C-LOVERS

佑佳

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HOPE

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 服部若菜がYOSSY the CLOWNの楽屋から出て、三時間後。


 天気は快晴、しかしわずかに風がある。雲の流れは高くゴウゴウと速い。
 枝依えだよりターミナル駅から電車をふたつ乗り継ぎ、たどり着いたその先の町──枝依西区に、服部若菜は降り立った。
 今、目の前に見えるは三階建ての古ビル。濃いコンクリートの灰色が、古ぼけて寒々しい印象を与える。
 ビルの一階は、某有名コンビニエンスストア。正面から見て右側に自動ドアがあり、中はさほど広くはなさそうだ。自動ドアは、出入りのある度に愉快な音色を奏で、購買意欲をサブリミナル的に植え付けてくる。
 自動ドアの更に右側には、ビルの上階へ続く階段がある。外観と同じコンクリート造で、トンネルのように薄暗いがため、入ろうとする足は一度は確実にすくんでしまう。
「ここの二階、なんだよな?」
 半信半疑に瞼を上向きにした服部若菜は、二階の窓ガラスにデカデカと記してある文字を丁寧に音読した。
やなぎたんていしょ……」
 薄汚れたガラス窓が横並びに八枚、それの一枚一枚に白い文字でそう記されている。ちなみに末尾一枚には、事務所の電話番号と思わしき数字がこぢんまりと並ぶ。
「って」
 服部若菜はぎゅうと眉間にシワをつくって声を裏返した。
芸事げいごと関係ないじゃん!」
 口を山なりにし、ひと叫び。すると、脳裏にYOSSY the CLOWNの「えへへ」と笑う『してやったり顔』が浮かんだ。いくらファンだとはいえ、それに対して服部若菜もイラ、とはするわけで。


   西山線『西大学街駅』の東口を出る
  ⇒駐輪場・駐車場の脇を抜けて24時間営業のスーパーを左手にまっすぐ
  ⇒そのまま美容室、ケーキ屋、そば屋を左手にまっすぐ
  ⇒右手に見えた不動産屋で右折
  ⇒右手にある赤提灯の居酒屋を越えた先のコンビニの二階が目的地だよ☆


 服部若菜は、左手に握っていたメモを見返した。
 『目的地』がてっきり『お笑い養成所』や『有名マジシャンの所属事務所』か何かなのだろうと思い込んでいたため、眼前の『探偵事務所』という文字を脳が正しく処理するまでに、それなりに時間がかかってしまった。
「まぁ、私も早とちったっちゃ早とちったけど……いや、けど、うーん」
 服部若菜は山なりにしていた口を尖らせ、ボソリと自らを擁護した。誰に言い訳をするでもないのに、敢えて声に出し耳に入れることで、安心感を得たかったわけだ。


  16:00に、一人で行くこと
  時間に遅れることはNGだよ
  数字とかに細かくて怖い人だから、take care気を付けて
  僕との約束だよ☆


「『約束だよ』、ってもな」
 メモ紙の続きにあったこの直筆の文言を、とても渋い顔をしながらぎゅうと見つめる。
 現在、時刻は一五時五三分。
 首を捻り、腕を組み、悶々と悩んでみる。しかしそうしていても、分針がひとつずつ進むだけで、話はさっぱり進まない。
「まぁ、とりあえず──」
 服部若菜は組んでいた腕をしゅるりとほどき、眉間のシワを取った。
「──何か言われたら、YOSSYさんの名前出せばいいだろうしな。うん」
 そう声に出すと、このメモを渡してきたYOSSY the CLOWNが、まるで後ろからそっと背中を押してくれたような心地になった。服部若菜はガクンとひとつ頷き、コンビニ横の薄暗い階段へと足を踏み出した。

 トンネル様の薄暗いコンクリートの階段ホールに、服部若菜のウェッジソールパンプスのかかとヒールがコンコンと反響し、やけに耳に障る。ヒール高は三センチと、そこまで高さはない。
「どーすっかなぁ。ベタに『頼もーっ!』とかやるか? ヌっフフフ」
 後半の「不気味」とも評される彼女の笑い声が、コンクリートに高くぶつかった。それへやがて「今のはナイな」と、冷ややかな評価を付けて首を振る。
 始めの一〇段をそうしながら登り、続く三段の緩い九〇度カーブを曲がると、その先の五段から先は廊下になっていた。もっとずっと奥には再び階段が見えたが、あれは三階へ続くのだろうと察する。
「ここが、入口」
 廊下の中腹左側に、薄汚れているアルミ製の扉があった。

 扉の上半分にめ込まれたすりガラスには、『柳田探偵事務所』と横書きに印字されたB5大のパネルが貼りつけてある。そこそこ黄色くすすけていて、どことなく汚らしいイメージを持たざるを得ない。きゅ、と眉を寄せた服部若菜は、「嫌な予感」とひとりごちる。
 すりガラスの奥は、蛍光灯の光も人の気配すらも無い。本当に出入りしている人間が居るのかさえ疑問に感じるほど。

「…………」
 つい、引き返したくなってしまう。行けと言われて来てみたものの──服部若菜は、左手に握っていたメモ紙を再び見つめ直す。


  僕との約束だよ☆


 YOSSY the CLOWNの声で、その文言が脳内再生された。
「んー……」
 ここに居るらしい、世界が認めた孤独なマジシャン。憧れのYOSSY the CLOWNが薦めるその人物に、服部若菜はぼやぼやと想像を巡らせる。
 一方で、目の前の扉からモワンと漂ってくるように見える『嫌な予感』。
 ふたつを天秤にかけたとき、好奇心というラベル付き分銅が乗って、よりガクンと下がった方を選びたいと思うのが、彼女の習性だ。
「──おっし」
 服部若菜は、新品だがかなり安かったライトベージュのスーツジャケットの左ポケットへ、そのメモ紙をむぎゅり捩じ込んだ。
「なるようになれ、こん畜生っ」
 意を決し、ごきゅりと生唾を呑み込んでから、勢いよくアルミの扉に左手をかけ、深く息を吸う。
「頼もーう!」

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