runaway

佑佳

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05 サーベル

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「もう。きちんと言うこと聞きなさいってば。ここに来てすぐもついさっきも、私の裏はかけないって、わかったはずじゃなかったかしら?」
 アメリアは再びベッドへ腰かけさせられた。残っていたトマトリゾットを、腕組をするアサミ監視のもとで完食させられる。切子グラスに入れられたミネラルウォーターは、結局三杯飲んだ。
「わかったわかった、わかりました」
 煙たがるそのトーンが、アサミの眉間に皺を彫り込む。
「アメリア。約束を破った以上、アヤには今夜は会わせません」
「ちょ、そんな!」
「当たり前です。アヤは疲弊して眠っているのよ。妨げ行為は許しません」
「……キツい魔女」
「なんとでもおっしゃい。ばかばかしい」
「アヤの顔見ないと、私安心できない」
「安心するためにここに来たわけ?」
 刺すようなまなざし。アサミのそれは、酷く冷酷だ。返す言葉を迷っているアメリアへ、アサミは静かに続ける。
「彼のこと、救うんでしょう? 昨日までいた拠点が叩かれたから、渋々ここへ来たんじゃあなかったの? ここでカケルと合流して、戦術を練って挑むんだったはずよ?」
 あぁ、そうだったかもしれない──アメリアは飛び石状の記憶を埋めるように、アサミからの言葉を染み入らせる。
「アヤから、聞いたの?」
「まぁそうね。あと少しカケルから」
「そういえば、カケルが言ってた。アサミさんから武器を貰え、って」
 年相応の少女の表情で、アサミを見上げるアメリア。言葉と表情のちぐはぐが、アサミに言葉の意味と理解速度を遅らせた。
「武器、ですって?」
「魔術の染みた武器。アサミさんが、いくつも店に置いてるって話」
 カケルから聞いてるんだけど、とモニョモニョにごして、アメリアはアサミから顔を逸らす。
 アサミは、三秒かけて空気を吸い、五秒かけて吐き出した。
「もうイヤ、あの男。あることないことベラベラベラベラ! うんざりだわっ」
 肩に掛けていた撫子色のショールを脱ぎ、くるくると丸めて抱え込む。
「いらっしゃいアメリア。食器も持ってよ」
「え、と、どこへ」
「下よ。さ、きちんと着いてらっしゃい」
 いいわね? と、睨みに混ぜた主従魔術で拘束されてしまうと、アメリアの足は勝手にアサミの背後へ憑くように動き出した。


        ▲▼ ▲▼


「錆びついてるわよ。使うなら、自分でなんとかするのね」
 どこからともなく、アンティーク店内からサーベルを持ってきたアサミ。脱ぎ、くるくるに丸めた撫子色のショールは、グランドピアノの演奏用椅子上へ放られている。
 店の入り口は閉められている。壁のそこかしこにかけられた蝋の灯りで、緋色に揺れる店内。妖艶で、不可思議で、不気味だと感じ、カウンターにあるハイチェアへ座っていたアメリアは、ゾワリと肩を抱いた。
「サーベルなんて、使ったことない」
「じゃあやめておきなさい。使えない武器ほど、足手まといで無駄なものはないわ。それに、他に武器なんてありませんからね」
 ガヂ、とサーベルが揺れる。アサミが持つ角度を変えたためだ。
「待ってよ。『使わない』とは言ってないんだから」
「曖昧なものの言い方は、魔術を弱めるわよ」
 やめなさい、とアサミは首を振る。アメリアは苦い顔をして小さく舌打ちをした。
「これは、さやからまっすぐ引き抜くの。サーベルは、突いてダメージにする武器。切るだとか、防御にはあまり向いていない、と覚えておくことね」
「……ハイ」
 首肯しゅこうはアサミの機嫌をとったようで、ようやくその薄い唇がわずかに上向いて横へ引かれる。
「じゃあ、結合術を施してあげましょう」
「結合、術?」
 ええ、とアサミは、鞘に収めたサーベルをアメリアへ手渡す。
「サーベルとアメリアの心を通わせるのよ。そうすると、アメリアの魔術が乗りやすくなるし、アメリアを護る最も身近な味方となるわ」
 半信半疑に、アメリアは受け取ったサーベルを眺める。
 思った以上に、サーベルは重たい。手にあまるかもしれない、と自信を欠く。
「否定的思考は、結合術の妨げになるからやめてくれるかしら」
「え」
「結合術は、肯定的原動力エネルギーを軸に印を結ぶのよ。だから、否定的原動力エネルギーは反発材料なわけ。いくらワタシの魔術が正確で強いとは言え、受け皿がそんなんじゃ、かからなくなるわよ」
 まばたきが多くなるアメリア。
「本当は肯定的原動力エネルギーあなた受け皿にも放出してもらって、結合術を施すんだけれど。今のアメリアじゃ……」
 含みのある言い方に、アメリアは「嫌みを言われている」と目頭を狭めた。
「せめて肯定でも否定でもない、『無』になっててもらえる?」
「バカにしないで」
 ハイチェアから飛び降りる。アメリアは、サーベルの持ち手を天へ向け、鞘ごと抱いた。
「このサーベルは、私の守り神となる」
 アメリアがそう言いきれば、ほのかに、微かに、アメリアの身体があけぼの色に発光した。

 これは、魔術の源泉──きっかけとなりうる火種の光。

 いい受け皿ね、とアサミは首筋をゾクリとさせた。
「そう。いいね」
 アサミは意気揚々と、右人指し指を自らの唇にあてがった。チュッ、とわずかに音を立て、唾液が指先を湿らせる。その指先を、掌を、アサミはサーベルとアメリアへ向ける。
何時いつ如何いかなるまたたきに於いて主人あるじアメリアの守護しゅごとならん──」
 歌うように、囁くように、微睡まどろむように──。
 アサミの詠唱は、いつだって魔術との相性が良すぎる。どんなに崇高な魔術師がそれを真似しようとも、真似ができたためしはない。最高難易の魔術を、アサミは歩行と同等に容易たやすく扱うことができる。
 人指し指から生まれいずるは、魔術製の細やかな鎖。じゃらじゃら、と真っ直ぐにサーベルへ伸びていき、やがてアメリアへも巻き付き始める。
「な、何?」
「黙ってなさい」
 ピシャリとした、アサミの冷酷な声色。
 鎖は緩く巻き付き始め、しかし次第にたわみが少なくなった。しまいにはキツくキツく絡んでいき、衣服の上から肉へ骨へ食い込まんと、ギリギリと絞めあげられる。
「ん、ぐゥ」
「…………」
 アサミの鎖は止まらない。表情を変えず、鎖をじゃらじゃらと放出し続け、サーベルとアメリアをぐるぐる巻きにし続ける。
 足首は妙な位置で固着され、くるぶしが軋み悲鳴をあげそうだ。サーベルの鞘が肘骨ひじぼねに食い込み神経を圧迫し、そのうちに指先の感覚が薄らいできた。
 やがて、アメリアの顔をも絞め始めた魔術の鎖。頬に食い込み、目は開けていられるはずもなく、鎖に絡んだ髪の毛は、引っ張られ続けている。口は猿轡さるぐつわのごとく鎖がはまっていき、引き締められると口の両端が裂けるかもしれないと過った。
「ハ、ハッ、う、んン……っ」
 呼吸がままならないアメリア。
 そうこうしているうちに、鎖がアメリアの首へかかった。浅い呼吸が尚一層浅くなる。ギリリ、ギリリと魔術の鎖はアメリアの首を絞める。
「意識失わないでちょうだいね。最初からやり直しよ」
「ハ、っ、ぐ」
 魔術を放出し続けながら会話など、通常ならば『有り得ない』。それだけアサミの魔術師としての技能、能力が高いということだった。

 殺される──アメリアが弱々しく、脳裏に過らせたその言葉。

 応えるかのようにして、外からすっかり見えなくなったサーベルが、小さく震え始めた。

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