C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
46 / 126
LUCK

3-1 capacity is endless

しおりを挟む
 翌日──枝依西区 柳田探偵事務所。


 朝一〇時過ぎに、善一、サム、エニーの三人が事務所のアルミ扉をにこやかに開けた。入れ替わりになるように、若菜が幼い双子の手を取り、事務所から連れ出す。
 アルミ扉が閉まりきると、事務机で突っ伏していた良二はかかとをカシュカシュと擦って、三人がけソファへどっかりと座った。善一は、『OliccoDEoliccO®️』の輝く黒革靴をツカツカと鳴らし、『偵』の窓から、若菜に手を引かれ行く幼い二人の姿を見下ろす。
「行ったか」
「うん。隣の花屋に入ってったのが見えた」
「そーか」
 胸元をまさぐり、よれたタバコを取り出し、流れるように咥える良二。
「報告、始めんぞ」
「ん。どぞー」
 窓を見つめたままなかなか座ろうとしない善一を背に、良二はマッチを擦って生んだ火を、タバコの先端に近付ける。
「対象情報」
 フワア、と溜め息のように吐き出してから、A4紙をバサリと一度波立たせる良二。
「えーと、小田蜜葉オダミツバ、学院大付属高の女子生徒。学年まではわかんね」
 口腔内で「みつばちゃん」と溶かす善一。ふぅん、と鼻で頷いて、良二の後頭部を振り返り見る。
「身長は一六二センチ、右利き……まぁこの辺は、テメーの観察のとおりだったっつーやつな」
「うんうん」
「走るのは苦手そう。早とちり気味。観察眼は下の下」
「おいおいおい。何、その情報」
 ブッと吹き笑いを挟んだ善一は、窓辺からツカツカと良二の真向かいへ回り込む。A4紙を睨む良二は、鼻筋のシワを深くしていた。
「非っっ常ーにムカつく事に、あの女、俺とテメーを間違ったまま話進めてきやがった」
「…………」
「…………」
「はぁ?」
「俺が『はぁ?』だっつの」
 良二の吐き捨てた言葉のあとで、善一の口の端がいびつにひきつる。
「いやいや、間違えないでしょ。俺の容姿ナリと良二の容姿ナリだぞ?」
しくも同感だな」
「髪色だって、スーツの感じだって、ましてグラサンとコンタクトだし?」
「チッ。ツッコミの順番も被ってんだよ」
「そーなの? そこはまぁ、 抗えない遺伝子のそれということで」
「うるせぇ、そこは今論点じゃあねぇっ」
 足をダンとひと踏みし、区切りを付ける良二。くすぶるタバコを幾度か吸い、報告書へと目を落とす。
「テメーから預かってた名刺は、以上の状況からスムーズに渡せはした」
「裏面については?」
「あ? 裏面?」
「あぁ、良二わかってなかったんだ。じゃあいいや。続きをお願いしますっ」
 いぶかしみつつ、続きを告げる良二。
「今日の一六時きっかりに、ターミナル駅傍の『昨日の広場』で待ってろっつっといた」
「えっ、お膳立てしてくれたの?! 良二が?!」
「ば、バカヤロっ。これ以上『俺に』話進められても迷惑だからだっ」
「優しいなぁ、良二。うんうん、やっぱり良二は優しい!」
「ルセェ! その減らず口縫い留めンぞ」
 手にしているA4紙を、向かいの善一へとピッと投げ渡す良二。
「情報はこれで全部だ。アイツら帰ってくる前にさっさと金をよこせ」
「ったく、強盗みたいに言うなよなぁ」
 苦笑しつつ、胸元をごそごそとまさぐり、茶封筒をひとつ取り出した善一。センターテーブル上を滑らせた茶封筒がまっすぐに良二へ渡ると、善一は飛ばし渡されたA4紙に目を通し始める。

 なぜか左上がりの字体。ブロックかのような角張かくばり。ぎこちなさすぎる筆運び。

 報告書とは名ばかりの乱雑なメモ書きに等しいそれは、しかし善一が見た場合のみ、立派すぎる書面になる。善一は、A4紙を眺めながら胸の内に暖かい風が吹いたような心地を抱いた。
「良二、結構漢字間違ってるよ」


        ♧


 柳田探偵事務所隣、『花屋・マドンナリリー 二号店』。


「てーんーちょー。お花見せてくーださーい」
 若菜は右手にサム、左手にエニーの手を繋ぎ、『花屋・マドンナリリー 二号店』の敷居を跨いだ。店先に溢れる鮮やかな花々を見た幼い双子は、花屋に来たのは初めてだと言って、柔く頬を染めた。
「あー、若菜ちゃん若菜ちゃん、いいところに!」
「おはよーございまーす、てんちょ」
 店の奥から、雇われ店長の有澤ありさわが出てきた。豊満な頬をぷりぷりと揺らしながら若菜へ駆け寄りつつ、激しく手招きをしている。
「アンタからリョーちゃんに、オーダーメイドでベビー服作れる人捜して、って頼んできとくれよ」
「え、ベビー服ぅ?」
 すっとんきょうな声でおうむ返しの若菜。花々に夢中だったサムとエニーも、さすがに若菜へ顔を向ける。
「あたしの昔馴染みに孫娘が産まれたってんで、そいつがもう大騒ぎさ。なるべく急いで孫娘に渡したいんだとかで、早急さっきゅう案件なんだよ」
 早口の有澤店長の説明に、さすがにサムとエニーはついてこられなかったようで。ポカンポカンとハニワのような表情で、有澤店長のよく動く口元に釘付けになっている。
 傍ら、若菜は説明を聞きながら「早急かぁ」と小声で一言。
「ちなみにデザインとか生地とかって決まってるんですか?」
「これで作って欲しい、って、これ置いてったけどねぇ」
 すかさず、紙袋を持ってくる有澤店長。若菜が許可を得ようとするより早く、その意図を汲んだように、中身を丁寧に取り出し広げて見せてきた。
「わお、こりゃまた高価そうな」

 取り出され広げられた布地は、結婚式に使われるベール。
 真白のそれは、透けすぎず、厚すぎず。
 銀の糸が織り込まれているため、所々でグリッターのような役割をはたし、輝かしく見える。

wooohわー!」
so beautifulキレイ……」
 ベールに夢中のサムとエニー。英語で漏れた二人の感嘆の発音に、また感動する若菜。
「デザインは決まってないって言ってたねぇ。必要なら、作ってくれる人と相談するんじゃないかい?」
「ふーん、なるほど」
「あたしに、服作れる知り合いがいればよかったんだけどねぇ」
 フハア、と有澤店長の溜め息。それを無視して、若菜は質問を被せる。
「ちなみに、いつまで仕上がってたらいいんですか」
「一週間弱っつってたよ。人探しからだから、その納期じゃちょーっと厳しいかもしれないって、あたしは言ったんだけどね」
「そっか」
 手を焼いた様子の有澤店長を一瞥いちべつし、自らの小さな顎へ手をやる若菜。じっ、と有澤店長が持つベールを睨む。
「適任者を探すとなると明日からじゃないと動けないはずだから仮に二日かかったとして五日、その間デザインラフ出してもらうにしろ納期ギリギリが関の山ってとこか……」
 ブツブツと、かなりの早口の独り言。若菜から発せられたそれを、サムとエニーは灰緑の双眸そうぼうこぼれんばかりに見開き、見上げていた。
「手縫いでやれんこともないけどいや待てよ柳田さんに依頼だって持ってけばワンチャン買ってもらえるかもなァ……」
「わ、若菜ちゃん?」
 有澤店長に怖々と呼びかけられ、現実に還ってきた若菜。つりがちな目尻を柔く、「ねぇ、てんちょ」とひとつの提案を溢す。
「急ぎなら、私が作りましょーか」
「え」
「高校が家政かせい科だったんですよ、私。事務所の掃除があんなに出来たのも、家政科出のお陰っていうか」
 家政科──すなわち裁縫や料理を中心に学業として学ぶ学科。そこの出だ、と若菜は自信あり気に笑んだ。
「ほ、ホントにかい」
「はい。授業で浴衣縫ったこともありますし、普段着てる服はスーツ以外自分で縫ったヤツです」
 くびれのわずかな腰になんとか手を当てる若菜。しかし未だ半信半疑の有澤店長。若菜の出方を待つ。
「どっかの賞で何か取ったとかそんなんじゃないし、出来クオリティーが不安なら見本品でも作ってから決めてもらうでもダイジョブですよって、伝えてください」
 若菜の雰囲気が飢えたようなギラギラしたものでなく、肩に力の入っていない自然なものであることに気が付くエニー。その若菜から漏れる雰囲気を、エニーは若菜の原石とさとった。
 有澤店長の表情が、グラデーションのごとく晴れていく。
「や、そこも相談しとくれ。今ヤツに連絡してきちゃうから! その間の店番頼んだよっ」
 バタバタと奥へ引っ込む有澤店長へ、若菜は「はぁい」と緩い声をかけた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...