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本編
11、魔女の暴走
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(どうしてなの……っ!?)
魔女の怒りに触れたというのに人の身でありながら、オルグレンは少しもリリヤを恐れていなかった。
淡々と物静かな口調。ぶれることのない落ち着き。その美しい容貌に浮かぶ大人びた表情は、まるで攻略することができない鉄壁の要塞だ。
オルグレンのあまりに堂々とした振る舞いは。力を見せつけることはできても、結局は人間を傷付けることに躊躇してしまう、リリヤの弱さを全て見透かしているように見えた。
(私には……やっぱりできない…………!)
本能的な何かが働いたのだろう。
敗北の予感に。リリヤは反射的に自らの防衛に動いていた。
早々に場を脱するために、指先に集まり始めていた仄かに光る魔力の輝き。それが術者の意に反して突如、何かに阻害されたかのように、不安定な点滅を残して跡形もなくかき消えた。
「失敗した? どうして……?」
もう一度試みてみる。が──結果は同じだった。
何度試してみても指先に集まりかけていた魔力が途中で消失してしまう。
「魔力が、使えない……」
茫然と呟いてから。それまで何とか堪えて対処していたリリヤの顔に狼狽の色が浮かぶ。慌ててオルグレンへ視線を戻すと。その手の平には一粒の珠玉が転がっていた。
「それは……!」
ゆっくりとベッドから立ち上がったオルグレンの手にあるのは、大粒の血色の宝石。魔女の怒りを具現化したように、爛々と赤い炎のような魔力を放っている。
「魔力封じの魔道具……それもかなり強力な……」
「言ったはずだ。みくびってはいないと」
オルグレンの言葉が心に重くのしかかる。
魔道具は作られる際、その媒体となる素材に出来が左右される。このルビーは上質だ。それも王冠に使われる類いの最上級品。
ここまでのものを用意していたということは、オルグレンは最初からリリヤを逃がす気など更々なかったということだ。
「これは女王陛下より与えられた魔道具だ。そう簡単に破れはしない。それに俺は……魔力を受け継がなかったが今貴女が何をしようとしているのかは分かる」
リリヤが牢獄から脱出しようとしていることを、オルグレンはとっくに見抜いていた。
「魔力探知能力が鋭い子供……だからあの時も私が何の魔術を使っているか分かったのね……」
初回に幻術を見破られた衝撃を思い出す。
一般的に魔女と人間との間にできた子供は、潜在的な能力──第六感が鋭い子供が生まれやすいと言われている。
「貴女の中にある俺の命の一部が影響しているのか、貴女の魔術は読み取りやすい」
「くぅっ!」
魔術を行使しようとしても再び抑え込まれてしまう。
腕を押さえながら呻き声を上げて、露骨に嫌な顔をするリリヤの抵抗に、オルグレンがため息を付いた。
「あまり手荒なことはしたくないんだが……」
紳士的な振る舞いに口調はあくまでも穏やかに、上品な貴族のような物言い。けれどオルグレンの本質は言葉ではなく、他の者とは別格の体から滲み出る有無を言わさぬ気迫だ。弱冠十六にしてこの公子は既に王の気質を持ち始めている。
「無理に魔力を使わない方がいい。これは魔力封じとはいっても魔力そのものを封じ込めるのではなく吸い取るものだ。そのまま続ければ魔力が枯渇し疲弊する。下手をすれば死ぬこともありえ……」
「──冗談じゃないわっ!」
リリヤは言葉を遮り語気を荒げた。誰が魔力も持たない。道具に頼りきった人間の言うことなど聞くものかと。
無駄だと分かっていても魔力を使おうとして──やはりオルグレンに阻まれた。オルグレンの持つ魔道具に魔力を全て吸い取られてしまう。
「うぅっ……」
急激な魔力の喪失に薄れる意識に額を押さえ。リリヤは眼前に立つオルグレンを見た。
「……無理をするなと言っているのになぜ聞かない?」
そうして必死に魔力を練り合わせる内に、掠れた視界に辛うじて映るのは、驚きに目を丸くしているオルグレンの姿。リリヤの暴走を止めに入ろうとしてオルグレンが一歩前に踏み出した。
「……それ以上、私に近づかないで…………っ!」
優に数十回は越える魔力の連続放出。
頬を流れる汗と激しい疲労感にガクガクと膝が震え出す。立っているのもそろそろ限界だった。
(このまま……ここで魔力を使い果たして死んでもいいのかもしれないわね……)
それが自分には似合いの最後かもいれないと。床にくずおれる寸前、その間際まで魔力を使うのを止めようとしないリリヤが。俯き様、自嘲気味に笑ったところで。ふいに腕を取られた。
「──っ!」
確認する間もなく。
それから唐突に唇に温かいものが触れてきて。気付いたときには、リリヤの唇はオルグレンの唇によって塞がれていた。
魔女の怒りに触れたというのに人の身でありながら、オルグレンは少しもリリヤを恐れていなかった。
淡々と物静かな口調。ぶれることのない落ち着き。その美しい容貌に浮かぶ大人びた表情は、まるで攻略することができない鉄壁の要塞だ。
オルグレンのあまりに堂々とした振る舞いは。力を見せつけることはできても、結局は人間を傷付けることに躊躇してしまう、リリヤの弱さを全て見透かしているように見えた。
(私には……やっぱりできない…………!)
本能的な何かが働いたのだろう。
敗北の予感に。リリヤは反射的に自らの防衛に動いていた。
早々に場を脱するために、指先に集まり始めていた仄かに光る魔力の輝き。それが術者の意に反して突如、何かに阻害されたかのように、不安定な点滅を残して跡形もなくかき消えた。
「失敗した? どうして……?」
もう一度試みてみる。が──結果は同じだった。
何度試してみても指先に集まりかけていた魔力が途中で消失してしまう。
「魔力が、使えない……」
茫然と呟いてから。それまで何とか堪えて対処していたリリヤの顔に狼狽の色が浮かぶ。慌ててオルグレンへ視線を戻すと。その手の平には一粒の珠玉が転がっていた。
「それは……!」
ゆっくりとベッドから立ち上がったオルグレンの手にあるのは、大粒の血色の宝石。魔女の怒りを具現化したように、爛々と赤い炎のような魔力を放っている。
「魔力封じの魔道具……それもかなり強力な……」
「言ったはずだ。みくびってはいないと」
オルグレンの言葉が心に重くのしかかる。
魔道具は作られる際、その媒体となる素材に出来が左右される。このルビーは上質だ。それも王冠に使われる類いの最上級品。
ここまでのものを用意していたということは、オルグレンは最初からリリヤを逃がす気など更々なかったということだ。
「これは女王陛下より与えられた魔道具だ。そう簡単に破れはしない。それに俺は……魔力を受け継がなかったが今貴女が何をしようとしているのかは分かる」
リリヤが牢獄から脱出しようとしていることを、オルグレンはとっくに見抜いていた。
「魔力探知能力が鋭い子供……だからあの時も私が何の魔術を使っているか分かったのね……」
初回に幻術を見破られた衝撃を思い出す。
一般的に魔女と人間との間にできた子供は、潜在的な能力──第六感が鋭い子供が生まれやすいと言われている。
「貴女の中にある俺の命の一部が影響しているのか、貴女の魔術は読み取りやすい」
「くぅっ!」
魔術を行使しようとしても再び抑え込まれてしまう。
腕を押さえながら呻き声を上げて、露骨に嫌な顔をするリリヤの抵抗に、オルグレンがため息を付いた。
「あまり手荒なことはしたくないんだが……」
紳士的な振る舞いに口調はあくまでも穏やかに、上品な貴族のような物言い。けれどオルグレンの本質は言葉ではなく、他の者とは別格の体から滲み出る有無を言わさぬ気迫だ。弱冠十六にしてこの公子は既に王の気質を持ち始めている。
「無理に魔力を使わない方がいい。これは魔力封じとはいっても魔力そのものを封じ込めるのではなく吸い取るものだ。そのまま続ければ魔力が枯渇し疲弊する。下手をすれば死ぬこともありえ……」
「──冗談じゃないわっ!」
リリヤは言葉を遮り語気を荒げた。誰が魔力も持たない。道具に頼りきった人間の言うことなど聞くものかと。
無駄だと分かっていても魔力を使おうとして──やはりオルグレンに阻まれた。オルグレンの持つ魔道具に魔力を全て吸い取られてしまう。
「うぅっ……」
急激な魔力の喪失に薄れる意識に額を押さえ。リリヤは眼前に立つオルグレンを見た。
「……無理をするなと言っているのになぜ聞かない?」
そうして必死に魔力を練り合わせる内に、掠れた視界に辛うじて映るのは、驚きに目を丸くしているオルグレンの姿。リリヤの暴走を止めに入ろうとしてオルグレンが一歩前に踏み出した。
「……それ以上、私に近づかないで…………っ!」
優に数十回は越える魔力の連続放出。
頬を流れる汗と激しい疲労感にガクガクと膝が震え出す。立っているのもそろそろ限界だった。
(このまま……ここで魔力を使い果たして死んでもいいのかもしれないわね……)
それが自分には似合いの最後かもいれないと。床にくずおれる寸前、その間際まで魔力を使うのを止めようとしないリリヤが。俯き様、自嘲気味に笑ったところで。ふいに腕を取られた。
「──っ!」
確認する間もなく。
それから唐突に唇に温かいものが触れてきて。気付いたときには、リリヤの唇はオルグレンの唇によって塞がれていた。
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