体質が変わったので

憎しみと恋しさの間（３）理想像

　村だった所は現在は町になってはいたが、住人の数は少ない集落だった。
　寺は古く、境内の一部に墓が立ち並んでいる。その一角に供養碑があり、それは須藤の犠牲者を祀ったものらしい。
　鉈は本堂の中の大日如来像の床下にあった。
「この鉈……」
「犠牲者達、だねえ」
　鉈には、怯え、痛み、怒り、蔑み、そんな声を上げるものがこびりついていた。
　すぐに付近の住民を集めて結界で覆い、陰陽部のメンバーを付けておく。
　そして残りで、寺を包囲するように身を潜めて待機した。
　やがて、気配が近付いて来た。

　　　　　ドコダ　オレノ　ナタ
　　　　　カアチャンハ　ドコダ

　言いながら近付き、庭に置いた鉈の入った箱に近付く。

　　　　　コンナトコロニ　アッタ

　箱に近付く須藤を囲むように、札が起動する。
　驚く須藤の前に出た。
「須藤捨男ですね」

　　　　　ケイサツカ　オレハワルクナイ
　　　　　ハハオヤシッカクノオンナハ　イラナイ

　須藤が胸元に手をやるのと同時に、鉈を入れた箱がカタカタと音を立て始める。

　　　　　産み捨てられたやつが
　　　　　グズのくせに
　　　　　何をやらせてもうまくできないうすのろめ
　　　　　母親も知らないくせに何が母じゃないさ

「話を聴きたい。
　河原健二受刑者を殺害したのはあなたで間違いないですか」

　　　　　カアチャン　ドコダ
　　　　　アンナオンナ　カアチャンジャナイ
　　　　　カアチャンニ　ナレナイ　シタライケナイ
　　　　　カアチャンハ　ヤサシイモノ　キレイナモノ
　　　　　
　須藤は胸元から人形を出した。優しい顔の博多人形だ。これに須藤が憑いていたのだ。須藤家に飾ってあったもので、なぜ須藤がこれに憑いていたのかはわからなかった。
「その人形は、理想の母親だったんですか」

　　　　　カアチャンハ　キット　コンナフウニ
　　　　　キレイデ　ヤサシイ

　須藤が人形に憧憬とも愛情とも執着ともつかないような目を向けていると、鉈の箱の封印がパンと弾けた。

　　　　　ナンデ　ワタシガ
　　　　　アイツモコロセ　シネ

　その声に誘われるように、須藤は鉈を握った。その途端、実体を持ち、強力になる。
「須藤と鉈と人形、こういう関係だったのか」
　直も、唸るように言う。
「それに人形って、須藤にとっては、母親の代わりだったんだねえ」
「理想の母親は、きれいで優しい。なのに現実の女性は、自分を捨て、虐げ、バカにする。そんな女性を母親にしたらいけない。それが動機だったんだな」
「動機、仕返しを始めたらそれに快楽を覚えるようになったからって言われてたもんねえ」
　僕と直は、やっとわかった本当の動機に、気持ちが重くなった。
　須藤のした事、しようとしている事を、認める気には到底なれないが。
「終わりにしよう。このままでは不幸が続くだけだ。
　さあ、逝こうか」
「はいよ」
　僕は刀を出し、直は札を構える。そして須藤は、咆哮をあげた。

　　　　　ミトメナイゾ
　　　　　ヤサシイオンナイガイ　イラナイ
　　　　　オレノカアチャンハ　ドコ
　　　　　コロセ　コロセ　モットコロセ

　暴れる須藤を、自分達だけが犠牲になるのを良しとしない犠牲者達がサポートする。とんでもない協力体制だ。
　ここにいるのは男だけで、須藤達は苛立っているようだ。手足を振り回し、犠牲者達は僕にも直にも飛び掛かって来る。
「うわわっ！」
「直！？」
　そちらを祓おうとすると、須藤が鉈を振り下ろして来る。
「大丈夫か、直！？」
「来たのは縛っておくから、大丈夫だよう！」
　直は襲って来る犠牲者の霊を、札で縛って行く。大丈夫らしい。
　じゃあ僕はこっち担当だ。
　そう思って須藤に斬りつけようとした時、人形から念が溢れて須藤を守った。
「ん？」
　人形をよく視る。
「あれ、人形に念が生じてるのか？」
「だよねえ？須藤の憧れとかで、なったのかねえ？」
「みたいだな」
　人形は須藤の気持ちを一身に受け、力を持ってしまっていたらしい。須藤を母親として守るような人格だろうか。

　　　　　この子は傷付けさせない
　　　　　私とこの子の信頼は　誰にも傷つけさせない

　人形と須藤が重なるようになって、こちらを睨みつけていた。
　それはまさに、子供を守る母親に見えた。