勇者パーティーを追放、引退、そして若返った二度目の人生でも、やっぱり貴方の傍にいる

薄影メガネ

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第二部

19 渾身の嘘

 人間の男に惚れて駆け落ちした恥知らずな娘。世間にそう認識されているティアーナが婚約者のフォルケをそでにしたのには、しかし別の理由があった。

 古来より妖精の国には、外界との接触を嫌い純血を尊ぶ、純血派が存在する。

 ティアーナが産まれたばかりの頃は、外界との交流は皆無に等しく、純血派を指示する声が多くを占めていた。その純血派の代表がフォルケの両親だった。

 妖精王は勢力の強い純血派にされつつあったが、中立を貫き。純血を尊ぶ一方で、新しい文化を受け入れる考えも持っていた。

 故に妖精王はティアーナの母親に、人の血が混じっていることを知りつつも、愛を取り王妃に迎え入れた。

 人の血が混じったのは遥か昔、始祖の代に起こったたわむれであり。混血といっても、純血の妖精と変わりない程、人の血は薄れている。

 けれども妖精王と王妃は純血派を懸念し、結婚した後も血筋をひた隠しにする。

 純血派の妖精達にとって、混血の王妃とティアーナは誕生してはいけない存在だったからだ。

 それは妖精王と王妃の一族のみが知る密事みつじとなり……

 時はち、時代と共に思考は移り変わる。

 当初は圧倒的な力を保持していた純血派が、新しい文化を受け入れる考えを持つ、新たに派生した勢力──改革派の若者に圧され始めたのだ。

 やがて二派閥の勢力が拮抗きっこうすると、争いごとに興味を示さない第三の勢力無所属派が出現し、次第に和解の案が取り上げられるようになっていった。

 成人したティアーナとフォルケの婚約は、彼が有能な若者であることに加え、二派の和解を示す戦略的な面もあったのだ。──が、純血派の本心は、そうではなかった。

 派閥の代表であるフォルケの両親にとって、和解とは飽くまでも建前のこと。いずれ息子が王の地位を受け継いだとき、改革派を一掃しようと目論もくろんでいた。

 そんな折、王妃の一族の一人、ホルムシュタイン卿がティアーナ達の婚約話に浮かれ、うっかりフォルケの両親に彼女が混血だと話してしまったのだ。

 フォルケの両親は激怒し、それを期にティアーナをおとしいれようと画策するようになる。

 ティアーナは大切な息子の相応ふさわしい相手では到底なかったのだ。

 そうして虎視眈々こしたんたんとティアーナを狙うフォルケの両親の耳に、ある日、吉報が舞い込む。妖精の国に迷い込んだ人間の若者──男をティアーナが助け、自ら城に招き入れたというのだ。当然彼らはそれを利用した。

 ティアーナと人間の若者との、ありもしない不義を事実であるように噂を流し、

 加えて彼女が人間の若者と密通しているかのような場面を仕組み、妖精王とフォルケに目撃させたのだ。

 ──ティアーナの信用は地に落ちた。

 父親にも婚約者からもそっぽを向かれ、味方を失ったティアーナは蜘蛛くもの巣にかかった獲物も同然だった。不義を働いたとされる彼女を助ける者などいない。

 妖精王はフォルケの両親に断罪を要求され、やむなくティアーナに国外追放を申し渡した。

 けれど断罪後も、傷心しきったティアーナに更なる追い討ちがかかる。外界へ追いやられる直前、フォルケの両親が秘密裏に雇った魔女に、呪いを掛けられたのだ。

 生者必滅しょうじゃひつめつの呪い。

 不老不死の霊薬とは正反対の、不死に近い妖精の体に老いをもたらす死の呪いだ。

 それも呪いが掛けられるのは体の一部、心臓のみ。

 見た目は変わらず、周りには気付かれないが、心臓以外は全て健康なまま心臓だけが急速に老いていく。

 ティアーナが妖精の国へ戻る気力を失わせるための、呪いは保険だったのだろう。「人知れず命を削られ、生きられるのは十年程」とティアーナは魔女から死の宣告を受ける。

 世間一般にティアーナは婚約者をそでにした裏切り者と言われているが、彼女はフォルケを裏切ってはいなかった。彼女は呪いを掛けられた体で、助けた人間と共に妖精の国を追い出されたのだ。

 しかし娘が呪いを掛けられ、追い出されたことを知るよしもない妖精王は、婚約者を余所に他の男と密通していた娘など王家の恥──と、ティアーナが不義により断罪されたことをおおやけにはせず。

 婚約者のフォルケにも、心情を配慮して知らされなかったものの……人間と共にティアーナが妖精の国を出て行く姿を目撃した者によって、妖精王の娘が人間の男と駆け落ちしたと噂が流れてしまう。

 ティアーナが断罪されたことを知らされていないフォルケは噂に翻弄ほんろうされ、嫉妬に心を支配される。

 そして、人間の男の手を取り自分の元から逃げ出したティアーナを、どんな手を使ってでも探し出すと、今まで以上に彼女へ執着するようになっていった。





 妖精の国に迷い込んだ人間の青年は、ティアーナが自分のせいで国を追い出されたと責任を感じたらしい。

 断罪後、どこへ行けばいいのか途方に暮れていたティアーナに、青年は住む場所を提供してくれた。行きずりの冒険者だと思われていた青年は、貴族の嫡子ちゃくしだったのだ。

 ティアーナは人の姿に変身できるとはいえ、町中で暮らすのは危ない。妖精と気付かれないよう、人里離れた場所に用意された掘っ建て小屋に、彼女は暮らすようになる。

 妖精のティアーナは人の寿命の遥か先を生きていた。突如発生した限定的な命の重みと、寿命が来ることへの恐怖に耐えながら、慣れない人間の世界で彼女は懸命に生き、

 けれど、その体は少しずつ呪いにむしばまれていった……

 そんなある日、ティアーナの居場所をどこから嗅ぎ付けたのか、ホルムシュタイン卿が訪ねてきた。

 ティアーナが混血だとフォルケの両親に知れたのは、自分のせいだとホルムシュタイン卿は話し、深々と頭を下げる。そこでようやく、彼女は断罪を受けるまでの経緯いきさつを知った。

 ひたすら頭を下げるホルムシュタイン卿を、ティアーナは責めるでもなく、許した。彼が故意にした訳ではないと、理解していたからだ。

 それからティアーナの様子をうかがいに、頻繁に顔を見せていたホルムシュタイン卿だったが、保身を優先したのか、やがて姿を見せなくなった。

 故国との唯一の繋がりだったホルムシュタイン卿の足が遠退くと、妖精の国の内情を知ることは出来なくなり……ティアーナは小屋で一人孤独に過ごしながら、いつもフォルケのことを思っていた。





 十年の歳月が経ち、ティアーナの死期がいよいよ近付いてきた頃。妖精王から娘を連れ戻して欲しいと依頼を受けた勇者一行が現われた。

 ティアーナにとってそれは、またとない奇跡のような機会だった。

 愛していた婚約者の青年と父親に、死ぬ前に会いたいという気持ちに突き動かされて、ティアーナは妖精の国へ戻ることを決意する。

 今度こそ信じてもらえるのではないか。

 死期が近く生気の薄れたティアーナだったが、淡い希望を抱いて帰った彼女を待っていたのは──信ずるに値しない娘に掛けられた「お前を許す」という冷たい父親の言葉だけだった。

 妖精の国では後継者問題で派閥対立が激化し、かんばしくない状況にあった。しかし妖精王の実子はティアーナ一人。将来を憂い、頭を抱えていた妖精王はそのために彼女を呼び戻したのだ。

 妖精王はかたくなにティアーナと目を合わせようとはせず「フォルケに新しい婚約者ができた。だからお前を呼び戻すことができたのだ」と、心ない言葉を彼女に浴びせた。

 フォルケの婚約は、ティアーナをおびき出すために彼自身が張った罠なのだが。やはり戻ってくるべきではなかったのだと彼女は誤解したまま、人間の世界へ戻り、

 そして今度こそ、それが父親との永遠の別れとなった。





 ティアーナが妖精の国を出た、その帰り道。

 父親との和解も、元婚約者の顔を見ることも叶わず、ティアーナは意気消沈していた。

 森の中のでこぼこ道を、うつむきがちに歩いているティアーナを後ろに、ルーカスが先を進んでいると……遠方に縁側のある掘っ建て小屋が見えてきた。彼女の家まであと一息といったところだが、日が沈むにつれて、辺りに潜む魔獣の気配が濃くなってきている。

 夜の森は危険だからと、落ち込むティアーナに歩く速度を少し上げてほしいとルーカスは申し出た。彼女は快く承知し、二人は足早に小屋へと向かった。

 それから二十分程が経過して、

 ようやく森が開けたところに出たと、二人が安堵あんどした矢先──そこには行く手を遮るティアーナの想い人、フォルケの姿があった。

 不意打ちに、ルーカス達は暫し立ち尽くしていた。

 フォルケをまだよく知らなかった当時のルーカスにも、彼の様子がおかしいことは一目で分かったからだ。

 どす黒い何かを背負ったような面持おももち。体は小刻みに震え、わずらったように荒い息遣い。一歩、また一歩とティアーナに近付くにつれて、その症状は悪化していく。

 不審に剣を構えたルーカスを、けれどティアーナが止めた。

 ティアーナを長年探し続けていたフォルケは、彼女と対面したとき、裏切りを怒るでもなく。ただ彼女を求めていた。手を差し出し、「一緒に妖精の国へ戻ろう」と言ってくれたのだ。

 しかし死期の近いティアーナはフォルケの未来を想い、渾身こんしんの嘘を付いた。

 婚約者がいる身で、今度は私と同じ裏切りを貴方も犯すのかと罵ると、意地の悪い顔をする。

「分からないなら教えてあげる……私は貴方のようにお堅くて退屈な男と結婚しなくて本当に良かったと思っているのよ? 外界は妖精の国よりも開放的だもの。今回戻ってあげたのは、お父様にどうしてもと頼まれたからなの。だからこうして貴方の顔など見たくはなかったわ。せっかくの幸せな帰路が台無しじゃないの」

 絶望的な答えに驚くフォルケに、ティアーナはクスクスと堪えきれないように口元に手を当て、小馬鹿にしたように、笑った。

「妖精の国へ戻って貴方と一緒になる? 冗談でしょう。私はあのとき駆け落ちした人間と結婚したの。今更あの退屈な暮らしに戻って、貴方と一緒になるくらいなら……それこそ、首をつって死んだ方がましだわ」

 ティアーナは「私は夫の元に戻るわね」と、誰も待つ者のいない小屋の方へと足を踏み出す。そして──

 止める間もなかった。フォルケの横を通りすぎ、背を向けたティアーナを、彼は振り返り。腰に下げた剣に手をかけ、抜剣ばっけんすると──一思いに彼女の体へ突き立てた。

 重なり合う二人の動きが止まり。鮮やかな手並みに茫然とするルーカスの前で、ティアーナの口がかすかに戦慄わななく。悲鳴は、零れなかった。

 フォルケの剣がティアーナの体を貫く鈍い音だけが、耳に残った。

 時が止まったかのような静寂のなかで、ルーカスは確かに見た。愛故に、憎しみに駆られたフォルケの首筋に浮かぶ、奇怪な紋様もんようを。

 魔女に呪いを掛けられたティアーナの心臓。その真上に現れた紋様と、フォルケの首筋に浮き出た紋様が全く同じついになるものだとルーカスが知ったのは、彼女が真実を話した大分後のことになる。

 生者必滅しょうじゃひつめつの呪いを完遂かんすいするには、呪いを受けた者の削られていく命を受け取る受け皿──受諾者が必要だ。

 命を差し出す側と、命を受諾する側の二人一組で、呪いは成り立っている。だが、命の受け皿となる相手は、誰でもいいという訳ではない。

 受け皿となった者は、相手の命を受け入れる心を持ち。命を差し出す側も、相手に命を与えてもいいと嘘偽りなく思っていなければ、呪いは成立しないのだ。

 生者必滅しょうじゃひつめつの呪いと言われているが、その発祥はっしょうは愛する者の命を延命するために作られた、癒しの呪術だった。

 相手の命を最後まで奪うことはなく、ある程度命を分け与えたところで中断させる。

 でなければ、命の受け手は呪術に呑まれ、最後は相手の命を奪うように心が支配されてしまうからだ。

 それがいつしか悪用されるようになったのは、生きる者のごうに他ならない。

 きっとフォルケは無意識に、呪いに抗っていたのだろう。彼はティアーナを殺すのではなく、連れ戻そうとした。しかしフォルケがティアーナを手に掛けることはあらかじめ決められていたことであり、彼女は愛する者の手に掛かって死ぬように、そう最初から仕組まれていたのだ。
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