C-LOVERS

佑佳

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LUCK

3-1 capacity is endless

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 翌日──枝依西区 柳田探偵事務所。


 朝一〇時過ぎに、善一、サム、エニーの三人が事務所のアルミ扉をにこやかに開けた。入れ替わりになるように、若菜が幼い双子の手を取り、事務所から連れ出す。
 アルミ扉が閉まりきると、事務机で突っ伏していた良二はかかとをカシュカシュと擦って、三人がけソファへどっかりと座った。善一は、『OliccoDEoliccO®️』の輝く黒革靴をツカツカと鳴らし、『偵』の窓から、若菜に手を引かれ行く幼い二人の姿を見下ろす。
「行ったか」
「うん。隣の花屋に入ってったのが見えた」
「そーか」
 胸元をまさぐり、よれたタバコを取り出し、流れるように咥える良二。
「報告、始めんぞ」
「ん。どぞー」
 窓を見つめたままなかなか座ろうとしない善一を背に、良二はマッチを擦って生んだ火を、タバコの先端に近付ける。
「対象情報」
 フワア、と溜め息のように吐き出してから、A4紙をバサリと一度波立たせる良二。
「えーと、小田蜜葉オダミツバ、学院大付属高の女子生徒。学年まではわかんね」
 口腔内で「みつばちゃん」と溶かす善一。ふぅん、と鼻で頷いて、良二の後頭部を振り返り見る。
「身長は一六二センチ、右利き……まぁこの辺は、テメーの観察のとおりだったっつーやつな」
「うんうん」
「走るのは苦手そう。早とちり気味。観察眼は下の下」
「おいおいおい。何、その情報」
 ブッと吹き笑いを挟んだ善一は、窓辺からツカツカと良二の真向かいへ回り込む。A4紙を睨む良二は、鼻筋のシワを深くしていた。
「非っっ常ーにムカつく事に、あの女、俺とテメーを間違ったまま話進めてきやがった」
「…………」
「…………」
「はぁ?」
「俺が『はぁ?』だっつの」
 良二の吐き捨てた言葉のあとで、善一の口の端がいびつにひきつる。
「いやいや、間違えないでしょ。俺の容姿ナリと良二の容姿ナリだぞ?」
しくも同感だな」
「髪色だって、スーツの感じだって、ましてグラサンとコンタクトだし?」
「チッ。ツッコミの順番も被ってんだよ」
「そーなの? そこはまぁ、 抗えない遺伝子のそれということで」
「うるせぇ、そこは今論点じゃあねぇっ」
 足をダンとひと踏みし、区切りを付ける良二。くすぶるタバコを幾度か吸い、報告書へと目を落とす。
「テメーから預かってた名刺は、以上の状況からスムーズに渡せはした」
「裏面については?」
「あ? 裏面?」
「あぁ、良二わかってなかったんだ。じゃあいいや。続きをお願いしますっ」
 いぶかしみつつ、続きを告げる良二。
「今日の一六時きっかりに、ターミナル駅傍の『昨日の広場』で待ってろっつっといた」
「えっ、お膳立てしてくれたの?! 良二が?!」
「ば、バカヤロっ。これ以上『俺に』話進められても迷惑だからだっ」
「優しいなぁ、良二。うんうん、やっぱり良二は優しい!」
「ルセェ! その減らず口縫い留めンぞ」
 手にしているA4紙を、向かいの善一へとピッと投げ渡す良二。
「情報はこれで全部だ。アイツら帰ってくる前にさっさと金をよこせ」
「ったく、強盗みたいに言うなよなぁ」
 苦笑しつつ、胸元をごそごそとまさぐり、茶封筒をひとつ取り出した善一。センターテーブル上を滑らせた茶封筒がまっすぐに良二へ渡ると、善一は飛ばし渡されたA4紙に目を通し始める。

 なぜか左上がりの字体。ブロックかのような角張かくばり。ぎこちなさすぎる筆運び。

 報告書とは名ばかりの乱雑なメモ書きに等しいそれは、しかし善一が見た場合のみ、立派すぎる書面になる。善一は、A4紙を眺めながら胸の内に暖かい風が吹いたような心地を抱いた。
「良二、結構漢字間違ってるよ」


        ♧


 柳田探偵事務所隣、『花屋・マドンナリリー 二号店』。


「てーんーちょー。お花見せてくーださーい」
 若菜は右手にサム、左手にエニーの手を繋ぎ、『花屋・マドンナリリー 二号店』の敷居を跨いだ。店先に溢れる鮮やかな花々を見た幼い双子は、花屋に来たのは初めてだと言って、柔く頬を染めた。
「あー、若菜ちゃん若菜ちゃん、いいところに!」
「おはよーございまーす、てんちょ」
 店の奥から、雇われ店長の有澤ありさわが出てきた。豊満な頬をぷりぷりと揺らしながら若菜へ駆け寄りつつ、激しく手招きをしている。
「アンタからリョーちゃんに、オーダーメイドでベビー服作れる人捜して、って頼んできとくれよ」
「え、ベビー服ぅ?」
 すっとんきょうな声でおうむ返しの若菜。花々に夢中だったサムとエニーも、さすがに若菜へ顔を向ける。
「あたしの昔馴染みに孫娘が産まれたってんで、そいつがもう大騒ぎさ。なるべく急いで孫娘に渡したいんだとかで、早急さっきゅう案件なんだよ」
 早口の有澤店長の説明に、さすがにサムとエニーはついてこられなかったようで。ポカンポカンとハニワのような表情で、有澤店長のよく動く口元に釘付けになっている。
 傍ら、若菜は説明を聞きながら「早急かぁ」と小声で一言。
「ちなみにデザインとか生地とかって決まってるんですか?」
「これで作って欲しい、って、これ置いてったけどねぇ」
 すかさず、紙袋を持ってくる有澤店長。若菜が許可を得ようとするより早く、その意図を汲んだように、中身を丁寧に取り出し広げて見せてきた。
「わお、こりゃまた高価そうな」

 取り出され広げられた布地は、結婚式に使われるベール。
 真白のそれは、透けすぎず、厚すぎず。
 銀の糸が織り込まれているため、所々でグリッターのような役割をはたし、輝かしく見える。

wooohわー!」
so beautifulキレイ……」
 ベールに夢中のサムとエニー。英語で漏れた二人の感嘆の発音に、また感動する若菜。
「デザインは決まってないって言ってたねぇ。必要なら、作ってくれる人と相談するんじゃないかい?」
「ふーん、なるほど」
「あたしに、服作れる知り合いがいればよかったんだけどねぇ」
 フハア、と有澤店長の溜め息。それを無視して、若菜は質問を被せる。
「ちなみに、いつまで仕上がってたらいいんですか」
「一週間弱っつってたよ。人探しからだから、その納期じゃちょーっと厳しいかもしれないって、あたしは言ったんだけどね」
「そっか」
 手を焼いた様子の有澤店長を一瞥いちべつし、自らの小さな顎へ手をやる若菜。じっ、と有澤店長が持つベールを睨む。
「適任者を探すとなると明日からじゃないと動けないはずだから仮に二日かかったとして五日、その間デザインラフ出してもらうにしろ納期ギリギリが関の山ってとこか……」
 ブツブツと、かなりの早口の独り言。若菜から発せられたそれを、サムとエニーは灰緑の双眸そうぼうこぼれんばかりに見開き、見上げていた。
「手縫いでやれんこともないけどいや待てよ柳田さんに依頼だって持ってけばワンチャン買ってもらえるかもなァ……」
「わ、若菜ちゃん?」
 有澤店長に怖々と呼びかけられ、現実に還ってきた若菜。つりがちな目尻を柔く、「ねぇ、てんちょ」とひとつの提案を溢す。
「急ぎなら、私が作りましょーか」
「え」
「高校が家政かせい科だったんですよ、私。事務所の掃除があんなに出来たのも、家政科出のお陰っていうか」
 家政科──すなわち裁縫や料理を中心に学業として学ぶ学科。そこの出だ、と若菜は自信あり気に笑んだ。
「ほ、ホントにかい」
「はい。授業で浴衣縫ったこともありますし、普段着てる服はスーツ以外自分で縫ったヤツです」
 くびれのわずかな腰になんとか手を当てる若菜。しかし未だ半信半疑の有澤店長。若菜の出方を待つ。
「どっかの賞で何か取ったとかそんなんじゃないし、出来クオリティーが不安なら見本品でも作ってから決めてもらうでもダイジョブですよって、伝えてください」
 若菜の雰囲気が飢えたようなギラギラしたものでなく、肩に力の入っていない自然なものであることに気が付くエニー。その若菜から漏れる雰囲気を、エニーは若菜の原石とさとった。
 有澤店長の表情が、グラデーションのごとく晴れていく。
「や、そこも相談しとくれ。今ヤツに連絡してきちゃうから! その間の店番頼んだよっ」
 バタバタと奥へ引っ込む有澤店長へ、若菜は「はぁい」と緩い声をかけた。

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