C-LOVERS

佑佳

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HOPE

2-2 challenge to MAGICIAN

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「頼もーう!」
 アルミ扉を押し開けつつ、予定していた言葉をそのまま叫んだ服部若菜。真っ直ぐ一直線に、薄暗い『柳田探偵事務所』内にキンと響き、丸く消える。
 さぞ愉快痛快な『THEマジシャン!』というおじさんが飛び出してくるのだろうと、想像と妄想と期待が膨らむ。平たい胸は、そのままなのだが。
「うっ」
 しかし。
 押し開けた先の光景に、服部若菜の思考は停止した。

 目に飛び込んできたのは、乱雑に散らかった新聞の山。
 そしてA4用紙の束、束、山、山。
 置かれたのだか崩れたのだかよくわからない雑誌の数々。
 足元に見える四五リットル分と思わしきゴミ袋数個は、まるでダルマのように重ねられている。
 右奥に見える『柳』と反転に書かれたガラス窓の傍には、すっかり薄汚れた灰色の事務机の角が見える。しかしそれすらも紙やら新聞やらで埋まっている。
 部屋の空気はといえば、煙草の副流煙が壁から天井から、この一室の全てに染み付いているような臭いがする。「ヤニ臭い」と言い表すのが正しいかもしれない。

「ぬぁ、ぬゎんじゃこりゃ……」
 つい、くらりと目眩がした。
 こんなにも片付けがなされていない部屋があるのか、と目の前の光景を疑う。そもそもここは、ただの部屋ではなく『事務所』なのだ。仮にも業務が行われているらしい部屋だとされる場なのだ。
「待って。手伝えって、『これ』を?」
 ひやり──いや、ゾワリ。服部若菜は、『身の毛がよだつ』という形容詞を体感。
「だ、誰も、居ないんですか?」
 恐る恐るそう声をかけたものの、物音ひとつしない事務所内。さんざん膨らませていた『愉快痛快なマジシャンおじさん』という偶像を視界に捜す。
「あんのぉ、すい──」「ご依頼ですか」
 突如後ろからかなり低めの声をかけられ、服部若菜は全身でビクーっと飛び上がった。
「ぎぃやあああああーっ!」
 見事に文字どおりバタバタっと、やかましく事務所の中へ転がり込む。
「なっ、ぬぁ、なぁっ?!」
 転がり込んだ先でよろよろと立ち上がりつつ、服部若菜は心臓をバクバクさせながら振り返る。
「んだよ、うるっせーなぁ、静かにしろ。下に迷惑かかんだろうが」
 そこには、服部若菜が思い描いていた『愉快痛快なマジシャンおじさん』──ではなく、まるでやる気の感じられないような、身なりのだらしない長身男が一人立っていた。
「だっだだっ、誰?!」
 そうして驚き恐れおののく服部若菜を見て、低く声をかけてきた彼は、呆れたように首を振った。
柳田良二やなぎだりょうじ、ここの探偵だ。得意なのは浮気調査と行方不明者捜索……あふぁ」
「探っ、探偵……」
 彼──柳田良二は、顔面の半分が口になったかのような大あくびをかました。
「たぁーっく。俺がここに居ると誰も来やしねーのに、どっか行ってっと誰かしら来んのな」
 赤茶けうねったボサボサの後頭部をガシガシと掻きむしりながら、紙の山をスネで掻き分けつつ、服部若菜の右横をすり抜け事務所内を進んでいく。

 すすけてくたびれた、過去に黒だったであろう色味のスーツ。
 アイロンがけを知らない、遥か昔には白だったであろうYシャツ。
 黄色の細い斜線が入った赤ネクタイは正しい位置にあるものの、随分緩められている。
 履いている黒い革靴は、かかとが極端に磨り減り、薄汚れている。

 そうしてひととおり彼の身なりを観察し、渋い顔をしながら柳田良二の動向を窺い続ける。
 わずかに紙山の隙間からチラリと見えていた事務机に到達した柳田良二は、そこから灰色の事務椅子をガラガラとうるさく引き出した。
「そこに椅子あったんだ」
 ギキイィと壊れそうな悲鳴を上げる椅子のパイプが、切なく物悲しい。よくこらえているな、と服部若菜は小声で哀れみを向けた。
「でェ? なんだよ、ご依頼ですかァ?」
 眠たそうな半開きの目で、服部若菜を一瞥いちべつする柳田良二。眉は服部若菜以上にぎゅっと寄っている。初見の服部若菜ですら「態度も人相も悪い」の評価シールをベタリ。
「あぁっと、私、服部若菜といいます。二一才、うら若き乙女です」
「…………」
「…………」
面白いオモシレーと思ってんのか」
「いいえ」
 短く否定し、アルミ扉をガタンと強めに閉める。咳払いを挟む服部若菜は、ピシリと彼に向き直った。
「YOSSYさ──あ、YOSSY the CLOWNさんの紹介で来ました。ここに一人で居る『世界的マジシャン』に会えと言われて」
「あぁっ?」
 柳田良二は、元々寄っていた眉を更に寄せつつ、更には鼻筋にまでシワを作った。
「ヨッ、シィー、だぁー?」
 低い声を更に低くし、心の底から嫌そうになぞる柳田良二。YOSSY the CLOWNの名が彼を不機嫌極まりなくしたことは、一目瞭然だ。
 しかし服部若菜は、彼のその反応を無視。むしろ負けじと鋭く視線を尖らせる。
「あなたが、そのマジシャンなんでしょ?」
「テメ今、誰の紹介だっつったゴラ」
「なんかいろいろと想像と違ったけどっ」
「つか、誰がマジシャンだとコラ、あん?」
「人相の悪さは、この際目を瞑ります」
「クソ、テメ、話聞いてんのか?!」
「私だってなかなかに人相悪いんですから、ここはお互い様ということで」
 噛み合わない会話。互いに互いの発言を聞いていない証拠だ。
「とにかく! YOSSYさんに代わって、私にあなたの世界的なマジック技術を教えてください!」
「ハア?!」
「探偵を名乗ってきたのは予想外だったけど、世界的パフォーマーに世界的マジシャンを紹介してもらえるなんてとっても光栄なことですからっ」
 服部若菜は半ば叫ぶようにして、直角以上に頭を下げた。YOSSY the CLOWNにやったときと、同じように。
「だからっ、よろしくお願いします!」

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