C-LOVERS

佑佳

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LUCK

2-2 CLOWN's mask

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「あのっ、はあ、ありがとう、ございますっ、拾ってくださって、あの、助かりました、ハァ」
 目の前でゼエゼエする、学院大付属高のこの女子生徒を、まじまじと眺める俺──柳田良二。
「いや、別に」
 俺は拾った傘袋をこの女子生徒へ手渡し、ギュ、と目頭を狭めてこの女の特徴を確かめる。

 ローファーヒール部分をプラスした一六二センチの身長。
 柔らかそうに緩く波うつ黒髪。
 色白の肌、施されていない化粧。
 細身だが、ウチの秘書よりは膨らみのある胸元。その左側へ刺してあるクローバーのチャーム付きペン。
 黒い合皮の鞄は左肩にかけ、その紐を両手でギュウと握っている。
 顎を引くように見上げる、猫っぽい形の目。
 垂れているのとは違うハの字眉。

 十中八九、これは『捜索対象人彼女』だ。
 あぁ……なんか、わかる。依頼人アイツの言ってたこと、その意味。依頼人アイツが好きそうな感じがしないでもないような気がしなくもない。
 俺は左手を拳にして口元にあてがって、咳払いを挟み、視線を俯けた。

 あー……誤解のないようにもう一回だけ説明すっと、私立探偵として調査のために校門前で張っていたために、ここに居るんだからな。忘れられちゃ困る、わーったか、ちゃんと覚えとけよ。

「あの、き、昨日も、その、拾ってくださいました、よね」
「あ?」
「こ、これです。ペン、でしたけど」
 俺を見上げるこの目は、確かに猫のように目尻がシャープで、瞳はビー玉のように丸い。
 依頼人アイツの言ったとおりってのがシャクだが、確かに決して吊り上がっているわけではない。だがどこか気が強そうっつーか、冷淡なイメージを抱かせる眼に思える。
「あの、さすがに二日続けて拾ってくださったのに、お礼も、ないなんてその、失礼なので」
 はっ。うっかり捜索対象人彼女を観察してて、話聞いてなかった。慌てて眉を寄せる俺。
「あ、ありがとう、ございました。あと、昨日は急に、その、走ってしまって、すみませんでした」
 そうして、しなやかに頭を下げる捜索対象人彼女
 な、なんだよ、なんのことだ。昨日って──。
「げっ!」
 ヒヤリ、俺は背筋に氷を入れられたような冷ややかさをおぼえた。
 捜索対象人彼女は、ここに居る俺様を、まさか依頼人アイツだと思い込んでんじゃねぇか?!

 いや、ふざけんなよ。どうして間違える?!
 依頼人アイツは脱色して染めた青い髪! 俺様は地毛の赤茶の髪!
 依頼人アイツはド派手スーツ! 俺様は祖父じいさんの遺品スーツ!
 依頼人アイツはグラサンで、俺様はコンタクト!
 まっっっっったく違うだろーがっ! 初めて間違われたわ!

「あ、あの、えと、どうかされまし、た?」
 ぐんにゃり、表情がひしゃげちまって直らねぇ。捜索対象人彼女の記憶力とか視力とか大丈夫なのか? ウチのあのポンコツ秘書でさえまだ気が付いてねぇんだぞ。まぁ俺様の巧妙な技術で気が付かれねぇようにしてっけど。
 左肩にかけている合皮の鞄の紐をぎゅうと掴み、辿々しく窺ってくる捜索対象人彼女。俺は、ハァーと長くて細い溜め息をついた。
「昨日な、昨日。あー、わかる、昨日」
 ガシガシと髪を掻きあげる。イライラするが、これは金を貰ってやってる『仕事』だからな。諸々バレるわけにゃいかねぇ。

 しゃーねぇ。
 なりきってやる、五分だけな。

「よく、わ、わかったな。『昨日とカッコ違う』のに」
 ぐぎぎ、と右の口角が上がるのがわかる。左の表情筋がヒグヒグ痙攣しているのもわかる。
 グアア、チクショウ! 依頼人アイツになりきるとか、胸くそワリーわ気持ちワリーわで早速吐き散らかしちまうぜ、クソっ!
「だっ、だって、そんなにすらっと、背の高い、方、お見かけしません、から」
「そっそ、そお『かな』」
 今俺の服の下は蕁麻疹ジンマシンだらけだろうぜ。
 眉間が詰まる。この女、他人ひとを背丈だけで判断してんのかよ?
「あー。アンタの名前、訊いても?」
「えっ?!」
「き、きき、訊き、そびれっちまったから、です。『昨日』」
「あっ。おおっ、オダ、ミツバですっ」
 申し訳なさそうに俯く捜索対象人彼女。失礼だのお礼だのなんだのっつってたからな。代償的な感じで教えてきてるわけだろう。
「漢字は」
「は……あの、小さい田んぼに、蜂蜜の蜜と、葉っぱ。です」
 捜索対象人彼女──小田蜜葉は、俯きがちに視線だけをわずかに上げて、肩を縮めた。一瞬だけ、口角を上げたように見える。『こっち側』にマイナスイメージを持ってるわけじゃなさそうだな。

 嫌味も警戒心すらも無く、素直に答える捜索対象人彼女。ウチの秘書とはまた違う『ばか正直』な女だ。
 それに、過剰に自信の無さそうな辿々しい口調が気になる。エニーみたいに怯えてるわけじゃあなさそうだが。

「ああーあの、失礼でなければ、その。わわ、わたしにも、お、お名前、お教えいただけ、ますか?」
 振り絞るように言葉を並べる捜索対象人彼女
 うげ、依頼人アイツの本名を言いたくもねぇし、かと言ってあのふざけた芸名を口に出すのもムカつくしだな。

 依頼人アイツと俺様が間違われてることも胸くそワリーが、それよりこの純真無垢すぎる女を陥れるような真似をするのもどうなんだ? あとから自己嫌悪になる予測は簡単にたつ。
 嘘を吐くのも気に入らねぇ、捜索対象人彼女に恥ずかしい想いをさせるのも違う。
 となれば、選択肢はひとつ。

「柳田だ」
 俺は捜索対象人彼女に視線を戻しながら、スラックスポケットへ両手をズブリと突っ込む。
「や、やなぎだ、さん」
「あぁ」
 突っ込んだ両手を勢いよく引き抜き、『指を揃えた何も持っていない両掌』を捜索対象人彼女へ見せる。顔の横へ、左右対称に。
「う?」
 頭にハテナをふんだんに並べて、捜索対象人彼女はそっと顎を引いた。これは警戒の姿勢だろう。俺はそのままゆっくりと掌を目の前で交差させ、再び開く。すると、左人指し指と中指の間に厚紙が一枚、挟まっているっつーわけだ。
「あ、えっ?」
 猫みたいな目がふたつ、パタパタと開閉する。どうなってんのか、わかんねんだろうな。タネを明かしゃあ、簡単なマジックなんだが。
「持ってけ、これ」
 そのまま捜索対象人彼女へ左腕を向ける俺。右腕は、再びスラックスポケットへズブリ。
「え」
「名刺。受け取れ……『ください』」
 フウ、危ねぇ。とりあえず『敬語ケーゴ』で喋っときゃいいだろ。
 この名刺は、昨日依頼人アイツから「渡しておいてくれ」と頼まれて預かった一枚。それを恐る恐る受け取った捜索対象人彼女は、その後に小さく礼を言った。
「あ、の、ありがとう、ございます」
「アンタにな、話がある」
「えっ、は、話っ?!」
「『昨日話そうと思って話せなかった話』だ」
 俺のその提案に、捜索対象人彼女はポッカリ開けてた口をパタリと閉じた。
「日にちも場所も時間も改める。ワリーが明日の放課後……そうだな。一六時きっかりに、ターミナル駅傍の『昨日の広場』で待ってろ。いいか」
「え? えっと、今では、ダメなのですか?」
「ダメだな。『仕事中』だからな」
 嘘は言ってねぇ。昼頃墓参りをして、その後はどっかの道端で『お仕事』してるに違いねぇからな。
 俺の言葉の意味がわからなかったようで、首を甘く捻る捜索対象人彼女。流れるように、そっと名刺へ目を落とす。
「よ、ヨッシー、ザ、ク──」「柳、田、だっ」
 呟く捜索対象人彼女にそう被せた俺。その名前、いつまで経っても聴くに耐えん。
「や、柳田、さん、ですね?」
 いびつに持ち上がる、捜索対象人彼女の口角。そーだ。わかりゃいいんだ。俺はガクンとひとつ頷く。
 とりあえず、これで依頼人アイツからの依頼はすべて遂行した。くるりと捜索対象人彼女に背を向ける。
「じゃあ、明日。一秒たりとも遅れんな」
「は、はぁ」
「返事は」
「え?」
「へ、ん、じ、だ」
「あ、は、『はい』」
「おし」
 これでいい。あとは事務所に戻りつつ、依頼人アイツに連絡するだけだ。

 ヤバい。雨足が強まってきやがった。
 俺はザカザカと早足で駅へと向かった。

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