏、母親は不動産会社社長だ。おっとりとした感じのする人で、怪談は好きなのでオカルト研究会へ入ってみたらしいのだが、合わなかったから辞めたそうだ。
この春真先輩が卒業となるので、心霊研究部員揃って、記念に旅行に来たのである。
雛温泉郷。雛祭りを売りにしている小さい温泉だ。3月中は『雛祭りスタンプラリー』として、旅館、寺、店などで飾られている雛飾りを見てスタンプを集めると、記念品がもらえるらしい。
改札を出ると、大きな記念写真用のパネルがあった。顔の所がくり抜かれている、アレだ。
「おお、お雛さんや」
「記念に撮りましょうか」
PRのたすきを掛けたミス雛温泉と準ミス雛温泉2人の3人トリオが、にこやかに話しかけて来る。
「そうだねえ。じゃあ、やっぱり真先輩がお内裏様だよねえ」
言われて、真先輩がお内裏様の裏に行く。
後は、3人官女と5人ばやしだ。僕達は5人ばやしにして、3人官女は、ミス雛温泉、準ミス雛温泉の3人、お雛様は、出迎えの雛温泉女将代表に入ってもらった。
「何か、嬉しいなあ」
礼を言って旅館へ向かいながら、真先輩はにこにこしている。
「こういうのって、良いですよねえ」
あの出迎えの4人は、こういう人数合わせの意味もあるらしい。これで足りなければ、売店の人や駅員さん、旅館の送迎バスの運転手、観光協会の職員がサッと集まるそうだ。観光地として、徹底してるな。
「結局は、地元の人とのふれあいとかサービスが、集客の鍵なんや」
智史は感心している。僕達は、智史の実家の家業に対する熱意にも感心するところだ。
ほんの5分も歩くと予約しておいた旅館「千代の家」に着く。
ここで雛温泉郷の真ん中辺りになるので、この雛温泉郷が小ぢんまりしているのがよくわかる。
落ち着いた感じの3階建ての建物で、和モダンというやつだ。玄関から入ると、正面に雛段が飾られているのがまず目に入る。
「うやあ、立派だなあ」
感嘆の声を上げて、まず見に近寄った。
7段飾りの雛人形なのだが、特筆すべきは、その大きさだろう。人形一体、一体の大きさが幼稚園児くらいはあるのだ。それに従って、道具類もそれなりの大きさで、ロビーでかなりの広さを取って展示している。
「凄い迫力だねえ」
「古そう。どのくらいかな」
言いながら皆で見ていたら、いつの間にか近付いていた女将さんが、口を開いた。
「江戸時代の初めだそうです」
30代半ばくらいの上品な人だ。
「江戸時代……雛飾りを、お金持ちだけとはいえ、庶民も飾るようになったのが江戸時代くらいですよね」
真先輩が言う。
「はい。それまでは貴族の子女のものだったようです。
この雛温泉郷ではそれより前から雛飾りをする風習がありまして、平安時代にはそれこそ紙の人形を飾ったとか聞いております。3月はスタンプラリーも行っておりますから、是非、他の雛飾りもご覧下さい」
それで僕達はチェックインをして、部屋に案内された。
12畳程の和室で、スッキリとしている。ベランダからは、川と、川沿いに並ぶつぼみを付けた桜が見えた。
お茶を飲んで、置かれていたお菓子を食べ、夕方だしお風呂に行こうかと皆で立ち上がった。
ロビーに降りて、フロント前を横切って行った先が大浴場だ。内風呂2つ、サウナ、露天風呂は5種類あるらしい。
ロビーに降りて歩きながら、雛飾りを見る。
「直。あれ、大丈夫だよな」
僕はコソッと直に話しかけた。古い物にありがちな、念を感じる。代々の所有者のものだろうか。
「あるよねえ。まあ、悪い感じではないの、かな」
「今はな。でも、何か引っかかるんだよな」
「無事に済めばいいのにねえ」
「ああ。せっかくの記念旅行だもんな」
僕と直は、心の中でお雛様に頼んだ。
どうか平穏無事に旅行を楽しませて下さい、と。
「ここが雛温泉郷か」
物珍し気に辺りを見廻しながら、言った。
御崎 怜、大学3年生。高校入学直前、突然、霊が見え、会話ができる体質になった上、神殺し、神喰い、神生み等の新体質までもが加わった、霊能師である。面倒臭い事はなるべく避け、安全な毎日を送りたいのに、危ない、どうかすれば死にそうな目に、何度も遭っている。
「雛人形で有名なんだよねえ、ここ」
直が、キョロキョロとホームを見回す。
町田 直、幼稚園からの親友だ。要領が良くて人懐っこく、脅威の人脈を持っている。高1の夏以降、直も、霊が見え、会話ができる体質になったので本当に心強い。だがその前から、僕の事情にも精通し、いつも無条件で助けてくれた大切な相棒だ。霊能師としては、祓えないが、屈指の札使いであり、インコ使いでもある。
「お雛さんかあ。あれ、飾るん大変そうやなあ」
郷田智史。いつも髪をキレイにセットし、モテたい、彼女が欲しいと言っている。実家は滋賀でホテルを経営しており、兄は経営面、智史は法律面からそれをサポートしつつ弁護士をしようと、法学部へ進学したらしい。
「京都は男雛と女雛の位置が逆だとは聞いた事がありますけど、それ以外はあやふやですね」
水無瀬宗。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。霊除けの札が無ければ撮った写真が悉く心霊写真になってしまうという変わった体質の持ち主だ。背が高くてガタイが良くて無口。迫力があるが、心優しく面倒見のいい男だ。
「ケースに入った、セット済みのが便利ですよねえ」
高槻楓太郎。高校時代の1年下の後輩で、同じクラブの後輩でもあった。小柄で表情が豊かな、マメシバを連想させるようなタイプだ。
「あはは。確かにね。場所も取るしねえ」
真先輩が笑った。
南雲 真。1つ年上の先輩で、父親は推理作家の南雲 豊氏、母親は不動産会社社長だ。おっとりとした感じのする人で、怪談は好きなのでオカルト研究会へ入ってみたらしいのだが、合わなかったから辞めたそうだ。
この春真先輩が卒業となるので、心霊研究部員揃って、記念に旅行に来たのである。
雛温泉郷。雛祭りを売りにしている小さい温泉だ。3月中は『雛祭りスタンプラリー』として、旅館、寺、店などで飾られている雛飾りを見てスタンプを集めると、記念品がもらえるらしい。
改札を出ると、大きな記念写真用のパネルがあった。顔の所がくり抜かれている、アレだ。
「おお、お雛さんや」
「記念に撮りましょうか」
PRのたすきを掛けたミス雛温泉と準ミス雛温泉2人の3人トリオが、にこやかに話しかけて来る。
「そうだねえ。じゃあ、やっぱり真先輩がお内裏様だよねえ」
言われて、真先輩がお内裏様の裏に行く。
後は、3人官女と5人ばやしだ。僕達は5人ばやしにして、3人官女は、ミス雛温泉、準ミス雛温泉の3人、お雛様は、出迎えの雛温泉女将代表に入ってもらった。
「何か、嬉しいなあ」
礼を言って旅館へ向かいながら、真先輩はにこにこしている。
「こういうのって、良いですよねえ」
あの出迎えの4人は、こういう人数合わせの意味もあるらしい。これで足りなければ、売店の人や駅員さん、旅館の送迎バスの運転手、観光協会の職員がサッと集まるそうだ。観光地として、徹底してるな。
「結局は、地元の人とのふれあいとかサービスが、集客の鍵なんや」
智史は感心している。僕達は、智史の実家の家業に対する熱意にも感心するところだ。
ほんの5分も歩くと予約しておいた旅館「千代の家」に着く。
ここで雛温泉郷の真ん中辺りになるので、この雛温泉郷が小ぢんまりしているのがよくわかる。
落ち着いた感じの3階建ての建物で、和モダンというやつだ。玄関から入ると、正面に雛段が飾られているのがまず目に入る。
「うやあ、立派だなあ」
感嘆の声を上げて、まず見に近寄った。
7段飾りの雛人形なのだが、特筆すべきは、その大きさだろう。人形一体、一体の大きさが幼稚園児くらいはあるのだ。それに従って、道具類もそれなりの大きさで、ロビーでかなりの広さを取って展示している。
「凄い迫力だねえ」
「古そう。どのくらいかな」
言いながら皆で見ていたら、いつの間にか近付いていた女将さんが、口を開いた。
「江戸時代の初めだそうです」
30代半ばくらいの上品な人だ。
「江戸時代……雛飾りを、お金持ちだけとはいえ、庶民も飾るようになったのが江戸時代くらいですよね」
真先輩が言う。
「はい。それまでは貴族の子女のものだったようです。
この雛温泉郷ではそれより前から雛飾りをする風習がありまして、平安時代にはそれこそ紙の人形を飾ったとか聞いております。3月はスタンプラリーも行っておりますから、是非、他の雛飾りもご覧下さい」
それで僕達はチェックインをして、部屋に案内された。
12畳程の和室で、スッキリとしている。ベランダからは、川と、川沿いに並ぶつぼみを付けた桜が見えた。
お茶を飲んで、置かれていたお菓子を食べ、夕方だしお風呂に行こうかと皆で立ち上がった。
ロビーに降りて、フロント前を横切って行った先が大浴場だ。内風呂2つ、サウナ、露天風呂は5種類あるらしい。
ロビーに降りて歩きながら、雛飾りを見る。
「直。あれ、大丈夫だよな」
僕はコソッと直に話しかけた。古い物にありがちな、念を感じる。代々の所有者のものだろうか。
「あるよねえ。まあ、悪い感じではないの、かな」
「今はな。でも、何か引っかかるんだよな」
「無事に済めばいいのにねえ」
「ああ。せっかくの記念旅行だもんな」
僕と直は、心の中でお雛様に頼んだ。
どうか平穏無事に旅行を楽しませて下さい、と。
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