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第三話 武道
しおりを挟む異世界に召喚された日が終わる。
日が昇る前に召喚されて、ほぼ時計が二周回った時間帯。再び夜空には三つの月が浮かび上がり、ここが異世界なのだということを、雄一に再認識させた。
仕事内容は施設に居た頃と変わり無くとも、建物の広さは数倍ではすまない。
すべての仕事を終えることもできず、雄一はクタクタになって、与えられた自室のベットへと横たわった。
「で、なんでデックスと同室? むさ苦しいんだけど」
「そりゃこっちの台詞だ。見張りをするなら、こちらの方が都合がいいだろうと言われたんだ」
狭い部屋に男二人。二段ベットの下の段は、デックスのスペースであった。
数は少ないが、部屋の家具などを見ると、ここが元々デックスの部屋であることが見て取れる。デックスからすれば、普段の仕事もできず、せっかくの一人部屋も共有スペースに。いい迷惑だろう。
低い石造りの天井を見ながら、雄一は現状について考えた。
異世界召喚など、フィクションでしか存在しないはずのものが自らのみに起きたこと。その割には、彼はやけに冷静だった。
召喚されてすぐに、ファンタジー的な要素。ゴブリンやオーク、ドラゴンなどのモンスター。もしくは超常現象を巻き起こす魔法の嵐。
何かしらの要素があったなら、もう少し彼も興奮していただろう。もしくは必死で元の世界に帰ろうと行動を起こしていたはずだ。
しかし、蓋を開けてみれば使用人生活。ファンタジー要素など、今のところ三つに輝く月位のものである。
これで興奮しろという方が酷だろう。
今は帰る方法はなくとも、魔法が使えるお姫様が研究してくれているらしい。ともなれば、極端に焦る必要も無い。
もう少し、ファンタジーを堪能するのも悪くないと、雄一は楽観していた。
「でも、一応こっちでも調べてみた方が良いかもなぁ。このままじゃ本当に、使用人生活だけで……終わり……そう」
目を瞑れば睡魔がいい気に増幅されて、雄一は瞬く間に眠りについた。
* *
「う……ん…………うおっ!?」
「よぉ」
夜が明けて翌日。窓から漏れる朝日の眩しさと、真横から顔を覗く兜をかぶったデックスの顔面によって、雄一の意識は覚醒した。
目が覚めるとむさ苦しい兄ちゃんが、兜姿で凝視しているというのは、なんともシュールな光景である。
「…………暇なの?」
「お前が起きないと、俺も行動できないんだよ」
デックスの任務は雄一の監視。何をするにしても、一定の距離を確保していなければならないのである。つまり、彼が行動するためには、雄一を連れていなければならないのだ。
寝間着代わりの、学校指定のワイシャツから、支給された使用人服へと着替えると、デックスに促されるまま部屋を後にする。
付いた先は、城の両端をつなぐ中央広場。木剣などが大量に並べられ、屈強な男たちが剣術の稽古や筋トレに勤しんでいた。
かなり遠くからでも分かる男たちの汗臭さに、雄一は顔を歪ませて鼻をつまむ。
施設付属の道場をいつも使っていた雄一であるが、そこは彼の性格上、いつもかなり清潔にしてあり、今のような匂いは放っていない。恐らく、稽古に励む男たちはまともに風呂にも入っていないのだろう。
そんな中庭に自分を連れてきたデックスを睨みつける。デックスはその視線に気がついていないのか、飄々とした表情で、着込んだ鎧兜を脱ぎ捨てた。
手甲と胸甲以外は軽装で、兵士と言うよりも、ファンタジー世界における冒険者と言うような風貌だ。
「お? なんかカッチョ良い」
「普段はこっちで仕事してるんだがな。城の中だと、儀礼がどうだで全身鎧を着なきゃ駄目なんだ。動きづらいんだよなぁ、アレ」
肩をぐるぐると回して、準備運動。防御力はあっても動きが制限させる全身鎧より、デックはこちらの方がしっくりと来るようだ。
「ユーイチの朝の仕事までは、もう少し時間があるだろう? それまで、俺の訓練に付き合ってくれよ」
「つっても、俺の服これしかないんだぞ? 汗臭くなったらどうするんだ」
「訓練用の肌着なら貸し出してるぞ? ほれ、あっちの方で」
デックスが指差した先には、すでに使用されているのか、汗が滴る黄ばんだシャツが日向に干されていた。中庭の悪臭の原因の一つだろう。
もちろん、雄一はそんなもの着たくないと断り、ベストを脱いでシャツの袖をまくった。
木剣を手にとって数回の素振り。木刀とは感覚が違うようだが、何とか使えそうだった。
「あんまり剣術は得意じゃないんだけど……」
「いやいや、結構様になってるぞ? じゃあ、一度組手でもしてみるか。ちゃんと手加減はしてやるからさ」
「ほう?」
雄一の目がキラリと光った。悪巧みの表情である。
「じゃあさ、万が一。万が一俺が勝ったら、何してくれる?」
「そうだな……朝飯のメインをやるよ。今日は確か……コーンスープだったか?」
「……言ったな? 約束だぞ?」
デックスは、背筋に悪寒が走るのを感じた。
剣を構えて向かい合わせ。雄一対デックスの組手が始まった。
デックスは木剣の切っ先を向けて牛の角のように構える。西洋剣術における、いわゆる雄牛の構え。
一方の雄一は、体の中心に木剣を持って来ての正眼の構え。
先手はデックス。剣先を突き出して、一気に雄一の首を取りに前進。しかし、おかしなことに彼の目には、なぜか木剣を手放して姿勢を低くした雄一の姿が捉えられた。
雄一は姿勢を地面すれすれまで下げると、不意の動作に硬直したデックスの足にタックルをかけた。
バランスを崩し、尻餅をつくデックスの腕を取り、すぐさま組み伏せる。関節を極められたデックスに出来ることはなく、勝負は一瞬のうちに決した。
「おまっ!? 卑怯だぞ!」
「剣術は得意じゃないって言ったじゃん。これで、朝飯は俺のもんだな」
鼻くそをほじりながらとぼける雄一。だが実際、デックスの言うとおりこれは卑怯な一手である。
いかに雄一が拳術に秀でていようとも、剣と拳ではやはり分が悪い。今の勝負は、予想の付かない行動を取ったことによる、いわゆる奇襲戦法なのだ。
おまけに雄一の実力を知らないデックスだから出来た戦い。もう一度戦えば、結果は違うものになる可能性もある。だからこそ、雄一は再度組手を所望するデックスの願いを聞き届ける気はない。勝ち逃げ上等のスタイルである。
手すりにかけておいたベストを手に取り、そのままその場を後にしようと歩きだす。
しかし、いつの間にか筋肉隆々の男たちに囲まれ、完全に退路が遮断されているようだった。雄一の顔がひきつった。
「よぉ兄ちゃん。面白い技使うじゃねぇか、もう一度見せてくれよ」
「おう! こいつと組手がしたいやつは順番に並べ! その他の奴らは、逃さねぇように円陣を組め!」
雄一に技を見て、テンションが上った男たちは組手の順番待ちをしているようだった。
もちろん、雄一はこれ以上組手をするつもりなど無い。汗などかこうものなら、一張羅の使用人服が台無しだし、そもそもこれ以上組手をする意味がない。
とはいえ、筋肉ムキムキマッチョメンに囲まれてしまっては、断るに断れない。結局、雄一は朝のひとときを、男たちが満足するまでひたすら組手に費やすことになったのであった。
「アッーー!!」
* *
「食事の時間を過ぎても来ないと思って探してみれば…………大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない」
心配げに尋ねるフランに、精魂尽き果てた様子の雄一が答える。
組手は最終的に、使用人の食事時間を過ぎてなお続けられてしまい、雄一のシャツは汗など考えられないほどにボロボロになってしまっていた。
腹から食事をせがむ音が鳴り響く。しかし、その音を聞いてフランは苦笑いを浮かべた。
「食事なら、もうすでに下げられて居ますよ? 今言っても、もう何も食べられないかと……」
すなわち、デックスとの賭けに勝ったは良いものの、もらえる食事が無いということ。加えて、本来なら食べられる食事まで、雄一は有りつけないのである。
雄一は組手を終えて、爽やかに水浴びをしている男たちを思い切り睨みつけた。
「ん? 俺達の心配なら無用だ! 夜食をたらふく食って、今から交代の就寝時間だからな!」
汗臭さとは打って変わって爽やかな笑顔を浮かべる男たち。軽くない殺意を覚える雄一であったが、それを続ける体力すら、今は持ち合わせていなかった。
「あの……お昼まで我慢すれば、食事が出ますから」
「それまで俺の体は保つのだろうか」
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