体質が変わったので

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終わらない肝試し(1)廃病院

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 車を下りると、風もなく、じっとりと暑い。コンクリートで舗装された前庭は所々割れ、その向こうに薄汚れた建物が立っている。
「雰囲気あるなあ」
 声を潜めながら、真佐木が辺りを見回した。
 懐中電灯の光が及ばない向こうには背の高い木が植えてあり、茂った葉や重なった枝が、意味のある形にも見えてしまう。かつての花壇は雑草ばかりが生い茂り、ビニールの袋や空き缶がその間に突っ込まれていた。
「これが廃病院ってやつか」
 杵山は好奇心いっぱいの声を上げ、建物を見上げている。
「どうせただの廃業した病院だろ?」
 臼田はそう言い、腕にとまった蚊をパチンと叩いた。
 赤嶺はそんな友人達を見て、いたずら心を起こした。脅してやれ、と。
 彼らはファミリーレストランに勤めるアルバイト仲間で、仕事が終わった後、お盆と言えば幽霊だろうと言い出し、出そうな感じの廃病院があるので行ってみないかという話になり、来たのだ。
「いるな」
「え?」
 赤嶺が言うと、真佐木が訊き返した。
「4階の窓から、今、誰かが見下ろしてた」
 一拍置いて、臼田は笑う。
「見間違いだろう?」
「いや、早く行ってみようぜ!」
 杵山は走り出しそうな勢いで言う。
「大丈夫か?ここ、何か噂があるのか?」
 皆でゆっくりと歩いて建物に入りながら、真佐木が訊く。
 赤嶺はなるべく厳かな声で答えた。
「守衛室に座り続けている守衛さん」
 ちょうどすぐ隣に守衛室があり、真佐木がびくっとした。
「巡回する看護師に、退院できなかった患者。この患者は、時々来た人の車に一緒に乗ってついて来るんだとか。あとは、小児科病棟の子供。遊んでくれっていうらしい。それから手術室の霊。交通事故に遭った人で、足りなくなったパーツをくれって追いかけて来るそうだぜ。
 ああ。帰宅してから、電話がかかる事があるんだって。『次回の予約はいつにしましょうか』ってな」
 真佐木の持つ懐中電灯の光が、せわしなくあちこちを照らす。
「よくある話だな」
 臼田がそう言うが、杵山は楽しそうに辺りをキョロキョロとして、
「上から順に行く?下から?」
と言いながら、方々にカメラを向けている。
「ま、上から行くか」
 4人はかたまって階段を上り始めた。
 壁にはポスターや献立表が残り、破れてぶら下がっている。ナースステーションには何かわからないが書類が残り、使いさしの薬やハサミなどが放置されていた。病室を覗くと、ぶら下がったカーテンが破れたりして、物悲しい。
「え。風もないのに何でカーテンが揺れてるんだ?」
 指さした先で、カーテンがわずかに揺れていた。
「あれ!?」
 不意に廊下の向こうを指さして赤嶺が声を張り上げ、皆でそちらを見る。
「何もないじゃないか」
 臼田が言うのに、赤嶺が答えた。
「今、白い影が見えたんだ。入院患者かも」
「あ、何の音だ?」
 キィ、キィ、と音がする。
 皆でその音の発生源を探すようにしながら、何の音か思い出そうとする。
「これは、看護師か。ワゴンを押しながら巡回してるんだよ」
 赤嶺が尤もらしく言い、杵山は興奮した様子で辺りを探す。
「どこ?どこ?赤嶺見えるんだろ?ユタの家系なんだろ?」
 従兄弟にユタが出た事は確かだが、赤嶺には何の能力もない。
 しかし、
「角の向こうだ」
と赤嶺は背後を指さした。
 確かに、音はそちらから聞こえて来る。
「行ってみるか」
 臼田がそちらに行こうとするので、赤嶺が止めた。
「やめとけよ。鉢合わせしたらロクな事にならないぞ。次に行こう」
 その調子で、彼らは建物内を探索して歩いた。
 やがてくまなく建物内を練り歩き、彼らは車に戻ると、駅近くのコンビニの駐車場で車をとめて、そこで別れたのだった。
 赤嶺は1人家に向かいながら、思い出し笑いをした。真佐木は終始ビクビクとし、杵山はちょっとした物音や影をそれっぽくこじつけて解説してみせると喜び、臼田はあまり信用してないらしかったが、たまたまポケットに入っていた折り鶴を車に乗せておいたら口数が少なくなった。
 しかし、笑っていられるのも今の内だったとは、後で知る事になる。
 肝試しは、まだ、終わってはいなかったのだと。



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