C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
73 / 126
TRUST

2-3 CLOWN smiles meaningfully

しおりを挟む
 同日木曜日、フランス──某所アパルトマン。


 愛用のノートPCの画面に向かってほがらかに笑む善一。もちろんビジネスとしてなので、YOSSY the CLOWNの仮面を装備済み。
 「初めまして」の挨拶を終えて、画面に映る一人の男性へと口を開いた。
「実に熱心なマネジメント売り込みで、久々に根負けしてしまいました」
 文字に起こせそうなアッハッハを響かせるYOSSY the CLOWN。しかしそこに嫌味は無い。
『あぁ、すみません。彼女マネージャーは頑固だし押しが強くて、良くも悪くもかたくなでして』
「いやいや、マネージャーはむしろそのくらいじゃないと。『アーティストへより良い仕事を廻すんだ』という、気迫と熱意が伝わりましたから。だからこそ僕はお引き受けしたわけですよ、Signoreシニョーレ秀介しゅうすけ
 初夏の青空を思わせる、『爽やか』を体現したかのような男性──秀介は、照れ困ったようにその口元に左拳を持っていった。

 YOSSY the CLOWNは、ヨーロッパで有名になりつつある画家・後藤ごとう秀介とのコラボレーションパフォーマンスを依頼され、引き受けた。今回はその初顔合わせ。双方の事情を加味してテレビ通話による打ち合わせを行うことになり、ここに至る。

「それで、さっそく打ち合わせですが──」
 四〇分間ほど、画家後藤の希望事項とパフォーマーYOSSY the CLOWNの実行可能事項の、擦り合わせと計画が練られる。
 同年代の二人。厳密には、画家後藤の方が善一よりもふたつ上だが、『ハタチ過ぎればなんとやら』。まるで旧知の仲であるかのような、丁度よく気を使い合わない居心地のよさを互いに感じ、穏やかに打ち合わせは収束した。

『じゃあ、そのようにこちらも作品作りに取りかかります』
j’ai comprisわかりました。ところでSignoreシニョーレ、ひとつお願いしたいことが」
『はい、なんでしょう』
「作品を一点、購入させていただきたいと思ってます」
『えっ、ほんとですか。ありがとうございます!』
 そうして、形のよい切れ長の目を丸くする画家後藤。照れた笑みが、彼自身の無垢な部分をあらわにする。
『光栄だなぁ、あの有名な世界のYOSSY the CLOWNに、私の作品を手にしていただけるなんて』
「フフッ、僕も楽しみです」
『なにかお好みのもの、ございましたか』
「ええと、失礼かもしれないし贅沢な話ではありますが、よろしければ、作品に入れ込んだ熱情なんかを拝聴しながら選ばせて戴けたら、極上に嬉しいかな、なんて」
 顎を引き、珍しく耳を染めるYOSSY the CLOWN。
 そこに人間味を見て取った画家後藤は、徐々に懐古かいこ的な気持ちになった。こんなように照れ恥じらう女性に恋をした、あの日々がよぎる。
『はは、構いませんよ。このくらいの時間帯でよければ、いつでもYOSSYさんのために、こうしてPCの前に座ってます』
「じゃあ早速、明後日はいかがですか」
『ええ、もちろん』
 光の速さでまとまる話。決めたら即行動がモットーの善一すらも戸惑う速さで、噛み締めるまでに時間を要した。
「ほ、ホントに?」
『はい。こんな機会、私にとっても一度あるかないかでしょうし。ラッキーは逃したくないのが昔からの性分で』
「ラッキーは逃したくない、か。フフ、確かにそうですね」
『でしょう? よろしかったら、お選びいただいた作品は差し上げますよ』
「それはダメです」
 前のめりになるように腰を浮かせ、真顔を作るYOSSY the CLOWN。柔らかく笑んでいた画家後藤は、二度のまばたきと共に眉上げた。
「作品のどれもこれもが、Signoreが心血を注ぎ、丹精を込めたかけがえのない作品たからだ。相手が誰であろうと、きちんと金銭価値を付けて提示してください」
 バキリ、画家後藤の胸の奥につかえていたものにヒビが入ったような。
「僕が金銭を支払うのは、Signoreの作品に対する姿勢と熱意に対してです。たとえ習作練習用だったとしても、あなたはいち芸術家アーティストとしてきちんと顧客から金銭を取らなければいけない」
 YOSSY the CLOWNの気迫と主張に、呆気に取られる画家後藤
「あなたはその金を、次に控えているであろう作品作りに是非とも生かして。もしそれがしっくりこないなら、その金で一番美味いベルギーワッフルでも召し上がってきてください。Signoreご自身のために」
 半腰のYOSSY the CLOWNは、スゥと一呼吸吸い込んでから、再び椅子へ腰を落とした。
 二〇秒ほど経って、画家後藤は静かに口を開く。
『あなたは、不思議な人だ』
 寂しそうに笑んでから、画家後藤は「あーあ」と画面の向こうで天井を仰いだ。吹っ切れたようにアハハとサッパリ笑い飛ばし、YOSSY the CLOWNに向き直る。
『仰るとおりだ、YOSSYさん。そういう大切なことすら忘れてしまうくらい、俺は自分自身を見失っていた。そりゃ、描けないわけだ』
「……描けてなかったんですか」
『ちょっとね。スランプってやつですかね、普段ならどうでもいいと思える一言に、数か月間捕らわれていたんです』
「でも、もうSignoreはそこから自由になった。一分前と面持ちが違う」
 顔を見合う二人。YOSSY the CLOWNが薄く笑むと、画家後藤は抱いていた懐古感から創作意欲が沸いた。ゆるゆると頬が緩む。
『あなたは本当に変わってる。俺の正当性当たり前を壊して、それに固執していた俺を解放してくれた。なんだかまるで……』
 まるであの頃の彼女のように、と付け加えようかを迷って、画家後藤は口腔内で溶かし、呑み込むに留まる。一度目を伏せ、「いや」と小さく笑って流した。
『YOSSYさん、胸のつかえが取れました。あなたはクラウン道化師というよりも、私にとってはウィザード魔法使いのようです』
 画家後藤があまりにも晴々しい表情を向けているので、善一もつられて表情を柔く崩した。
「Signoreがそう仰るなら、僕はきっと何にでもなれます」
 チャキリ、と薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズの位置を直すYOSSY the CLOWN。
『そうだ。先に送り先を訊いておいてもいいですか? すぐにお送りできるように』
「ええ、ありがとうございます」
『フランスのどちらに?』
「あぁ、すみません。日本にお願いできますか」
『日本? あれ、ご自宅は日本なんです?』
「拠点を移すために引っ越すんですよ、来週末。だから実は、こんなにダンボールまみれで」
 ノートPCを持ち上げた善一は、ぐるりと部屋の奥を映した。至るところで山積みされているダンボール。しかし整頓してあって、なんとも几帳面な片付けられ方に、画家後藤は「ワオ」と目を丸くした。
「僕も最近、夢にきちんと向き合おうと思えてきたんです。自分の価値を、最も大切な人に認めてもらうことが、僕の夢の根本こんぽんなんです。結構怖いもんですが」
『じゃあその恐怖心もひっくるめて、共に向き合いましょう。きっと私たちは、既に夢に両の手を掛けているんだ』
 苦難も夢への付加価値である──画家後藤は小さく呟いて、YOSSY the CLOWNへ再び爽やかに笑んで見せた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...