体質が変わったので

JUN

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連鎖(2)母子

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 古くて小さな木造アパートだった。三船親子が住んでいるのは1階の端で、横も裏も細い路地を挟んですぐ隣の家の壁があり、部屋に日は入りそうにない。
 玄関の前には古くて錆びた子供用の補助輪付き自転車が置いてあるが、マジックで書かれた『やすだけいご』という文字を線で消して、『みふねあきと』と書き直してあった。
 まずは、外から窺う。
 今日は勤務の時間の都合で、まだ幸恵は家にいるはずだ。
 卵焼きの匂いがする。
 と、ガチャンと何かが倒れる音がして、そのキンキンとした声が外まで聞こえて来た。
「もう!どうしてちゃんと持てないの!用事を増やさないでよ!お母さんは忙しいんだから!それとも、嫌がらせしてるの!?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「落とさないでしっかりコップを持てって言ったわよね!?」
「言った、ごめんなさい。もう落としません。ごめんなさい」
 そして、パチンと叩くような音がする。
 それでもう十分と、僕はドアをノックした。
「三船さん。よろしいですか」
 物音がして、ドアが開けられた。
 出て来たのは、化粧気のない、疲れた顔の女性だった。
「はい?」
「三船幸恵さんですか」
「そうですけど」
 ぶっきらぼうで、およそ、愛想も感情もなさそうな表情と声音だ。
 そして、三船幸恵さんなら24歳の筈なのに、どう見ても30歳過ぎにしか見えなかった。
「警視庁陰陽部の御崎と申します」
「同じく町田と申しますぅ」
 僕達が小声で言いながらバッジを見せると、流石にやや、ギョッとしたような顔をした。
「失礼します」
 狭い玄関に入り、ドアを閉める。
 玄関を入ってすぐは6畳ほどのダイニングキッチンで、奥に6畳間がある。そのダイニングキッチンの床に麦茶が広がり、ガラスのコップの破片が散らばっていた。
 そのそばで体を小さくしているのが明人君だろう。
「ああ。危ないから、ガラスに触らないで。
 先にそっちを片付けて下さっていいですよ」
 言うと、幸恵さんは思い出したようにそちらを見、布巾を手にして、
「明人。そっちに行ってなさい」
と言い、明人君はオドオドと怯えたような顔をして幸恵さんをチラチラと見ながら、奥の部屋へ行った。
 幸恵さんは床の上に散ったガラスの破片を布巾で集めて大きい破片の中に小さい破片を入れると、布巾を絞ってから拭き直し、洗ってから拭き直した。
 そんな幸恵さんの背後から、見下ろすようにして女の霊が幸恵さんのする事を見ていたが、スッと気配を弱めた。
「どうぞ」
 幸恵さんに言われて、僕と直は家に上がった。
 明人君は奥の部屋で膝を抱えて大人しく座っているが、幸恵さんが動くのを時々窺うように見ている。
「ええっと。明人君。お母さんがお話してる間、ボクと遊んでくれるかねえ?」
 打ち合わせ通り、直は明人君を注意をそらして、遊び出した。それを見てから、僕は本題に入る。
「怖い顔をした女の霊が出る。そう相談を受けまして、視に来ました」
 幸恵さんは怪訝そうな顔になった。
「女の霊?ここに?」
「はい。確かにここにいます。さっきまであなたを睨むように見ていたんですが、今は気配を弱めています」
「何で!?今もいるんですか!?」
「はい」
 幸恵さんは落ち着きなく、周囲をキョロキョロと伺った。
「それと、担当の課は別なんですが、明人君に手をあげていますね」
 幸恵さんはギクリとしたように目を見開き、視線を泳がせた。それから、俯いて嘆息する。
「つい、イライラして。忙しいし、お金は無いし。なのに、用事ばっかり増やすし、うるさいし、こっちを見るし」
 声に、涙が混じる。
「どうしていいかわからないんです」
「明人君の父親から、養育費は?」
「最初のうちは何度か。でも、不況だとか、再婚して子供ができたから苦しいとかで、全然」
 それを聞いて、ムッとした。
「もらわないとダメですよ。再婚相手との子供も明人君も、同じく子供なんですから。弁護士を紹介します。同期のやつで、こういう話には強いですから。
 誰か、相談できる人はいなかったんですか」
「いません」
 その時、ドアが乱暴に開けられて、幸恵さんも明人君も、ビクリと体をすくませた。


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