C-LOVERS

佑佳

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LUCK

2-3 carefully for thinking

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『依頼任務完了
 詳細知りたければ
 今日の夜か明日の午前中に事務所に来い』

 そんなメッセージを受信して、俺──柳田善一は口角を持ち上げた。
「ふふ、早い。さすが良二」
 窓を向けば、小雨がパラついているのが見えた。あらあら、雨の中頑張ってくれたんだね。
「リョーちんがどうしたって?」
「どうしたって?」
 両脇足元から無垢な声がかかる。サムとエニーが、くるっと澄んだ瞳を俺へ向けた。二人の言語は英語。俺は日本語で呟いたつもりだったけど、すっかり聞き取りはバッチリみたいだな。スゴい。
「良二が明日、事務所に来いってさ」
 敢えて日本語で告げてみる。サムが、意地悪をした俺の思惑に気がついて、「あっ」と好戦的な表情になる。
「ボクたちも行く『です』?」
 日本語で言ってきた。かわいい。
 俺はしゃがんで、二人に目線高を合わせる。それから、日本語でそっとアドバイス。
「そこは、『行くの?』がいいと思うよ」
ah-huhふーん……『ボクたちも行くの?』 rightどう?」
Sounds goodいい感じ! あ、それで、もちろん二人も行くよ。いい?」
「エニー、行く。絶対」
「ボクもっ」
 完璧な日本語での返答。本当に素晴らしい二人だ。思わず両腕を広げて、二人をここへ呼び込む。
「ありがとう。それでね、また大切な話をするから、Signorina若菜と席を外してもらわなきゃいけない。それでもいいかな」
 これはさすがに英語にした。二人に確実に伝わって欲しいから。
 右腕に抱き締めるエニーが、その小さな柔らかい頬をすり寄せるように、そっと俺の耳元へ囁く。
「邪魔に、されてるわけじゃ、ないことは、アタシたちに、ちゃんと伝わってるから、ね。ヨッシー」
「うん。大丈夫だよ、ヨッシー。集中したい大切なお話なんでしょ?」
 サムは目元を俺の左肩へ埋めながら、柔らかくそう口にした。
 やがて、二人の方から腕の力が緩められ、サムが口を開く。
「若菜がね、花屋に行ってみようとか、近所探検してみよう、って言ってたんだ。だからボクたちも、待ってる間は退屈じゃないよ」
「うん。見て廻るの、楽しい。事務所辺りの、商店街ダウンタウン、興味深い」
「そっか。うん、いろいろ見ておいで。たくさん吸収してくるといい。それは絶対、キミたちの成長の刺激になるよ」
 ニッと笑い合う俺とサム。エニーは顎を引いて、控えめに、ほんのわずかに口角を上げるに留まった。
「さてと。では、今日の『物件巡り』、あと少しだけ見てみようか」
 言いながら、折っていた膝を立て直す。
「不動産屋のお兄さんも、あっちで待ってるしね」
 雨粒の当たる大きな窓を背にして、柔く幼い二人の手を引き歩く。良二への返事は、もう少ししてからでも大丈夫かな。


        ♧


「うーん……」
 くるり、くるり。折り畳み傘の柄を回してしまう、わたし──小田蜜葉といいます。この癖、すごく幼いから直したいんですが、なかなか直りません。傘の柄を持つと、どうして回したくなるんでしょうか。……あー、いえ。傘の柄のことは、いいんです。

 わたしが考えていたのは、さっきの彼──『柳田さん』と名乗られた男性について、です。

 よくよく考えてみたら、さっきの『柳田さん』、昨日わたしのシャーペンを拾ってくださった『柳田さん(仮)カッコかり』とは全然違う雰囲気だったなと。
 格好は、百にひとつくらい、ウィッグなどで飾った『衣装』だった可能性があります。……というか、昨日のあのスラッピシッな格好は、きっとお仕事用などの衣装だと思うんです! あれが私服なら、どこのモデルさんでしょう! そうは思いませんか?

 だから、わたしはさっきの彼の様相が『私服の彼』で、昨日の彼の様相が『公式の彼』だと推測したわけです。

 結局さっきの柳田さんも、昨日のことについて覚えてくださってましたよね。だから、同一人物で間違ってないと思うんです。
「けど、なんか、釈然としない、というか」
 お話しした限り、なんだか全然違うお人みたいだったんですもん。でも、お顔も背格好もおんなじだし。頭の上のハテナが取れません。
「なんか、やっぱり、違う人だったのかも……」
 違う人だったとしたら、わたし、何をペラペラと名乗って……。
 縮まる肩。ソワリと背筋に、冷や汗が。
「…………」
 つい、足が止まりました。傘の柄と共にまだ手にしているお名刺を、もう一度じっと眺めるわたし。
 そういえば、マジックをなさってこれを渡されましたが、あれはどういう意図があったんでしょう。またひとつ、わからないことが。

 中央に印字されている、YOSSY the CLOWNのお名前……活動名、でしょうか。
 他には、携帯スマホの番号とおぼしき番号の羅列と、フリーメールのアドレスがあります。
 ペラリ、裏側を何気なく見るわたし。
「あ」
 やだ、気が付きませんでした。直筆のメッセージが書いてあります!



  ペンを拾ったときは、意地悪く訊いてゴメンね
  キミのデザイン、チラッと見て気に入っちゃって
  ぜひ、ステージ衣装にさせてもらえないかな
  衣装にして贈りたい、大切な人がいるんだ
  よかったら連絡ください
  怖がらせてゴメンね
               YOSSY the CLOWN
  (僕の人となりは
   検索してくれたら出てくるから
   一度調べてみることをオススメするよ☆)



「んっ?」
 なに、なに。
 なに?
 なに?!
「『キミのデザイン』、『気に入っちゃって』、って?!」
 もう、目が点です。いや、点になっていたらまだ幸いでしょう、無いかもしれないです。そのくらいの、驚愕的お言葉がっ!
「ええっ?! す、すすっ」
 『ステージ衣装にさせてもらえないか』って……こ、これって。ま、ままっ、まさか、オファー?!

 ハッ、と目を上げて、辺りをキョロキョロ。ふぅ、よかった。誰もいません。怪しいわたしの行動を誰にも見られていないかったみたい。
 もう一度、メッセージに目を凝らします。

 なんて几帳面そうな筆跡でしょう。優しくしなやかで、美しいペン運び。なんだか、この文字、好きだな。
 それに、二回も『ゴメンね』を書かれています。もしかしたら、きちっとお気遣いのできる、お優しい方なのかもしれません。

 こんな、予想していた言葉の正反対をかけてくださったYOSSY the CLOWN、さん。ん? 柳田さん、ですね。なんだかさっきまで考えていたことが、不思議とどうでもよくなってきてしまいます。
 いや、どうでもよかったらいけないんですが。でも、印象を覆すほどの身に余るお言葉に、わたしは心がガタンゴトンとぐらぐらしたわけです。
「『YOSSY the CLOWN』を、調べてみなさいってこと、かな」
 帰宅の途のアスファルトは、すっかり雨で黒々としています。傘を持っていらっしゃらなかった柳田さん。大丈夫でしょうか。
 あの輝かしい笑顔が雨で濡れきってしまうのは、なんだか胸が痛みます。
 傘に入れてさしあげたら、よかったのかな。でも、あんな麗人すてきなひととわたしが並び歩くだなんて、緊張しすぎてきっと、ううん絶対に大変です!

 なんとお返事しましょう。
 それもきっと、YOSSY the CLOWNを調べてからのお話かもしれません。

 なんというLUCK幸運
 夢ならどうか、まだまだ覚めないで。

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