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第二話 下男
しおりを挟む「連れてきました!」
牢屋にやってきた兵士は、雄一を牢屋から出すと、とある部屋へと連行した。
雄一が居た場所は地下牢だったらしく、すでに日が昇った廊下は、彼の目には眩しく映った。
どうやらこの場所は、西洋風の城のようだった。豪奢な装飾品や、中身が居ない甲冑が等間隔に並び立てられている。
そんな廊下を経由して、案内された部屋の前。ひときわきらびやかな装飾が施された巨大な扉からは、何やら殺気のような物が漏れ出ていた。
「入れ、その者だけで良い」
部屋の中から女性の声が聞こえた。手錠に繋がれた鎖を手に持つ兵士が、雄一の背中を押して「入れ」と急かす。
押し込まれるように部屋に入った雄一は、勢い余って床へと倒れた。フワフワの絨毯に鼻がくすぐられて、漂う甘い香りは未だ発せられる殺気と不釣り合いなものであった。
そしてその殺気の出処。部屋の中央奥側へ、雄一は目を向けた。
「やぁ、勇者殿。ご機嫌麗しゅう?」
「う、麗しゅうございません!」
部屋の内部は女の子模様の広い部屋だった。中央にはベットが置かれて、左右にクローゼットなど可愛らしい装いの家具が幾つか。
そんな部屋の、ベットの上に、殺気を放つ少女の姿。
シルフィと呼ばれていた赤い長髪逆立てた美少女が、まるで鬼のような形相でベットに立ち、雄一を睨みつけていた。つまり、殺気の出処である。
「良くも妾に頭突きを噛ましてくれたな。本来なら処刑しても問題ない程の大罪だぞ」
「あ、あの件に関しては不可抗力というか……」
「ああん!?」
「ごめんなさいすみません俺が悪かったです!」
再び絨毯に顔を埋めて土下座した。本能的に、今のシルフィを刺激してはいけないと察したのである。
雄一の土下座に少し気を鎮めることが出来たのか、シルフィは逆立った髪の毛をもとに戻し、大きくため息を付いた。
「全く、一国の姫に頭突きを食らわせるなど、前代未聞だぞ」
「ホントすみません許してください何でもしま…………ん? 姫?」
「自己紹介がまだだったな。我が名はシルフィ・ド・アラム・モントゥ。モントゥ王国第三王女にして、魔導師の位を持つ魔法使いである」
ベットの上から雄一を見下ろす彼女の眼力は、王女であるという説得力を雄一へと与えた。
つまり、雄一は一国のお姫様に対して思い切り頭突きを食らわせたということになる。そのことに気がつくと、雄一の表情は一気に青ざめてしまった。
しかし、その表情を見たシルフィは、意外なことに冷静に事の状況を説明した。
「もう、頭突きの件に関しては気にしておらんわ。魔法で痛みも引いた。気にするなとは言わんが、もう少し肩の力を抜け」
懐の深い少女だと、雄一は感動した。伏せた体勢を元に戻し、正座の状態でシルフィの話を聞く。
「し、質問!」
「許す。申せ」
「さっき、俺のことを勇者殿って言わなかったか?」
「うむ。まあアレは皮肉だがな。そのアホ面を持ってして、勇者殿など笑わせる」
「……じゃあなんで勇者?」
「貴様を……っと、名前は何と言うのだったか?」
雄一に対する名称が気になったのか、尋ねたシルフィに自己紹介。シルフィは満足げに「うむ」と頷いた。
「ではユーイチ、そなたを召喚したのは妾だ。そしてそれは、勇者を召喚する特殊な儀式によるものなのだ」
「あー、だから勇者か」
異世界召喚物におけるテンプレート。美少女お姫様による召喚の儀式。そして巻き込まれた少年。つまりは佐山雄一その人である。
雄一はそのテンプレは漫画などで予習済み。意外にも冷静に状況を理解し飲み込んだ。
「しかしユーイチ。貴様は勇者ではない」
「……それは顔面偏差値と何か関係が?」
「い、いや……全然関係ないと思うが……ヘンサチ?」
「じゃあ、何か俺が勇者じゃないって根拠があるってことか?」
「うむ。この世界における勇者は、並外れた魔力を有すると伝説にあるのだ。しかし、ユーイチにはそれが無い。平均値どころか、ひとかけらの魔力も備えておらん」
「…………魔力って魔法とか使うアレだよな? ってことは、魔法も使えないってことか?」
「全く持ってそのとおりだ」
シルフィの断言に、極めて落ち込む雄一であった。彼の在りし日の中二病は、強力な魔法を使う黒魔法使いなのである。せっかくのファンタジー世界にもかかわらず、それが出来ないとなるとショックは大きい。
「ま、まあともかく、何故ユーイチが召喚されたのか、皆目見当がつかない。異世界人……なのか?」
「一応、地球の日本国って所出身のゴミ糞野郎です。魔力もない魔法も使えない一般人ですわ。はは……」
「うむぅ、それは何と言うか…………すまないことをしたな」
バツの悪そうな表情を浮かべるシルフィを、雄一は目の端で捉えていた。
後ろめたさがある人間が目の前にいて、その感情が自分に向けられている。ともなれば、憂さ晴らしに多少の横暴な態度をとってもバチは当たらない。雄一はそんなことを考え、目を光らせた。
「ほぉん……で? その言葉だけってわけじゃないですよねぇ、お姫さん?」
「も、もちろんだ! ユーイチが元の世界に帰ることが出来るように研究はするし、その間の世話もするつもりだ!」
「へぇ……それだけ?」
「は?」
「迷惑をかけた相手にそれだけぇ!? 常識的に考えて、そこはごめんなさいでしょうが!」
「うっ……ご、ごめんなさ……」
「声が小さい! もう一度!」
ぷるぷると震えてうつむくシルフィに、これでもかと横暴な態度で耳を向ける雄一。傍から見ればただのいじめである。
しかし、調子に乗った輩には天罰が下るもの。雄一が乗った調子は、次の瞬間下車することになった。
「調子にのるなよ、一般人」
「ヒエッ……?」
俯いていたシルフィの顔が上げられた瞬間、雄一の顔面が引きつった。
入室した際よりも、更に巨大になった殺気が視線とともに雄一を襲ったのである。目で男を殺すと言う例えがあるが、この場合は例え話でなく、本当に殺してしまいそうなほどの迫力を備えていた。
「貴様の境遇には妾の責もあったと思い、下手に出て負ったが気が変わった。なーに、帰る方法は研究してやろう。だが、面倒を見るのはやめにする」
「し、シルフィ様? お戯れを……」
「貴様には使用人程度がお似合いだ! 帰る方法が見つかるまで、下男としての仕事を申し渡す!!」
* *
「調子に乗りすぎた……」
「まったく、俺もいい迷惑だ。外城壁の警備っていう楽な仕事だったはずなのに……」
昼食時。使用人の食堂で、雄一が使用人の服に身を包み、カビが生えていないだけで、硬さは変わりないパンをスープでふやかしながら食べていた。
そばにはともに食事を摂る甲冑姿の衛兵。シルフィからの指示により、監視役としてついてくることになったのである。本人はあまり気乗りでは無いらしい。
食事時ということも有り、兜を脱いで素顔を晒す衛兵は、赤い短髪と、顎に走った傷跡が厳つさを増幅させる、二十代前半と言った青年である。声の調子からすると、牢番や雄一を連行した衛兵とは別人であると分かった。
「もっと下手に出ればよかったなぁ。あの様子なら絶対、客として食っちゃ寝できたろうに」
「そうだったら俺も楽だったんだがな。お陰で普段の仕事は後回し、今度の休日が消滅したんだが」
衛兵が血走った目で雄一を睨みつけた。自業自得としか言えない状況に、ひたすら深いため息をつく。
「で、でもその分給料は上乗せされるんでしょう? だったら少し位良いじゃないですか」
そして気落ちする男二人とともに食事を摂るのは紅一点。牢屋に居た時に、雄一に食事を運んできた少女である。
使用人として先輩である彼女は、上司からの言いつけにより、雄一の仕事の案内と指示出しを頼まれていた。
「つってもそんなのは雀の涙だしな。えーっと……」
「あ、私はフランと言います。よろしくお願いします」
「俺はデックス。デックス・テンバーだ」
「へぇ、衛兵さんそんな名前だったのか。あ、俺は雄一だ。よろしくな、二人共」
自己紹介が終わり、食事も平らげると、ゆっくりしている暇はない。
早速三人は、使用人としての職務をまっとうするために作業に取り掛かった。
料理・下ごしらえの手伝い
「あ痛っ! うー、指切っちゃいました……」
「あーこらこら。野菜ってのはこうやって……こうだ」
「何っ? お前、なんでそんなに上手いんだ? どこかの屋敷に務めてたのか?」
「施設で飯を作る担当だったんだよ。あとお前じゃなくて、雄一だよ。衛兵さん」
裁縫・傷んだ衣服の修繕
「はうぁ! 指に刺さっちゃいました……」
「ゆっくりやってりゃ刺さんないから、落ち着いてやれ」
「おー、これも大した腕前……って、これ刺繍じゃねぇか! 繕うなんてもんじゃないぞ!」
清掃・城の隅から隅まで
「うー……雑巾が固くて絞れない……」
「……嬢ちゃん、ホントにメイドか?」
「おーい! ここの廊下終わったぞー!」
「「早っ!?」」
次々に本日のノルマを消化していく雄一。鮮やか過ぎる作業光景に、フランとデックスは大口を空けて驚いていた。
実は、彼は炊事洗濯掃除など、主婦かとツッコミを入れられるほどの得意分野である。その理由は、彼の生い立ちに関係していた。
十七歳男子高校生。一般的でそこらに居るような少年であるが、幼少期の生い立ちはそこそこ壮絶である。物心つく前に捨てられて、それ以来施設で生活していた。
鬼のような親代わりの院長は、自らがこなす古武術を子供に教えて将来に備えさせるという時代錯誤な御仁。
本来ならば中学で卒業するはずの施設を、施設の管理をする代わりに給料をもらいつつ厄介になっていたのが雄一である。
つまり、大勢の食事、洗濯、掃除などをこなすことは、彼にとって日常生活の一部なのだ。
「ふぅ、いい仕事したぜ…………って、なんか違う!?」
ファンタジー世界に召喚されたにも関わらず、やっていることは使用人。あまりのやりがいの無さに、大声でツッコミをいれる雄一であった。
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