勇者パーティーを追放、引退、そして若返った二度目の人生でも、やっぱり貴方の傍にいる

薄影メガネ

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第二部

17 木枯らし

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 ラーティの鋭い指示が王城の室内に響く。それと同時に、雇い主の内側から・・・・げきが飛んだ。

 ──お前のすべきことをせよ。

 実際に口に出したわけではない。それは魔力の込められた言霊ことだまだった。

 まともに食らった衝撃に、ガロンはオカメンコインの体に入っていた自身の魔力ごと、叩き出されるようにして意識を吹っ飛ばされていた。

「──っつぅ! くっそ、やってくれたな雇い主っ!」

 ガロンの意識は自身の体があるルーカス達の屋敷に戻っていた。

 敷き布を引いた床に胡座あぐらをかいていた足を崩し、「くっ」とうめいて酷い頭痛に額を押さえながら、ガロンはよろめく。

「ガロン!? いったい何があったんだよ?」

 さっきまで椅子に座って干し肉を頬張り、城での様子を聞いていたはずのフェリスが、いつの間にか隣にいてガロンを支えていた。その後ろでドリスが青い顔をしているが、今は双子を気遣うことができない。

 何が起こったのか、直近ちょっきんの状況を双子に詳しく解説する時間はなかった。

「ガロン?」

 頭痛をこらえ、返事の代わりに自分を支えてくれているフェリスの腕の服をグッとつかむ。彼は察して口を閉ざした。

 ……あの人、気合いだけで術者の意識を吹っ飛ばしやがった。

 ラーティは勇者の紋章を喪失していても、強力な魔力を持った元勇者で王子だ。無意識に魔力を使ったんだろうけれど。半ば強制的にオカメンコインとの五感の共有を解除されたのだ。

 額を片手で押さえる。

 反動が半端はんぱないが、今は愚痴っている場合じゃない。

 ガロンはルーカスの護衛に付けていた魔獣の意識を探る。

 何で……魔獣が屋敷の外に出ているんだ?

 外に出ているといっても屋敷の中庭で、ちゃんと敷地内にはいる。今のところルーカスについている魔獣から、危惧きぐする報告はない。けれどこれは……

 ガロンは自分でも分かるくらい、サアッと血の気が引くのを感じた。

 スクルドから提案されたおとりを受けるかどうかの件は、今のところラーティとガロンしか知らない。でも、二ヶ月程前に屋敷を訪れた予言の妖精ベルギリウスによってもたらされた予知夢のことは、もう仲間全員が知っていることだ。

 今も屋敷の一角で眠っているベルギリウスのことを、何でもありませんとしらを切るのは流石に難しい。ラーティ達はそう判断したようだ。

 そのラーティが屋敷を出たとき、ナディルはまだ予知夢の年齢に達していなかった。

 ルーカスには護衛の魔獣の他にも、今日はバルバーニが付いている。何かが起こるのはまだ先だと、ガロンは思っていたのだ。だが……

「冗談じゃ、ないぞ……」

 頭が割れそうなくらいの激痛のなか、一瞬だけ無理矢理意識共有を行い、魔獣を介してチラッと見えたのだ。予言の年齢まで成長しているナディルの姿を。

「ルーカスは中庭にいる。お前らは今すぐルーカスのところへ行け、説明は後でする。大丈夫だ。僕も必ずお前達に追い付くから……」

 汗をかき、ぐったりしたガロンの指示に、双子は互いに顔を合わせ同時に頷く。

 フェリスと一緒に床に膝をつき、ガロンの様子を見ていたドリスは立ち上がり、足早に部屋を出た。──が、フェリスはガロンを支えたまま動かなかった。

 ガロンは残ったフェリスに「何でお前も行かないんだよ」と疑念をぶつける。

「ルーカスにはバルが付いてる。それにドリスもいれば、あの二人にかなう相手なんてそうそういないでしょ。だから俺はまず、ガロンを治療する。俺の治療を受けてる間にガロンは少し休んでてよ」

 やられた。双子は先程の目を合わせた一瞬で、示し合わせたらしい。

 ガロンは冗談言うなと一蹴いっしゅうし、立ち上がろうとして──やはり崩れたところで再度フェリスに支えられ、床に座り込む。

 ってでも行きそうなガロンに、フェリスはきっぱり言う。

「無理だよガロン。それにルーカスに付けてる魔獣を今の精神が磨耗まもうした状態で使うなら、治療師の俺の力が必要でしょ? 歩けないからって、また遠隔で意識共有するつもりなら、少しでも回復しといた方がいいんじゃない?」

「…………」

 図星を指され過ぎて、何も言い返せない。

 遠隔で扱いづらいオカメンコインを操作していたので、少し疲れてはいた。けれど一番の痛手はそれじゃない。ラーティの無意識の魔力が想定以上に強力で、油断していたことにある。

 元来魔力の強い双子と違い、戦術魔獣使いといっても、ガロンの魔力は飽くまでそこそこなのだ。

 魔獣を扱うのにはけている。けれど魔獣を扱うのに重要なのは魔力ではない。必要なのは相手を支配できるだけの、魔獣をしのぐ精神力の強さだ。

 そんな魔獣頼みの魔力耐性の低いガロンがまともに勇者の魔力を浴びてしまったら、ひとたまりもない。

 お陰でさっきから頭痛が治らない上に、視界が脳貧血を起こしたようにくらんで、ぐらぐらしている。そしておそらく、フェリスは今のガロンの状態を本人以上に理解していた。

「仲間の魔力に当てられたとか、情けないな……」

 痩せ我慢をやめて素直にぼやくと、フェリスは生意気に口の端をつり上げ、ふっと小さく笑った。

「ルーカスのところにはドリスが今全力で向かってる。俺もガロンの治療が終わったらすぐ行くから、安心してよ。第一、そんなヘロヘロで無理したって足手まといになるだけでしょ」

「お前それ……身もふたもないな」

 続けて「性格の悪い治療師とか珍しいよな」なんて負け惜しみで皮肉ると、フェリスは「口の悪い患者には慣れてるからね」などとサラッと返す。気にも留めない。

 フェリスは治療師だ。場馴れしているし、嫌みの一つや二つでは引かない。相手が誰であれ、治療は必ず丁寧に行う。

 フェリスがガロンの額に手を当て治療を開始した。

 柔らかい光がフェリスの手の平から溢れ、温かい魔力がゆっくりとガロンの中に流れ込む。

 悪ガキな子供の顔を引っ込め、てきぱきと治療するフェリスのいつも通りのさっぱりとした態度にはホッとするが……急に頼りになる仲間の顔をされて、ガロンは内心舌を巻く。

 フェリスは昔からこうして当たり前にガロンを助けるのだ。それも今回は説教がついた。

 子供だ子供だと思っていたら、いつの間にそんな大人の顔をするようになったのか。

 プロ意識が高く、相手への心配を隠そうともしない。そういうとこ素直で格好いいよなとガロンは苦笑して、フェリスに少し寄りかかる。大人しく治療される意思を態度で伝えると、当然と支えられて彼に受け入れられたのが分かった。

「フェリスお前……相変わらず仕事早いな。モテるんだろ? 彼女とか作らないのか? もしくはもういる? できたら教えろよ、ちゃんと祝ってやるからさ」

 ──何なら手伝ってやってもいいぞー? と、頭痛が和らいできたことも手伝って、半ば本気に茶化しながらフェリスの頭をポンッと叩く。

 質問攻めに、フェリスはピクリと反応したが、それ以外はやはり無反応だ。彼は面倒事に首を突っ込みたがらない癖に、怪我人や治療を必要としている相手を放っておけない根は優しい奴なのだ。なのに寄ってくる女には素っ気なくて、不思議に思っていた。

 どうか幸せになってほしい。

 魔王討伐の旅をしていた当初はガロンより小さかった手が、今では同じか、自分より少し大きくなったようにも見える。

 こんなときなのにフェリスの成長を嬉しく感じながら、兄貴面あにきづらしていると……

 酷く真面目まじめな顔でこちらを見て、ボソリと呟かれる。

「女になんて興味ない」

「女に興味がない……? どうした、何か悩み事があるなら後で話聞くぞ?」

 とりあえず、もう一度フェリスの頭に手をやりでる。彼は暫し無言でガロンを見つめると、何事も言わず治療に戻ってしまった。





 オルガノが城へ向かってから程なくして、ルーカスはタリヤにクーペとナディルが屋敷のどこにもいないことを聞かされ、二人を探して屋敷を出た。

 今日はラーティが屋敷にいないからと、バルバーニが一日中ルーカスに張り付くことになっていた。

 仲間の中でも一際ひときわ恵まれた体格に、大陸一と言われる剛力ごうりきの持ち主であるバルバーニの褐色の巨体は、傍にいるだけで安心感を与えてくれる。彼の視界に常にいることを条件に、一緒に広い中庭を探していると……上から声が聞こえた。

 雲一つない晴天に、ナディルの服を口にくわえたキラキラおめめの子ドラゴンが飛んでいる。

 そしてクーペとほぼ同じ体長の、二歳児くらいの子供に成長したナディルのきゃっきゃと喜ぶ声。

 クーペはまだよちよちして上手く歩けないナディルに、お空の散歩をしてあげたかったのだろう。

 しかし、その今にも転げ落ちそうなナディルの宙ぶらりんな姿を目にした瞬間、ルーカスは叫んでいた。

「クーペ! ナディルにお空はまだ早い!」そう言ってクーペに手を伸ばす。

 予知夢通りの台詞せりふが口をついて出ていたことは、ルーカスにも分かっていた。けれど構わず「戻っておいで」とルーカスは必死に呼んだ。

 すると中庭に立ち尽くす母親の存在に気付いたクーペが、おめめをまん丸にして「きゅいっ!?」と鳴いた。

 いつになく差し迫ったルーカスの様子に、素直に言うことを聞いて下りてくる。申し訳なさそうに口に咥えていたナディルを渡され、ルーカスは胸元にキュッと息子を抱え込む。

 幸いご機嫌のナディルをよしよしとあやしていると、クーペが潰れたかえるのように、頭を地面にぺったりくっつけた。

「クーペ?」

 地面に頭を擦り付け土下座するクーペは、ごめんなさいとひたすら反省している。

 ルーカスは地面に膝を折ってかがむと、ナディルを抱く手とは反対の手で「大丈夫、怒っていない」と伝えるために、落ち込む小さな背中をポンポン叩いた。

 様子を見るようにそろそろと顔を上げた我が子の顔面がんめんは土まみれで、眉間みけんに皺を寄せ、目にはうるうると涙が盛り上がっている。

 泣くのを堪えているクーペを抱っこしたいが、ナディルで片手がふさがっている。空いている他方の手を「おいで」と差し出すと、途端抱き付かれた。

 自分にひっつくクーペを愛しく思いながら、両手に抱えた二つの大切な宝物の重みにルーカスは安堵あんどする。

「いいんだ。分かっている。クーペはお兄ちゃんだから少し張り切ってしまったのだな」

 子供達に顔を寄せ、二人を大事に抱えていると──木枯こがらしが吹いた。

 暖かい陽気に、おかしな風だ。冬のように冷たく強い風に、ルーカスはゆっくりと立ち上がる。

「ルーカス、今のは……」

 後方でやり取りを見守っていたバルバーニの「これが以前に話していた予知夢なのか?」という懸念けねんに、ルーカスはコクりと頷く。

「ああ、分かっている」

 抗う素振りすら見せない。予知夢通りの行動をするルーカスが、バルバーニにはあまりに危なっかしく見えたのだろう。

 予知夢と同じことが起こった。

 そしてこれからが……予知夢にない、先の部分ということか……。

 ルーカスは後方のバルバーニを振り返る。

「そろそろ屋敷に戻るか」

 あまり深刻にならないよう軽く言う。

 無言で頷くバルバーニを尻目に、ルーカスは屋敷の扉側にいる彼の方へ向かってきびすを返す。

 このまま何事もなければいい。けれどもそんなルーカスの考えを否定するように、また木枯こがらしが吹いた。警告するような風の不吉さに、ルーカスが子供達を抱く手に力を込めると、

「──ルーカス、俺の後ろに下がれ」

 語気ごきを強めるバルバーニが、ルーカスを片手で庇うようにして前に出た。

「バル?」

 突然褐色の巨体の後ろに追いやられて、胸元に抱えている子供達も不思議な顔をしてバルバーニを見上げているが、

 注目を浴びる彼が一心に見つめる先に気付いて、ルーカスはハッと身を固くした。

 いつの間に現れたのか、先刻までルーカスが子供達を探していた場所に、男が一人立っていた。

 男は自身の茶髪と同じ色の翼を、邪魔にならないよう背中にぴったりと丁寧に折り畳んでいる。イケオジ風の紳士で、翼を持つ民の国イーグリッドの特使でもある。

「オフィーリアス卿……?」

 顔見知りだからこそ、他人の屋敷へ無断で侵入したことの異常に緊張が走る。

 彼らしくない感情が抜け切ってしまったかのような無機質な表情に、再び名を呼ぶと、その姿がゆがんだ。

 息を呑み、視線を送るその先で、翼を持つ男は変化した。

 光の屈折を利用した擬態ぎたい

 虹色に輝くその変化を、前回勇者オルガノとの旅でルーカスは何度か目にしたことがある。

「……あれは妖精に備わる変身能力だ」

 やがて姿が定まり、落ち着く。

 ルーカスの呟きに呼応こおうするように現れでたのは、肩ほどで切り揃えられた白銀はくぎんの髪に、切れ長で黒目の気難しそうな顔立ち。

 両の腰に二振りの剣をたずさえた剣士の身なりをした男は、バルバーニの背後にいるルーカスを見据え、目をすがめる。

 妖精の国から脱獄したとされる、妖精王の娘を殺した妖精貴族──フォルケ・ディ・レナルド・クラウベルク。彼はオフィーリアス卿にふんして、想定していたよりもずっと近くにいたのだ。
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