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本編
18、お取り置き最終日②
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後を委任されたクリスの指示で、作業が再開された応接室に取り残されたヒルダは。身なりを整え。改めてその可愛いツインテールの頭をペコリと下げた。
「クィンホルスト卿、この度はリリヤ様のことでご迷惑をおかけしてしまい。誠に申し訳ございません」
「クリスでいいですよ。ヒルダ殿。それより殿下はここ最近随分と活発的になられたようで」
まるで天気の話でもしているような、にこやかな笑顔を崩さず。クリスは初見で見習いメイドのヒルダにも、他の補佐官と同じように接している。
相手が誰であれ侮らず。不遜な態度を取らない。よくある貴族の典型──我が物顔で親の権威を振りかざす、高慢で鼻持ちならないご子息とは少し違うようだ。
「ええ、まあ……」
祭典の準備を進める間は、面積の広い応接室が役所代わりに使われている。散見する資料と書類の山に囲まれた、物置小屋のような応接室で。クリスもヒルダも未だにオルグレンが退出した扉を眺めていた。
「リリヤ様は本当にすごいお方ですわね。わたくし幼少の頃よりオルグレン殿下のお屋敷に勤めさせて頂いておりますが、あんなに必死な殿下を見たのは初めてですわ」
「殿下は年齢の割りに物怖じしないし普段からあまり表情を変えない方だからね。驚くのも分かるよ。かくいう私も少し驚いた」
「クリス様もそう思われるのですか?」
「牢獄に鍵をかけるなというのが殿下のご意向とはいえ、あれだけ気軽に牢屋を抜け出す方を私は今まで見たことがない」
「……一応、仮の免罪符を渡されているとはお聞きしておりますけれど。何でも自ら牢獄にいることを選ばれたとか。出入り自由の牢獄暮らしなんて……わたくし、見たことも聞いたこともございませんわ」
感じのよいクリスに気立てのよいヒルダは馬が合うようだ。ため息混じりの余談に同士を得たと確信して。ヒルダの肩から自然、力が抜けた。
「殿下には刺激材料になって丁度良いのでは? 大人しすぎる面がおありの方ですから」
「ですがクリス様? リリヤ様の場合は何というか。その……刺激というよりも殿下の心臓にご負担が」
公にされていないそれを、ヒルダが声を潜めてこそっと耳打ちする。
信頼の厚いクリスはオルグレンが心臓を患っていることを知っている諸侯の一人だ。
「確かにあの方にも程というものを学んで頂かなくてはならないようだが。それも頃合いを見計らってキエロ殿が注意するのでは?」
「それはどうでしょう? キエロ様はあまりその……」
「なにか問題でも?」
「オルグレン殿下の健康面以外にはあまり関心がおありではないようなのです」
負担は負担でもこちらは色恋沙汰の方だから。直接的な意味が違う。キエロはきっと小指の先ほども興味を持たないに違いない。
「なるほどそれは困りましたね」
「それにしても、仮の免罪符を渡されているとはいえリリヤ様のあの行動力……わたくし感銘致しました」
「ヒルダ殿……感心する場所が違うのでは? むしろ私は行動の自由を白の魔女に約束されたという殿下の寛容さに驚きましたが」
「左様でございますわね……本当に。さすがオルグレン殿下。育ちが良くていらっしゃる」
頬に手を当て困ったわとヒルダが眉を寄せている。
三百歳を越える魔女と弱冠十六歳の年若き公子。果たして双方共に恋愛の駆け引きという言葉を知っているのだろうか。
◇◇◇◇
「今年の祭典の警備に当たることになったのはオルグレン殿下だってさ」
「へぇーそりゃあ若様も大変だね」
「黒の魔女様……お母君に任命されたにしても殿下はまだ十六だろう? 頭の切れる大変出来た方だとは聞いているけどさ。早すぎるんじゃあないのかねえ」
「白の魔女のこともあるし。殿下もお若くして大変なご苦労ばかりされて……」
「白の魔女といえば。免罪符を受けて今は殿下の延命に手を貸してるって話だよ?」
「えっ? そうなのかい? 何だってそんなまだるっこしいことっ! さっさと奪った命を返せばいいんじゃないのかね」
「さあー細かいことはさっぱりだけど、返せないってことは。白の魔女は殿下の命を消化しつくした後だとか」
「それって食べたってこ……」
「あははっ何いってんのさ。この人はもぉー馬鹿言ってんじゃないよっ」
「…………」
──ブルーベルベット通り、含有薬草店『命薬』。
問題の店の前でご婦人方の井戸端会議が始まってから早、一時間。リリヤは途方に暮れていた。
(うぅっ物凄く気まずい気分だわ……)
観光を有力な収入資源の一つとするサマースキル公国では、建築様式に厳しい制限がかかるよう制定されている。
町の外観を損なわぬよう。一律して門構えは同じ配色、資材、そして高さも一定の範囲内のものと決められており。
結果、統一された町並みは壮観を極め。四方八方、建ち並ぶ景色の美しさに。この国を訪れた人々は暫し足を止め、感嘆の声を上げずにはいられない。
そうして同系統の横文字の看板が並ぶ店の中でも。独特の書体で描かれた異国の文字の看板は特別目立つ。
(で、出るに出られない……)
四角い木箱が乱雑に積まれた狭い裏路地にこそっと隠れて。店と真向かいのそこから、自分とオルグレンの噂話に耳を傾ける。
なかなかの苦行にいい加減、げんなりしてきたリリヤの格好は。露出の多い衣服が普通の公国では不審そのものの、目深に被った丈の長いローブ姿。
公国にまるで馴染みのない観光客、もしくはたまたま立ち寄っただけの異国人とも見てとれるが。どちらにしても、怪しいが服を着て歩いているようなものだった。
(どうしたらいいのかしら……)
煮え切らず。
木箱の裏に隠れてまごついていたら。店の中から誰か出てきた。
店の前で噂話に花を咲かせている婦人方に何やら声をかけている。すると、何と言ったのか。にこやかな笑みを残して、婦人達が嬉しそうに次々と去って行くではないか。
(ん? あれって……)
人のいなくなった真向かいの通りから、指をちょいちょいと動かして。店から出てきた青年がリリヤを呼んでいた。
「クィンホルスト卿、この度はリリヤ様のことでご迷惑をおかけしてしまい。誠に申し訳ございません」
「クリスでいいですよ。ヒルダ殿。それより殿下はここ最近随分と活発的になられたようで」
まるで天気の話でもしているような、にこやかな笑顔を崩さず。クリスは初見で見習いメイドのヒルダにも、他の補佐官と同じように接している。
相手が誰であれ侮らず。不遜な態度を取らない。よくある貴族の典型──我が物顔で親の権威を振りかざす、高慢で鼻持ちならないご子息とは少し違うようだ。
「ええ、まあ……」
祭典の準備を進める間は、面積の広い応接室が役所代わりに使われている。散見する資料と書類の山に囲まれた、物置小屋のような応接室で。クリスもヒルダも未だにオルグレンが退出した扉を眺めていた。
「リリヤ様は本当にすごいお方ですわね。わたくし幼少の頃よりオルグレン殿下のお屋敷に勤めさせて頂いておりますが、あんなに必死な殿下を見たのは初めてですわ」
「殿下は年齢の割りに物怖じしないし普段からあまり表情を変えない方だからね。驚くのも分かるよ。かくいう私も少し驚いた」
「クリス様もそう思われるのですか?」
「牢獄に鍵をかけるなというのが殿下のご意向とはいえ、あれだけ気軽に牢屋を抜け出す方を私は今まで見たことがない」
「……一応、仮の免罪符を渡されているとはお聞きしておりますけれど。何でも自ら牢獄にいることを選ばれたとか。出入り自由の牢獄暮らしなんて……わたくし、見たことも聞いたこともございませんわ」
感じのよいクリスに気立てのよいヒルダは馬が合うようだ。ため息混じりの余談に同士を得たと確信して。ヒルダの肩から自然、力が抜けた。
「殿下には刺激材料になって丁度良いのでは? 大人しすぎる面がおありの方ですから」
「ですがクリス様? リリヤ様の場合は何というか。その……刺激というよりも殿下の心臓にご負担が」
公にされていないそれを、ヒルダが声を潜めてこそっと耳打ちする。
信頼の厚いクリスはオルグレンが心臓を患っていることを知っている諸侯の一人だ。
「確かにあの方にも程というものを学んで頂かなくてはならないようだが。それも頃合いを見計らってキエロ殿が注意するのでは?」
「それはどうでしょう? キエロ様はあまりその……」
「なにか問題でも?」
「オルグレン殿下の健康面以外にはあまり関心がおありではないようなのです」
負担は負担でもこちらは色恋沙汰の方だから。直接的な意味が違う。キエロはきっと小指の先ほども興味を持たないに違いない。
「なるほどそれは困りましたね」
「それにしても、仮の免罪符を渡されているとはいえリリヤ様のあの行動力……わたくし感銘致しました」
「ヒルダ殿……感心する場所が違うのでは? むしろ私は行動の自由を白の魔女に約束されたという殿下の寛容さに驚きましたが」
「左様でございますわね……本当に。さすがオルグレン殿下。育ちが良くていらっしゃる」
頬に手を当て困ったわとヒルダが眉を寄せている。
三百歳を越える魔女と弱冠十六歳の年若き公子。果たして双方共に恋愛の駆け引きという言葉を知っているのだろうか。
◇◇◇◇
「今年の祭典の警備に当たることになったのはオルグレン殿下だってさ」
「へぇーそりゃあ若様も大変だね」
「黒の魔女様……お母君に任命されたにしても殿下はまだ十六だろう? 頭の切れる大変出来た方だとは聞いているけどさ。早すぎるんじゃあないのかねえ」
「白の魔女のこともあるし。殿下もお若くして大変なご苦労ばかりされて……」
「白の魔女といえば。免罪符を受けて今は殿下の延命に手を貸してるって話だよ?」
「えっ? そうなのかい? 何だってそんなまだるっこしいことっ! さっさと奪った命を返せばいいんじゃないのかね」
「さあー細かいことはさっぱりだけど、返せないってことは。白の魔女は殿下の命を消化しつくした後だとか」
「それって食べたってこ……」
「あははっ何いってんのさ。この人はもぉー馬鹿言ってんじゃないよっ」
「…………」
──ブルーベルベット通り、含有薬草店『命薬』。
問題の店の前でご婦人方の井戸端会議が始まってから早、一時間。リリヤは途方に暮れていた。
(うぅっ物凄く気まずい気分だわ……)
観光を有力な収入資源の一つとするサマースキル公国では、建築様式に厳しい制限がかかるよう制定されている。
町の外観を損なわぬよう。一律して門構えは同じ配色、資材、そして高さも一定の範囲内のものと決められており。
結果、統一された町並みは壮観を極め。四方八方、建ち並ぶ景色の美しさに。この国を訪れた人々は暫し足を止め、感嘆の声を上げずにはいられない。
そうして同系統の横文字の看板が並ぶ店の中でも。独特の書体で描かれた異国の文字の看板は特別目立つ。
(で、出るに出られない……)
四角い木箱が乱雑に積まれた狭い裏路地にこそっと隠れて。店と真向かいのそこから、自分とオルグレンの噂話に耳を傾ける。
なかなかの苦行にいい加減、げんなりしてきたリリヤの格好は。露出の多い衣服が普通の公国では不審そのものの、目深に被った丈の長いローブ姿。
公国にまるで馴染みのない観光客、もしくはたまたま立ち寄っただけの異国人とも見てとれるが。どちらにしても、怪しいが服を着て歩いているようなものだった。
(どうしたらいいのかしら……)
煮え切らず。
木箱の裏に隠れてまごついていたら。店の中から誰か出てきた。
店の前で噂話に花を咲かせている婦人方に何やら声をかけている。すると、何と言ったのか。にこやかな笑みを残して、婦人達が嬉しそうに次々と去って行くではないか。
(ん? あれって……)
人のいなくなった真向かいの通りから、指をちょいちょいと動かして。店から出てきた青年がリリヤを呼んでいた。
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