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第三章~新妻扱編~
082 もふもふ仲間
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フェルディナンもツェザーリも二人とも流暢な上流階級の話し方をしていても中身はまるで子供だった。先程から子供の口喧嘩レベルの会話を飽きもせずに延々繰り返している。
「あのぉ~二人とも……?」
バチバチと火花が見える位に好戦的なやり取り(ただの口喧嘩)をそろそろ止めなければと遠慮がちに間に割って入ると、フェルディナンは即座にツェザーリとの会話を切り上げた。
面倒な相手とのやりとりよりも妻の方を当然と優先するフェルディナンの変わり身の早さに驚いて瞬いていたら頬を指先で軽くすりすりされた。そうして自身の膝上に大人しく座っている妻の方へ視線を戻したフェルディナンは、先程までの口喧嘩が嘘のように改まった大人の口調で話掛けてくる。
「……兎に角そういうことだ。獣人の国と神の国はいずれ何らかの形で統合していくことになるが、今の所急に何かが変わるようなことはない」
「そうなの……?」
さっきまでやんちゃな子供のようにツェザーリと好戦的なやり取り(口喧嘩)を繰り広げていたと思ったら、急に真面目な顔に戻って私の顔を覗き込んでくる。
男の人って何時までも中身は子供のまんまってよく聞くけど……これがそう言う事なのかな?
不思議と悟りでも開いたような気分になる。
「月瑠様、陛下に獣王の地位はお譲りしましたが、当面は私が陛下の代理として獣人の国を統治します。立場は変わりましたがしていることは今までとそう大差ありませんので、国の混乱を招くような事態にはならないかと」
「ツェザーリ様……」
フェルディナンに続いてツェザーリまでもが話に加わってくる。どうやら私はよっぽど不安な顔をしていたらしい。
「そういうことだ。私達が平気だと言っているのだから月瑠がそれ程気に病むことではない」
「……でも、フェルディナン達がどんなに平気だって言ってくれてても、それがとっても大変なことだってこと位わたしにも分かるもの……」
間接的とはいえ、マタタビ欲しさにまた大規模な事をやらかしてしまった罪悪感にシュンッと項垂れていたから、私の背中や頭を優しく撫でているフェルディナンとツェザーリが目配せをしていた事に私は気付かなかった。
それに、なるべく私の心に負担を掛けないようにフェルディナンが柔らかい口調で話し掛けてくれるのはいいのだけれど。ちょっと過保護な気がしてむず痒い。それも人前だから余計に恥ずかしくてフェルディナンの胸元でもぞもぞとぎこちなく動いていたら彼にくすっと笑われた。
「――気にしなくていい」
分かったな? と言われてコクリと小さく頷くとまた頭を撫でられた。
それにしても、妊娠が発覚してからというもの。人前でもところ構わずなのは元より、以前にも増して場所を選ばず始終甘やかし放題になってしまった夫の行動をどうしたものかと私は真剣に悩んでいた。こうして顔をムーッと顰めながらも、何も言えずに大人しく頭をなでなでされる構図が定番になりそうで困る。困るけれど気持ちいいからなでなではされたい。
その矛盾に葛藤していたら眉間に出来た皺を指先でトンッと軽く突かれた。
「きゃっな、なに? フェルディナン?」
「気にしなくていいと言っているそばから難しい顔をして……まったく懲りない人だな。今度は何を考えているんだ? あまり心に負担を溜め込むな。身体にもよくない」
「溜め込んでなんてなぃもの……」
「嘘を付くな」
即座に否定されても視線を逸らして知らぬ存ぜぬを私は貫き通した。
子供が出来たと分かった途端、以前よりも甘やかす度合いが強くなった夫に「甘すぎる!」と文句の1つも言いたいのに言えないのには理由がある。
フェルディナンの腕の中は一度入ってしまうと気持ち良すぎて、そこから自力では出られなくなりそうなくらい魅力的な場所だ。花の蜜に誘われて飛んでくる蝶々のように、その場所の甘い蜜をずっと吸っていたい。その場所を失いたく無くないから言えない。というのが私の本心で。結局は何だかんだで私も甘やかされるのを容認してその中にどっぷりと浸かってしまっていたということだった。
そこまで浸かっているのだからいい加減意地を張るのを止めればいいのにそうすんなりとはいかない。このまま甘やかされ続けると人間として駄目になりそうで不安になる部分はやっぱり捨てきれなくて、負けるもんか! と、どうしても意地っ張りな部分が邪魔をする。
結局、最後はどんなに意地を張ってもフェルディナンに押されて流されて、甘えきってしまうのだが。それでも誘惑には屈しない体を装い半眼でむんっと頑張って不機嫌な顔を維持していたら今度はツェザーリにくすくす笑われてしまった。
「本当に月瑠様はお可愛らしい方ですね」
「いえ、あのぉ……」
なかなか素直になれなくて意地を張っているところを可愛いと言われても……と、またひねたことを考えてしまった。そういう素直じゃないところも含めてツェザーリの目に私が可愛く映っているのだとしたら。ツェザーリはフェルディナン同様、実のところ相当世話好きな人なのかもしれないなと思った。
フェルディナンは一度懐に入れてしまった人は手放さないし、決して見捨てない。周りの人達のことを面倒臭いとかいいながらも何故か私の面倒はよく見ようとする。
思えば獣人化した時。ツェザーリの部屋に何の断りもなく現れた私をツェザーリは咎めることもなくちゃんと話を聞いてくれた。冗談をいって面白そうに笑っていたし。泣き疲れて眠ってしまった私をベッドに運んで休ませてくれた。
「ツェザーリ様ってもしかして世話好きですか? 獣人化したときよくしてくれたし……あっ! もしかして猫好きだったからあんなによくしてくれたの?」
「いえ、そういう訳ではないのですが。でも確かに猫は好きですよ? 私も一応ネコ科ですから」
そう言うツェザーリの容姿は確かに猫の形状を有している。透けるように綺麗な光を放つ黄金の髪と瞳に、猫のような形状の耳と尻尾は金と黒と白の縞模様のもふもふ。これは何処からどう見ても――
「……ツェザーリ様って虎の獣人ですよね?」
「はい、それがどうかされましたか?」
「あのぉ今度尻尾と耳、触らせてほし……」
「――もう用は済んだだろう? 貴殿もエレン同様、早々に帰還された方がよいのではないか?」
私が皆まで言う前にフェルディナンが口を挟んだ。また懲りもせずにもふもふを触ろうとしている私にちょっとだけ怖い顔を向けると。嫉妬を露にフェルディナンはひらひらと手を振ってツェザーリを国へ追い返そうとした。
「ええ、そうさせて頂きます。ですがその前に1つだけ心残りが……」
ツェザーリはさっさと帰れと言わんばかりのフェルディナンの高圧な態度にも動じない。落ち着いた物腰なのは変わらず。けれど何やら思い入れのありそうな様子で私をジッと見ている。
「ツェザーリ様……?」
「あの時の……月瑠様が獣人化したお姿をもう一度拝見したかったですね。たいそうな美猫でしたから」
それを聞いて私は思わずポンッと手を叩いた。
「あっ! じゃあわたしが獣酢を飲んで獣人化した時はわたしの尻尾と耳触ってもいいので、代わりにツェザーリ様の尻尾と耳を触らせて……」
「月瑠っ!」
「きゃんっ!」
駄目だとフェルディナンが首を横に振る。妊娠したと分かってから初めて、強くはないが怒られた。
「……でもっあのっもふもふが~!」
「駄目だと言っている」
「良いじゃない交換条件で触りっこなら一方的じゃないし」
「冗談言うな」
「フェルディナン~!」
「…………」
もふもふ好きの仲間が増えたと喜んでの提案を却下されて最後は無言を通された。ムーッとフェルディナンの胸元で不機嫌になっている私を尻目に、ツェザーリは口元に笑みを忍ばせて獣人の国へ帰って行った。
*******
――そうしてツェザーリとの話が終わり一段落付いた所で休憩がてら部屋に戻ると、案の定お小言が待っていた。と言っても形式ばったものではなく。一緒にソファーの上でのんびりと身体を横たえながら後ろから抱きしめられている格好だったので正直なところあまり効果はない。
「君は手癖が悪くて困る」
「……えっ? あのぉ手癖って……」
確かにもふもふを見ると誰彼構わず触ろうとしちゃうけど。手癖が悪いとは初めて言われた。今まで生きてきた人生の中でもそんな風に言われた事は一度もなかった。
「違うのか?」
手を掴まれて唇を当てられる。こうしてたわい無い会話をいる時ですらフェルディナンは優しく触れてくる。その指先の温もりと背中越しに感じるフェルディナンの力強い鼓動の心地よさにどうしても眠くなってきてしまう。
そうしてちょっとだけうとうとし始めた私の様子を愛おしそうに眺めながら、フェルディナンは私の首筋に顔を埋めてそこを優しく吸った。
「んっ……そうだけど。でも、ね? もふもふしたぃの……」
フェルディナンの熱をもっと感じたい。抱き締められている腕の中で寝返りを打ってフェルディナンの胸元に顔を擦り寄せる。するとふわっと大人の成熟した男性が付ける上質なコロンのような良い香りがしてきて、思わずほわ~んと表情が緩む。もう少しで眠りに落ちそうになる寸でのところで、私は次のフェルディナンの言葉にびっくりしてすっかり目を覚ましてしまった。
「そんなに毛玉を触りたいなら猫か犬でも飼っていい。だから他人の耳と尻尾を触るのは止めなさい」
「――けっ毛玉っ!?」
獣人を毛玉呼ばわりした夫にびっくりして眠気が吹っ飛んだ。目をまん丸くして思わず声を大きくしてしまう。
「あのっいくらなんでもそれはあんまりなんじゃ……」
「毎回毎回毛玉に気を取られる君が悪い」
「毛玉……」
まさか嫉妬から獣人を毛玉呼ばわりし始めるとは。これはいよいよ不味い気がする。私の長い黒髪を梳きながらフェルディナンは完全にいじけていた。
確かに私は毎回獣人を見かける度にもふもふしたいと尻尾と耳に気を取られてフェルディナンそっちのけで口説き落とそうとしていた。そして挙句の果てには触ろうと毎回交渉を持ちかけるものだから、独占欲が強くて嫉妬深いフェルディナンが拗ねるのも無理はない。
「でもフェルディナンには尻尾と耳ないし……」
完全にずれた論点を提示するとフェルディナンはあからさまにムッとした。
「そんなに尻尾と耳をご所望なら今度は俺が獣酢を飲んで獣人化するか?」
「……へ?」
フェルディナンが獣人化する? それは見てみたい以前に何やら色々と物騒な気がした。獣人化したフェルディナンの性欲の強さに圧倒されて、多分、妊娠していなかったら壊れるんじゃないかと思うくらいに抱き潰されそうだ。それもただでさえ元々体力の底が見えない人なのにそんなことになったら……
もふもふ出来る以前に違う意味で怖い。
「いっ――いいっ!」
全力で首を横に振って否定した。というかここまで来ると感情的には拒否に近い。
「……どうしてそんなに嫌がるんだ?」
普段なら獣人というだけで表情も口調も雰囲気さえも緩めに緩めてもふもふを求めるのに。フェルディナンが獣人化すると言い出したら途端に拒絶したのだから不審がられても仕方ない。
「嫌がってないっ!」
「そうなのか……?」
「フェルディナンはいいの! そのままでいいからっ! ホント、無理はしないで! 綺麗なありのままのフェルディナンでいてっ!」
――主に私のために。という部分は勿論すっ飛ばす。というか途中から言葉が何やら色々と可笑しなことになっているが気にしている余裕はない。
「無理などしていないが……」
「でも毛玉だよ?」
「あ、ああ……そうだ、な……」
よく分からないままフェルディナンは私の勢いに圧され始めていた。
「……だがあんなに獣人を好いているのにどうして毛玉呼ばわりし出したんだ?」
ギクリと身が強張る。引きつった笑顔を見せる訳にはいかなくて俯きがちに顔をそらす。
「そのことはいいの! あっそれよりもわたし今は人間のフェルディナンとエッチしたい!」
「今日は随分と積極的なんだな……」
「そ、そうかな?」
「抱いている途中で欲しがる事はあっても、君からセックスをしたいと言い出すなんて滅多にないと思うが?」
フェルディナンは明らかに怪しんでいた。紫混じった青い瞳を細めて、こちらをジーッと凝視している。そうして不審な目を向けられても私はスルッと無視して気付かないふりをした。何とか誤魔化そうとその逞しい首筋に両手を回して自身の方へフェルディナンを優しく引き寄せる。
「た、たまにはわたしから誘うのもいいでしょ?」
「そうだな……」
「わたしとはエッチしたくない? するのやめる?」
「そんなことはないが……」
棒読みに返事を返しながら酷く怪しんでいるフェルディナンの視線から逃れる為に、その形の良い整った唇をハムッと甘噛みして何度も甘いキスを繰り返す。それからもう一度「する?」と聞くとフェルディナンは遂に情欲に負けて追求を断念した。コクリと頷いて少し悔しそうな表情を浮かべている。
「……分かった」
なるほど、男の人はこうやって落とすものなのね! と、当初の目的もそっちのけで私は半ば遊び感覚でフェルディナンを誘惑することに途中から熱中してしまっていた。今までは誘われるままに抱かれるか。強引に抱かれるか。よっぽど切羽詰まった状況でない限りそのどちらかばかりだったけれど。
子供のように返事を棒読みで繰り返すフェルディナンを誘ってその気になるように唇を重ねるのはなかなかに面白かった。それも、困った事に罪悪感を覚えるどころかこういう小悪魔的なことをするのも意外と楽しい、と言うことに私は気が付いてしまった。
「あのぉ~二人とも……?」
バチバチと火花が見える位に好戦的なやり取り(ただの口喧嘩)をそろそろ止めなければと遠慮がちに間に割って入ると、フェルディナンは即座にツェザーリとの会話を切り上げた。
面倒な相手とのやりとりよりも妻の方を当然と優先するフェルディナンの変わり身の早さに驚いて瞬いていたら頬を指先で軽くすりすりされた。そうして自身の膝上に大人しく座っている妻の方へ視線を戻したフェルディナンは、先程までの口喧嘩が嘘のように改まった大人の口調で話掛けてくる。
「……兎に角そういうことだ。獣人の国と神の国はいずれ何らかの形で統合していくことになるが、今の所急に何かが変わるようなことはない」
「そうなの……?」
さっきまでやんちゃな子供のようにツェザーリと好戦的なやり取り(口喧嘩)を繰り広げていたと思ったら、急に真面目な顔に戻って私の顔を覗き込んでくる。
男の人って何時までも中身は子供のまんまってよく聞くけど……これがそう言う事なのかな?
不思議と悟りでも開いたような気分になる。
「月瑠様、陛下に獣王の地位はお譲りしましたが、当面は私が陛下の代理として獣人の国を統治します。立場は変わりましたがしていることは今までとそう大差ありませんので、国の混乱を招くような事態にはならないかと」
「ツェザーリ様……」
フェルディナンに続いてツェザーリまでもが話に加わってくる。どうやら私はよっぽど不安な顔をしていたらしい。
「そういうことだ。私達が平気だと言っているのだから月瑠がそれ程気に病むことではない」
「……でも、フェルディナン達がどんなに平気だって言ってくれてても、それがとっても大変なことだってこと位わたしにも分かるもの……」
間接的とはいえ、マタタビ欲しさにまた大規模な事をやらかしてしまった罪悪感にシュンッと項垂れていたから、私の背中や頭を優しく撫でているフェルディナンとツェザーリが目配せをしていた事に私は気付かなかった。
それに、なるべく私の心に負担を掛けないようにフェルディナンが柔らかい口調で話し掛けてくれるのはいいのだけれど。ちょっと過保護な気がしてむず痒い。それも人前だから余計に恥ずかしくてフェルディナンの胸元でもぞもぞとぎこちなく動いていたら彼にくすっと笑われた。
「――気にしなくていい」
分かったな? と言われてコクリと小さく頷くとまた頭を撫でられた。
それにしても、妊娠が発覚してからというもの。人前でもところ構わずなのは元より、以前にも増して場所を選ばず始終甘やかし放題になってしまった夫の行動をどうしたものかと私は真剣に悩んでいた。こうして顔をムーッと顰めながらも、何も言えずに大人しく頭をなでなでされる構図が定番になりそうで困る。困るけれど気持ちいいからなでなではされたい。
その矛盾に葛藤していたら眉間に出来た皺を指先でトンッと軽く突かれた。
「きゃっな、なに? フェルディナン?」
「気にしなくていいと言っているそばから難しい顔をして……まったく懲りない人だな。今度は何を考えているんだ? あまり心に負担を溜め込むな。身体にもよくない」
「溜め込んでなんてなぃもの……」
「嘘を付くな」
即座に否定されても視線を逸らして知らぬ存ぜぬを私は貫き通した。
子供が出来たと分かった途端、以前よりも甘やかす度合いが強くなった夫に「甘すぎる!」と文句の1つも言いたいのに言えないのには理由がある。
フェルディナンの腕の中は一度入ってしまうと気持ち良すぎて、そこから自力では出られなくなりそうなくらい魅力的な場所だ。花の蜜に誘われて飛んでくる蝶々のように、その場所の甘い蜜をずっと吸っていたい。その場所を失いたく無くないから言えない。というのが私の本心で。結局は何だかんだで私も甘やかされるのを容認してその中にどっぷりと浸かってしまっていたということだった。
そこまで浸かっているのだからいい加減意地を張るのを止めればいいのにそうすんなりとはいかない。このまま甘やかされ続けると人間として駄目になりそうで不安になる部分はやっぱり捨てきれなくて、負けるもんか! と、どうしても意地っ張りな部分が邪魔をする。
結局、最後はどんなに意地を張ってもフェルディナンに押されて流されて、甘えきってしまうのだが。それでも誘惑には屈しない体を装い半眼でむんっと頑張って不機嫌な顔を維持していたら今度はツェザーリにくすくす笑われてしまった。
「本当に月瑠様はお可愛らしい方ですね」
「いえ、あのぉ……」
なかなか素直になれなくて意地を張っているところを可愛いと言われても……と、またひねたことを考えてしまった。そういう素直じゃないところも含めてツェザーリの目に私が可愛く映っているのだとしたら。ツェザーリはフェルディナン同様、実のところ相当世話好きな人なのかもしれないなと思った。
フェルディナンは一度懐に入れてしまった人は手放さないし、決して見捨てない。周りの人達のことを面倒臭いとかいいながらも何故か私の面倒はよく見ようとする。
思えば獣人化した時。ツェザーリの部屋に何の断りもなく現れた私をツェザーリは咎めることもなくちゃんと話を聞いてくれた。冗談をいって面白そうに笑っていたし。泣き疲れて眠ってしまった私をベッドに運んで休ませてくれた。
「ツェザーリ様ってもしかして世話好きですか? 獣人化したときよくしてくれたし……あっ! もしかして猫好きだったからあんなによくしてくれたの?」
「いえ、そういう訳ではないのですが。でも確かに猫は好きですよ? 私も一応ネコ科ですから」
そう言うツェザーリの容姿は確かに猫の形状を有している。透けるように綺麗な光を放つ黄金の髪と瞳に、猫のような形状の耳と尻尾は金と黒と白の縞模様のもふもふ。これは何処からどう見ても――
「……ツェザーリ様って虎の獣人ですよね?」
「はい、それがどうかされましたか?」
「あのぉ今度尻尾と耳、触らせてほし……」
「――もう用は済んだだろう? 貴殿もエレン同様、早々に帰還された方がよいのではないか?」
私が皆まで言う前にフェルディナンが口を挟んだ。また懲りもせずにもふもふを触ろうとしている私にちょっとだけ怖い顔を向けると。嫉妬を露にフェルディナンはひらひらと手を振ってツェザーリを国へ追い返そうとした。
「ええ、そうさせて頂きます。ですがその前に1つだけ心残りが……」
ツェザーリはさっさと帰れと言わんばかりのフェルディナンの高圧な態度にも動じない。落ち着いた物腰なのは変わらず。けれど何やら思い入れのありそうな様子で私をジッと見ている。
「ツェザーリ様……?」
「あの時の……月瑠様が獣人化したお姿をもう一度拝見したかったですね。たいそうな美猫でしたから」
それを聞いて私は思わずポンッと手を叩いた。
「あっ! じゃあわたしが獣酢を飲んで獣人化した時はわたしの尻尾と耳触ってもいいので、代わりにツェザーリ様の尻尾と耳を触らせて……」
「月瑠っ!」
「きゃんっ!」
駄目だとフェルディナンが首を横に振る。妊娠したと分かってから初めて、強くはないが怒られた。
「……でもっあのっもふもふが~!」
「駄目だと言っている」
「良いじゃない交換条件で触りっこなら一方的じゃないし」
「冗談言うな」
「フェルディナン~!」
「…………」
もふもふ好きの仲間が増えたと喜んでの提案を却下されて最後は無言を通された。ムーッとフェルディナンの胸元で不機嫌になっている私を尻目に、ツェザーリは口元に笑みを忍ばせて獣人の国へ帰って行った。
*******
――そうしてツェザーリとの話が終わり一段落付いた所で休憩がてら部屋に戻ると、案の定お小言が待っていた。と言っても形式ばったものではなく。一緒にソファーの上でのんびりと身体を横たえながら後ろから抱きしめられている格好だったので正直なところあまり効果はない。
「君は手癖が悪くて困る」
「……えっ? あのぉ手癖って……」
確かにもふもふを見ると誰彼構わず触ろうとしちゃうけど。手癖が悪いとは初めて言われた。今まで生きてきた人生の中でもそんな風に言われた事は一度もなかった。
「違うのか?」
手を掴まれて唇を当てられる。こうしてたわい無い会話をいる時ですらフェルディナンは優しく触れてくる。その指先の温もりと背中越しに感じるフェルディナンの力強い鼓動の心地よさにどうしても眠くなってきてしまう。
そうしてちょっとだけうとうとし始めた私の様子を愛おしそうに眺めながら、フェルディナンは私の首筋に顔を埋めてそこを優しく吸った。
「んっ……そうだけど。でも、ね? もふもふしたぃの……」
フェルディナンの熱をもっと感じたい。抱き締められている腕の中で寝返りを打ってフェルディナンの胸元に顔を擦り寄せる。するとふわっと大人の成熟した男性が付ける上質なコロンのような良い香りがしてきて、思わずほわ~んと表情が緩む。もう少しで眠りに落ちそうになる寸でのところで、私は次のフェルディナンの言葉にびっくりしてすっかり目を覚ましてしまった。
「そんなに毛玉を触りたいなら猫か犬でも飼っていい。だから他人の耳と尻尾を触るのは止めなさい」
「――けっ毛玉っ!?」
獣人を毛玉呼ばわりした夫にびっくりして眠気が吹っ飛んだ。目をまん丸くして思わず声を大きくしてしまう。
「あのっいくらなんでもそれはあんまりなんじゃ……」
「毎回毎回毛玉に気を取られる君が悪い」
「毛玉……」
まさか嫉妬から獣人を毛玉呼ばわりし始めるとは。これはいよいよ不味い気がする。私の長い黒髪を梳きながらフェルディナンは完全にいじけていた。
確かに私は毎回獣人を見かける度にもふもふしたいと尻尾と耳に気を取られてフェルディナンそっちのけで口説き落とそうとしていた。そして挙句の果てには触ろうと毎回交渉を持ちかけるものだから、独占欲が強くて嫉妬深いフェルディナンが拗ねるのも無理はない。
「でもフェルディナンには尻尾と耳ないし……」
完全にずれた論点を提示するとフェルディナンはあからさまにムッとした。
「そんなに尻尾と耳をご所望なら今度は俺が獣酢を飲んで獣人化するか?」
「……へ?」
フェルディナンが獣人化する? それは見てみたい以前に何やら色々と物騒な気がした。獣人化したフェルディナンの性欲の強さに圧倒されて、多分、妊娠していなかったら壊れるんじゃないかと思うくらいに抱き潰されそうだ。それもただでさえ元々体力の底が見えない人なのにそんなことになったら……
もふもふ出来る以前に違う意味で怖い。
「いっ――いいっ!」
全力で首を横に振って否定した。というかここまで来ると感情的には拒否に近い。
「……どうしてそんなに嫌がるんだ?」
普段なら獣人というだけで表情も口調も雰囲気さえも緩めに緩めてもふもふを求めるのに。フェルディナンが獣人化すると言い出したら途端に拒絶したのだから不審がられても仕方ない。
「嫌がってないっ!」
「そうなのか……?」
「フェルディナンはいいの! そのままでいいからっ! ホント、無理はしないで! 綺麗なありのままのフェルディナンでいてっ!」
――主に私のために。という部分は勿論すっ飛ばす。というか途中から言葉が何やら色々と可笑しなことになっているが気にしている余裕はない。
「無理などしていないが……」
「でも毛玉だよ?」
「あ、ああ……そうだ、な……」
よく分からないままフェルディナンは私の勢いに圧され始めていた。
「……だがあんなに獣人を好いているのにどうして毛玉呼ばわりし出したんだ?」
ギクリと身が強張る。引きつった笑顔を見せる訳にはいかなくて俯きがちに顔をそらす。
「そのことはいいの! あっそれよりもわたし今は人間のフェルディナンとエッチしたい!」
「今日は随分と積極的なんだな……」
「そ、そうかな?」
「抱いている途中で欲しがる事はあっても、君からセックスをしたいと言い出すなんて滅多にないと思うが?」
フェルディナンは明らかに怪しんでいた。紫混じった青い瞳を細めて、こちらをジーッと凝視している。そうして不審な目を向けられても私はスルッと無視して気付かないふりをした。何とか誤魔化そうとその逞しい首筋に両手を回して自身の方へフェルディナンを優しく引き寄せる。
「た、たまにはわたしから誘うのもいいでしょ?」
「そうだな……」
「わたしとはエッチしたくない? するのやめる?」
「そんなことはないが……」
棒読みに返事を返しながら酷く怪しんでいるフェルディナンの視線から逃れる為に、その形の良い整った唇をハムッと甘噛みして何度も甘いキスを繰り返す。それからもう一度「する?」と聞くとフェルディナンは遂に情欲に負けて追求を断念した。コクリと頷いて少し悔しそうな表情を浮かべている。
「……分かった」
なるほど、男の人はこうやって落とすものなのね! と、当初の目的もそっちのけで私は半ば遊び感覚でフェルディナンを誘惑することに途中から熱中してしまっていた。今までは誘われるままに抱かれるか。強引に抱かれるか。よっぽど切羽詰まった状況でない限りそのどちらかばかりだったけれど。
子供のように返事を棒読みで繰り返すフェルディナンを誘ってその気になるように唇を重ねるのはなかなかに面白かった。それも、困った事に罪悪感を覚えるどころかこういう小悪魔的なことをするのも意外と楽しい、と言うことに私は気が付いてしまった。
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