C-LOVERS

佑佳

文字の大きさ
125 / 126
CLOSING act

ENCORE-2 C and LOVERS

しおりを挟む
 同時刻──日本上空。


「今の、着陸アナウンスだった?」
 寝ぼけるような声色は、やけにとろみづいている。瞼を閉じたままのそんな彼へ、「そうですよ」と向けられる首肯。フスゥと深く息を吐き出し、腕を組み直す、彼。
「降下に入ったそうなので、あと三〇分で日本です」
「そっかー。はーあ、やっと帰国だ」
「お疲れさま」
 優しく柔らかなその女声の方へ、自身の上半身を横倒しゆく彼。コテンと彼女の右肩へ、そのブルーアッシュに染めた頭を預けて。
「アイディア纏まった?」
「もうちょっと、かな」
 カチャリ、彼女の持っていたチャーム付きのシャーペンが揺れる。
「高校生のときに描いたものを見返して、昔の自分からデザイン貰ったりしたんだけど、なんかあともう少しっていうか」
「まぁ、あの頃のデザインがまた芽を吹くいい機会かもしれないから」
「そうだねぇ。多分これ、家に帰らないと完成しないと思う。やっぱりわたし、双子あの二人に刺激を貰わないとダメ」
「なるほどね。刺激のし合いができることは幸せだ」
 なでこなでこ、と彼女は自らの肩に寄りかかったままのブルーアッシュを撫で回す。
「今回のあなたの公演ステージも、とんでもない影響力があったんだから」
「ホント?」
 起き上がる頭、向けられる無垢の笑顔。
「ふふっ、ほんとです。一緒に廻ってくれてありがとう」
「いやいや。キミが頑張ってきたからこその、今回のミラノ出店だったんだから。こちらの方こそ、公演ステージの機会を与えてくれてどうもありがとう」
 ほわほわ、と丸い空気が漂って、染まって。
「やっぱ二人がいないと、なんとなく調子狂うな……」
「あはは。もうあと四〇分もないくらいで会えるから」
「え。空港に呼んだの?」
「あ。サプライズって言われてたんだった! あぁーもうごめんなさい、今の忘れてー!」
 顔面を覆う彼女は、耳を赤く染め俯いた。クスクスと傍らで笑む彼は、何重もの喜びに胸が踊る。
「いつまでもかわいいキミのために、びっくりしたフリでも頑張るかな」
「すぐバレちゃいますっ」
「ふはは、だろうね!」
「二人に膨れられちゃうよう」
「お土産だけじゃ機嫌取れないかな、くふふふ」
「もう! そんなに笑ってるんなら父の局からずっと声がかかってるテレビ出演の依頼、勝手に受けちゃいますからね」
「テレビ出演? 誰が?」
「YOSSY the CLOWNに来てるのを、わたしが何か月も断り続けてたの。あなたのこと自慢したくて仕方ないのよ、あの人。代わりにサムエニちゃんがわたしの実家に行って、父の接待と説得してくれたりしてるし」
 申し訳なさ過ぎる、とそれぞれに頭を抱えて。
「……俺、帰国すぐのままご実家行くかな」
「ええ? 父と話すの?」
「そんな面倒がらなくたって」
 ふふ、と笑む彼は、彼女の右手を握る。
「キミのご両親だけあって、話せばわかってくれる二人だ。それに、話してるうちに一回くらいはテレビに出てもいい気になるかもしれないし、わからないよ?」
「自分のことなのに他人事みたいに言って。嫌なことは嫌って言わないと、あの二人しつこいからね」
「アハハ、ありがと。承知いたしましたよ」
 繋いだ右手に柔く口付ける彼。
「YOSSY the CLOWNを待ってる人は世界中に居るけど、善一さんは一人しか居ないんだからね。あんまり背負い込まないでね」
「ハイ。いつも傍に居て本当の俺だけを見ててくれて、感謝してます」
「感謝だけ?」
「えー、相変わらず上目遣いとかやっちゃうの? キミ」
「どうやら『いつまでもかわいい』らしいので、わたし」
「はー……俺の奥さんがいつまでも天使すぎて辛い」


        ♧


 更に同時刻──日本 枝依西区。


「おい」
「はい」
「今日アイツら来んの、遅ぇんじゃねぇのか」
 事務机から上がる低い声。編み物の手を止めた彼女がそちらへ目をやり、返答をする。
「あぁ、空港まで二人を迎えに行くらしいので、今日はこっち来ないですよ」
「あ? 帰国すんの今日か」
 同時に壁掛け時計に視線を向ける二人。
「もうすぐじゃなかったかな。YOSSYさんへの取材陣を散らす目的で行ったらしいです、サムエニ」
「チッ。アブねぇことばっかやんなってそろそろガツっとやんねぇとダメだな」
 よろよろと面倒そうに立ち上がり、赤茶けた頭髪をガシガシ掻き上げる彼。
「はいはい、かわいくてしゃーないんですねぇ。甥姪にも過保護発揮しちゃって」
「ンなこと一言も言ってねぇ」
「『叔父さんはツラいぜ』って言ってみてください」
「バァカ、マヌケ、不器用、まな板、三十路」
「ちょっと! 悪口ばっかってどーいうことですかっ」
 勢い任せに立ち上がる彼女。まるで若手芸人のそれ。
「安心しろ、悪口じゃねー。事実だ」
「こンの……態度悪男! 口悪野郎! 昭和の耳かき!」
「おいコラ『昭和の耳かき』ってなんだ」
「ナリが耳かきみたいじゃないですか。頭ポワポワ柔らかぁーくて、躯体が棒みたいだし」
「ウルセェ、これでもくらえ」
 擦ったマッチ。先端に火が点いている。それをブンと彼女へ向かって放る彼。
「ぎゃあ! だァから火の点いたマッチはダメだってば!」
 しかし、見る陰もない点火済みマッチ。代わりに彼の左指先がつまみ持っていた物は、一輪の短い生花。
「か、カーネーション」
「バラだ、バカ」
「わっ、わかってますぅー!」
「雑なボケすんな」
「ぐっ」
 耳を頬を首を染め、ズイッと向けられるバラを受け取る彼女。
「ホンっト花言葉好きですよね、柳田さん」
「ウルセー、照れ方がキモチワリィ」
「フ、フンーだ! ありがとうございますっ」
 甘くかすかな舌打ちを向けられ、フイと彼は遠ざかろうとする。
「あっ、私からもこれ」
「あ?」
 一枚の小さな正方形の折紙をヒラヒラとさせる彼女。半分、半分、と折っていき、右手に握り、息を吹きかけ。
「ダダーンッ」
 掌を上向きに開き見せたのは、しかし折紙ではないもので。
「どうですか? 上手くなったっしょ?」
「まぁ、会得に一〇年かかってっけどな」
「いいんですっ、それが私なんですっ。はい、そんな私から柳田さんにあげます」
「ハァ? シロツメクサなんてそこらじゅうに咲いてんだろ」
「あーもう、そっちじゃないですよ、相変わらず察し悪いですね。私がホントにあげたいのは──」


 四つの葉のクローバーの、それぞれのメッセージです。



              【緞帳】
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...